第13話
翌朝、カレンに率いられて、ハンスとルイ、そして俺の4人は出発した。
俺の周りには、クーたち3体とクロマルが飛び回っている。ムギとミーズも、森の途中までは同行してくれるようだ。
「……お前、そんなに精霊と契約して、大丈夫なのか?」
ルイがいぶかし気な視線を向けてくる。
そうか、ルイも精霊使いだから見えてるのか。
「ええと、まあ、なんとか」
「風と、そこの黒いやつは力弱そうだから心配ないが、そこの土と水のは、位階高めだろ? あんまり頼ると、寿命縮むぞ」
……マジ? そっとムギの方を見たら、なんか慌て気味でフォローしてくる。
『だ、大丈夫ですよ。ヨウヘイ様は特別ですから!』
まあ、ムギの言うことを信じるしかないなぁ。
しかし……
「……位階って何?」
「それも知らねえのかよ……位階ってのは、精霊や精霊喰いたちの力の強さの指標だ。協会の認定に応じて、第一から第七までの七位階。厳密には、精霊未満の位階外もあるから、実質的には八位階だが」
「おおおお……!」
わぁい、そういうの大好き……! 戦闘力とか、霊力値とか、賞金とか、強さの見える化っていいよね!
「ね、ねえ! この土の精霊って何位くらいだと思う!?」
「まあ、三位ってところだと思うが……なんで興奮してるの、お前」
「え、そ、そんなことはないですよ?」
別にいいけどさ……などと言いつつ、若干引き気味のルイは、俺から距離をとった。
ルイの話では、位階の分類は、特定の能力を持つかどうかで判断されるという。
第一位階は、自我。現象や獣が、己という存在を得たかどうか。個に目覚めたときから、彼らは階を進むらしい。ある意味、人間も第一位階の存在、というわけだ
第二位階は、現象。自分の意志だけで、自然現象を起こしうるかどうか。多くの精霊が、この段階にあるらしい。
第三位階は、反理。単なる自然現象を超える事象を起こしえるかどうか。低いところから高いところへと昇る水、凪の海に吹き荒れる嵐、雨の中で燃え盛る炎、そうした現象を起こせるものが、認定される。
第四位階は、異能。本来の特性を超えた力を持つかどうか。爆発を起こす火の精霊、火炎を吐くトカゲなどが、認定される。
第五位階は、災厄。その力の大きさが、人の世界に災厄を齎しかねないかどうか。実際に災厄を起こさなくても、その可能性があるだけで、認定される。
第六位階は、不死。悠久の時を経ても、死なない存在に与えられる。とりあえずの目安は1000年らしい。このレベルになると、数えられる程度しか存在しないという。
そして、第七位階は、奇跡。今まで2例しか確認されていない、人知を超えた、神の力と呼ぶべき事象を起こしたものに与えられる、そうだ。
そんな会話をしつつ、森までの道のりは何事もなく過ぎた。
「それでは、手始めに、君たちが遭遇した悪狼の死体を確認しておきたい。案内を頼めるか?」
カレンの求めに、ハンスが先導を開始する。二人を追うように、俺とルイも進んでいく。
「ところで、お前、その黒いのは何の精霊だ? 見かけないが」
ルイが、クロマルの方を見ている。
「えーと、不運の精霊だけど」
「は? なんでそんなもんと契約してるんだ?」
『はぁ? こいつ、しつれい!』
“そんなもん”扱いされ、クロマルはご立腹。
「いや、こいつはこいつで、気はいいし、不運の訪れを察知できて便利なんだ。実際、悪狼の襲来の時も、こいつのおかげで事前に気が付けたんだし」
「不運の精霊にそんな能力があるのか? 学院では習わなかったぞ、そんな記録……」
ルイは眉を潜めながらクロマルの方をじっと見る。
『はあ? こっちみんな、きしょい!』
クロマルさんはやはりご立腹だ。俺は笑いながらなだめる。
「まあまま、あんまりひどいこと言うなよ」
「……お前、こいつと会話できるのか!?」
ルイが愕然とした表情を浮かべる。
え? あれ、なんかまずいか、これ。
「精霊の言語を理解しているのかお前?」
ほとんどつかみかかる勢いでにじり寄ってくるルイ。
近い近い!
「いや、言語っていうか、まあ、なんか、こんなこと言ってるんだろうなーって、ニュアンスが分かる感じー、みたいな?」
適当な言葉で、ごまかす。
「……ふむ、なるほど、お前は契約した精霊と感応が強いようだな。男には珍しい、稀有な才だ」
ルイは何やら納得したようで、ほっと一安心。
そういえば、最初にクーたちと出会った時も『こえもきこえるニンゲン、はじめて』みたいなことを言ってたな。とすると、精霊の声が聞こえるって能力は、この世界ではかなりレアなのだろう。余計ないさかいの種になるかもしれない、あまり吹聴しないよう気をつけよう。
さて、悪狼と出会った薬草の群生地にたどり着いた。
悪狼の死体を埋めた、盛塚もそのままだ。
「死体を検分したいが、掘り起こすのは難儀だな」
「……じゃあ、俺が」
(ムギ、お願い)
心の中で、呟くとムギが応えてくれる。
『承知いたしました』
盛塚から土人形が立ち上がり、埋もれていた悪狼の死体が露出する。
既に腐敗が始まっており、少し離れた位置の俺たちにも悪臭が届く。
「うぷ……」
ルイがたまらず鼻を覆って目を背けるが、カランは気にせず近づいている。
「……やはりオスか」
直接触りはしないが、ぐるりと周囲を回って念入りに観察していく。
「オスだと、何かあるんですか?」
「なに、悪狼というものは、一頭のオスと多数のメスの群れを作って活動している。多くのオスは、群れからはぐれ、単独でなわばりを求めて放浪して暮らす。一頭だけで現れたのだから、オスだろうと思っていただけだ」
俺の質問に答えながら、たるんだ皮膚を見ながらつぶやく。
「皮膚が爛れているのは、病ではないな。火で焼かれたか、あるいは酸か……? ルイはどう思う?」
問われたルイは心底嫌そうに悪狼の死体を見る。
「知らんよ。俺にわかるのは、こいつが“精霊喰い”じゃない、ってことだけだ」
「え!? どうしてわかるの?」
「“精霊喰い”は、生き物が半ば精霊化した存在だ。死んだあとの体は普通に腐ったりしない。直ぐ塵となって消えるだけだ」
なるほど。いやあ、ルイと一緒にいると勉強になるなぁ。
「“精霊喰い”に追われ、傷つきここまでやってきた、という可能性もあるか……」
カランはじっと死体を見つめる。俺はなぜだか少し不安な気分になる。
頭上では暗雲が広がり、日の光を遮ろうとしていた。




