第102話
7月1日の正午頃のことである。
シュナ村の外れで、沈痛な面持ちで、空を仰いでいる一団があった。多くの村人は、何事かと訝しんだが、麦の収穫に忙しく、声をかけることは無かった。
「そろそろかのぅ」
太陽の位置を見ながら、テトは独り言ちるように呟いた。その直後、西の空を監視していた、ルイが叫んだ。
「見ろ!」
指が示す先、蒼穹に尾を引き落ちる赤き光が見えた。
そして、その光は次々に、空に浮かび、流れていく
多くの民草ならば、凶兆と恐れおののく、白昼の怪しき火の群れだ。だが、空を仰ぐこの一団は、知っていた。
それは、砕けた星の欠片が、地に落ちていく証だと。この世界が、救われたことの証左になるのだと。遠く彼方へ旅立った一人の精霊使いから、聞き及んでいた。
「本当に、やってくれた……世界を、救ってくれたのだな……」
無数の流れる火球を見上げながら、ミシズは涙ぐむ。
「……あいつの虚言に、突き合わされたんじゃなくて、良かったぜ」
そんな毒の含んだ言葉を吐きながらも、ルイは晴れやかな顔であった。
「私にはよくわからぬが、これがあいつの仕業というなら、大したものだ。白昼に星を降らすなど」
カランは感慨深げに空を見つめ続ける。
「そうじゃのう。帰ってきたら、盛大に迎えてやらねばな。この世界の救い主なのじゃからな」
テトも、晴れ晴れと笑う。
夏の空を流れた白昼の火に、世界中が驚き震える一方、シュナ村に集った彼らだけは、笑顔でこれを見送った。
そのころ、村の中心部、井戸のある広場にいたエレナとジルもまた、空を見上げていた。
「なんだろうねあれ……怖いね……」
少女は不安から、妹の手を少し強く握り占める。
ジルは、呆けたように空を見上げていたが、不意にくしゃりと顔を歪ませた。
「……ぁ……ああああぁぁぁっ! あー! あああー!」
堰を切ったように、泣き、叫ぶ。頬を大粒の涙が流れ落ちていく。
「ど、どうしたのジル!? 大丈夫? どこか痛いの!?」
「ああー! あー! ああああっー!」
「大丈夫だよー、お姉ちゃんはここにいるからねー」
エレナは、妹を泣き止ませようと抱き締め、頬を寄せながら、ジルの赤毛の髪をなでさする。
だが少女には、精霊と共感する妹が、生まれたばかりの隕石の精霊の死を悼んで泣いているなど、知る由も無かった。
世界が終焉を乗り越えたことを、殆どの者達が気づかず、日常が続く。
そして、シュナ村では、少なくない人々が、旅立った一人の精霊使いは帰るのを、待っていた。
けれど、半月が過ぎても、彼らの待ち人が帰ってくることは無かった。