第10話
『なにか、こわいのがくるよー』
その時、クロマルが再度の警告を発した。
(どっちから!?)
『えーとね、あっち!』
クロマルがつんつんと体で指し示すのは、えーと、太陽位置があっちだから……東か。
「みんな集まって! ハンス! 東側から、何かくる!」
俺は大声を上げた。その声に、採集組が不安そうに集まってくる。
「何事だい!?」
「わかりません、でも精霊が警告してる!」
散っていた狩人組も集まってくる。と、東側の樹上で監視していた狩り人が声を上げた。
「何か近づいてくる! でかいぞ!」
樹上で弦の音が鳴る。狩り人が矢を放ったのだろう。それに応えるように、森に獣の唸りが響いた。
そして、開けた場所に黒い影が躍り出る。
「狼!?」
「こいつは……違う! 悪狼だ!」
普通の犬よりも大きな体、牛ぐらいはあるだろうか? だがそれよりも頭がでかくて、必然的に顎もでかい。
からだのところどころ、毛が抜けてただれている。病気か何かか?
狩人たちが一斉に矢を放ち、数本が体に刺さるが、それだけだ。厚い皮膚や皮下脂肪止まり、相手を怒らせただけっぽい。
「やばい、俺たちの矢でどうにかなる相手じゃない!」
明らかな怒りの唸り声をあげながら、ゆっくりと、こちらに近づいてくる悪狼。女たちが悲鳴を上げて立ちすくむ。
このままだと、みんなこいつにやられる。
(ムギっ!)
『はい!』
ムギに呼びかけながら、強くイメージする。
こういう時のため、できることはないかと考えて、培ってきたイメージを。
まず、地面が沸き立ち、土の人型が立ち上がる。
野良仕事の応用で作った人型を、直接悪狼に向かわせる。自分に向かってくる相手を警戒したのか、悪狼が猛然と人型にとびかかり、腕にかみつく。
だが、かみついたところで人型は、土でできている。ぼろぼろ崩れるばかり。だが、崩れた端から土で体を再構成し、そしてのしかかり、両腕両足を絡みつかせ、その質量で悪狼を押さえつける。
「あれは、土の精霊……ヨーヘイか!?」
「そうです! ハンスさん、その矢を貸して!」
ハンスの手から矢をもぎ取るようにして手に持つ。
俺の視線の先には、土人形に押さえつけられ、もがく悪狼。その、巨大な頭、巨大な眼を見据える。
(頼むぜ、クー、フー、ムー!)
矢を、紙飛行機を飛ばすようにして投擲すると、3体の力で加速され、一直線に突き進んでいく。
その先には、悪狼の眼球。
矢は深々と突き刺さり、鏃の先端が後頭部まで達する。
ごう、と苦しそうな声を上げた悪狼は、しばらくもがいたのちに、力尽きた。
「……よし!」
思わずガッツポーズ。今の精霊の力でできることから考えた戦闘用のコンボ、見事にはまってくれた。
「すげえ!」
「やれやれ、ヨーヘイがいてくれて助かったぜ。さすがは精霊使いだ」
ハンスたちが近づいてくる。
「なぁ、悪狼って、森によく出るの?」
「まさか。野生の奴なんて初めてだ。以前従軍したとき、戦のために飼われてるやつを見たことはあるが……」
ハンスは死んだ悪狼の首や足を調べる。
「……うん、首輪や鑑札の跡もない。どこぞの貴族や亜人が飼ってたのが逃げたってわけじゃないな。野生のはぐれが迷い込んだ、ってところかね」
「この皮膚が爛れてるのは、病気かなんかか?」
俺が毛の抜けたあたりを指し示すと、ハンスは肩をすくめた。
「皆目分からん。火で焼いた、ってわけでもなさそうだが……毛皮をはいで売るにしても、このあり様じゃ、値はつかんな。肉も食えんし、とんだくたびれ儲けだ」
「なぁにが、“くたびれ儲け”だい! そういうことは働いてからいいな!」
リーダーおばちゃんがハンスに猛然と詰めよる。
「しっかりおしよ! ヨーヘイがいなきゃ、今頃あたしら全員、こいつの胃袋に納まってたかもしれないんだよ! 気づくのも遅けりゃ、弓矢も効かない、それでよくお守りだなんて言えたもんだ!」
「……いやいや、面目ねえ」
ハンスが肩を落としてしゅん、となる。
「……まあまま、そのくらいで。みんな無事だったんだし。薬草もとれたから、今日のところは帰りましょう?」
エレナのとりなしで、皆がうなずく。
「そうだね……そうしようかね」
「ああ、ほかにもいるかもしれない。日のあるうちに、急ごうか」
みんなが手早く撤収準備を始める中、俺は悪狼の死体を見つめる。
「この死体はどうする?」
ハンスは腕を組みながら唸る。
「匂いで変な生きものや虫を集めかねないし、埋めてしまうのがいいんだが……」
「なら、まかせて」
再び土人形を立ち上がらせると、できた穴に死体を押し込み、その上で土人形を解けば、簡単埋め立て完了。
そして、俺たちは村への帰路に急いだのだった。




