第1話
俺、音羽洋平の人生は唐突に終了した。
新卒入社から一年ほどが過ぎ、新社会人になったという高揚感が「あれ、これなんか、想像していたのと違くね?」に変わって、毎朝の起床と出勤が苦痛になり始めた頃だった。
帰宅途中のいつもの道、いつもの横断歩道、青信号で歩いているところに、横合いからトラックが突っ込んできたのだ。最後に見えたのは、スマホを見てこちらに全く気付いていないドライバーの間抜け面。運転中のスマホ操作、ダメ絶対。
そして、痛いとか苦しいとか、そういう感覚を覚える余裕もなく、一瞬で目の前がスパっと真っ暗になり、何も見えなくなった。
いやもうこれあれだ、死んだわ。直観的にそう理解してしまう。
『短い人生だったなぁ』
声に出したつもりだったけど、唇も舌も動く感覚はなく、頭に響く聞きなれた自分の声もなかった。う
わぁ、体がもう無くなっていて、魂だけ、みたいな感じなのか、これ。それでも意識はずいぶんはっきりしている。自分の名前も、まだ言える、わかる。
リアル(?)な死を体験していることに、8割の恐怖と、2割の感動を覚える。しかし、これからどうなるのだろう。この真っ暗闇で延々意識だけ残るものきついなぁ、などと思いはじめたところ、唐突に目の前が明るくなった。
「え?」
思わず声が出た。さっきと違い、喉も震えて、頭の中で聞きなれた自分の声も響いていた。ちゃんと、体がある!?
俺は、いつの間にか真っ白な部屋で、パイプ椅子に座っていた。室内は、窓も電灯もないのにやけに明るくて、地べたにテレビが一つ置かれている。そしてテレビが唐突に映った。
テレビに映ったのは、黄色に黒線で形作られたニコニコマーク。そいつが、いきなりしゃべりだす。
『いやいや急にすまないね、音羽洋平君。気分はどうかな? ああ、返事はいいよ!』
……じゃあ聞くなよ。
『今、『じゃあ聞くなよ』って思ったね?』
ぎくり。心でも読めるのか、こいつは?
『はっはっは、ボクは神様だからね、全部お見通しなのさ!』
……神様?
いや、ニコニコマークが神とか言われても。
『そうそう。気づいていると思うけど、君はトラックにはねられて死んでしまったのさ。そのまま消滅する予定だった君の魂的なもの?を、ボクがサルベージして、今ここに招待したってわけ。あ、肉体はね、トラックにひかれてぐちゃぐちゃだったんで、僕が用意した別の体を貸してあげているんだよ』
ぐちゃぐちゃ……自分の体が大きく損傷している光景を想像して、ちょっと気分が悪くなる。ああもう、そういうことは考えない、考えない。
今考えることは。そうじゃない。
これから、俺はどうなるのか、だ。もっと正確に言えば、この自称神様が俺をどうしたいのか、だ。
画面の中、ニコニコマークが口元がにたりと嫌な感じに歪んだ気がした。
『察しがよくて助かるよ、洋平君。君を生き返らせる代わりに、ちょっと仕事を頼みたいんだ』
ほらきた。
『なあに、難しい仕事じゃない。別の世界に行って、そこで暮らしてくれるだけでいい』
いや、難しい仕事じゃないとか、絶対嘘でしょ。難しくないなら、こんな死ぬ間際の人間相手に、交換条件持ち掛けるわけがない。
『まあ、断ってくれてもいいんだ。その場合、別の人を探して頼むことになるし、君は元の世界に戻してあげる。まあ、貸し出してるその体は、返してもらわなきゃいけないんだけど』
ああ、やっぱりそういうことか。
断れば、俺はトラックにミンチにされた肉体に戻される。おそらく、そのままお陀仏になるのだろう。
それは御免だ。あの暗闇の中で、意識が消失していくのを待つのは、正直言って嫌だ。一度体験したもんだから、死の恐怖が鮮明に襲い掛かる。
だから、選択の余地なんかないのだ。
「わかった、やるよ神様」
あれは画面の中のニコニコマークに向かってはっきり告げた。
ニコニコマークは満面の笑みのままぴょんぴょん跳ね回っている。
『ありがとう、洋平君! いやあ、脅したみたいになっちゃって悪いなぁ、HAHAHAHA!』
脅迫以外のナニモノでもねー!
『まあまあ、憤りはごもっとも。だけど、そうそう悪いことばかりじゃないと思うよ。その体には、ちょっとした特典をつけているから、あっちで生活しやすいと思うし』
特典?
「ちょっと待って、それって一体……」
『さて、残念ですが時間となりましたので、この辺で終了でーす!』
ニコニコマークが画面いっぱいに広がったかと思うと、部屋の中の光が強くなっていく。まぶしくて目を開けていられない。
『というわけで、洋平君には楽しい異世界生活へご招待~! とりあえず、文化レベルはお察しな感じだから、まずは文化的な生活目指して頑張ってねー!』
「ちょ、ちょっと待って、詳しい話を聞かせ……!」
『今回の放送は、みんな大好き世界の創造神でしたー、また会いましょうね、ばいばーい!』
俺の声を無視してぶつんと画面は途切れて、一切合切が光の中にホワイトアウトしていく。
俺は腹の底から叫んだ。
「ちゃんと説明してくれ、創造神―ッ!!」
声はむなしく響き、俺の意識は暗転した。