第二章
元来、私は社会不適合者である。
出来れば仕事はしたくないし、人間とも関わりたくない。
なのに……。
「スケジュール管理を任せると言ったけど、こんなに依頼を入れていいとは言ってないが?」
私のせいで取り憑かれやすい体質になってしまった(そうとは言ってないが)責任をとる為に、亮護を事務方としてアルバイトで雇い入れたのは良かった。
いや、よくねーわ。なんだコイツ、真面目かよ。
前までは「あーお金いるな」という所で依頼をこなしていたが、彼が事務としてやってきてからはどうだ、日に1つ依頼があるのは当たり前。
多ければ3~4件の依頼をこなさなければならない。ふざけんな。
私は煙草に火を付けてイライラしながら通話先の彼に文句を伝えると「だって藤川さん、依頼入れないと一歩も家から出ないじゃないですか」とよく分からない事を返される。
「引き籠もりは躰によくないですよ」
説教なら幾らでも嫌味を返せるが邪気がない分、質が悪い。
電話で喋っても埒が明かない。こういう時はさっさと諦める限る。今日はちょうど1週間に1回のコイツとの打ち合わせの日だ。
後でローキックでも決めてやろうと会話もそこそこに電話を切る事にした。
いつもの居酒屋に着くと、亮護はすでに到着していた。私を見て慣れた様子で席に案内した店員にハイボールを頼むと彼の向かいに座る。
夏も近付いてきてポケットのあるアウターを着れないので、愛用している黒いナッパレザーのウエストポーチから煙草を取り出し火を付ける。
「資料」
頼んだハイボールを受け取りながら彼に言うと、これもまた慣れた様子で用意していた書類を「はい」と手渡してくる。
資料は7枚、……はー、今週は1日1件か。
いや?おかしくないか?休みくれよ。
酒に口を付けつつ、ざっと内容に目を通す。
コイツは多少私という人間の輪郭を理解しているのか、対人の仕事よりも、建物や場所絡み等、無人の場で仕事が行える依頼を積極的に受けている。どの資料も曰く付きの物件が記されていて、その根拠となる事件が明記されていた。
最後の資料だけ2枚綴られているので、嫌な予感がしつつも見てみれば、とある一家の家族構成が記されていた。
「眼鏡。……コレなに?」
嫌すぎて親指と人差し指で資料を摘まんで見せると彼は苦く笑う。
「藤川さん嫌がるかなと思ったんですけど、お相手、かなりお困りの様子で……、どうしてもと言われたので、とりあえず顔合わせだけスケジュール入れました」
迎え酒で頭痛を殺していたのに再び痛んだ米神を抑え、天を仰いだ。……面倒くさい…。
「丁度、来週の僕と打ち合わせの日に顔合わせは設定してます。……気乗りしないなら同行します……なんか、すみません……」
何も言わない私の顔色を伺うように彼は言う。
「いや……断れよ……」
「すみません。今まで対応出来るものは断ってたんですけど、今回の人はどうにも押しが強くて……」
対人の心霊依頼のその大半は恐怖心が見せる勘違いだ。そんなタイプの依頼はばっさりと断ってきた。
亮護を雇ってから、メールのやり取りも全て任せていた。不便がなかったし、苦手な依頼人とのやり取りも無くなってラッキーと思っていたが、ゴリ押しタイプの一番ヤバい案件を引いてしまったようだ。
「今度から対応し辛かったら私に回して」
彼は申し訳なさそうに「はい、……そうします」とシュンと小さくなった。
「しょうがないから顔は見せる、何かあれば言うから君がその場で対応して。場所は此所」
新しく取り出した煙草に火を付ける。
面倒な事はコイツに任せようと、気を取り直してぬるくなって炭酸が抜けてきたハイボールを飲み干した。
彼を雇って2ヶ月。対人の依頼を初めて引き受ける事になった。
……ローキックすんの忘れてた。