第二章
「怜人くん、結局親権停止の申し出をしたそうです」
いつもの居酒屋で打ち合わせをしていると亮護がポツリの零した。いつの間にか交換した連絡ツールに近況が送られてきたらしい。私は捲っていた資料から顔を上げるとビールを呷った。
「ふーん……」
「一応、ご報告しておきます」
歯切れ悪く告げると彼も、時間が経ってグラスに水滴のついたハイボールに口を付ける。
「まぁ、予想はしてた。人間っていうのはなかなか行動は改められないから」
一度は矛を収めたように見えた母親だが、長きに渡って追い求めていた【普通】や【常識】を簡単に諦められる訳はない。最後まであの様子だったし。
本人が他意はなかったとしても言動は早々変わらないだろう。親権停止期間の2年で気持ちが落ち着くのを待つのも一つ。
私はロングカーディガンのポケットから煙草を取り出し火を付けた。
「親が子供を選べないように子供も親を選べないのさ」
そうじゃなければ、この理不尽が蔓延る世界に自ら試練を抱えて生まれてくるみたいなものだ。何処までも神様って奴は意地が悪いらしい。
私もまた、連絡が返せない【母】を思って細く煙を吐いた。
「ま、何せよ、あー言うのは周りがとやかくいっても何も変わらないよ。君も気にしすぎないように」と言えば、既に心当たりでもあるのか、亮護は唇をキュッと結んで「気を付けます」と呟く。
「藤川さんは、藤川さんは……大丈夫ですか……?」
伝えた事はなかったが……この男、私が親と確執がある事に気が付いていたのか……。
眼鏡越しに心配そうな瞳を向けてくる彼にフゥ、と溜息を吐く。
「大丈夫も何も、……酒さえあれば何でもいい」
「そうですか……」
それ以上追求するつもりはないようで、コクリと1つ頷いて納得した彼は仕切り直すように酒を傾けた。
私も灰皿で煙草を揉み消しながら再び資料に目を落とす。暫くの沈黙の後に亮護が答えを求めていないように「結局何が正解だったんですかね……」と呟く。
答えるつもりはなかったが口をついて「目に視えない世界に正解はない」と出た。
そう、正解はない。私には確かに視えるが確信も。いつだって除霊という行為は、まるで酩酊している世界の中で悪夢を振り払っているかのような感覚だ。
私には赤に視えても、例えば少年はピンクと言うかもしれない。そんな不確かな中でソレらに触れる、排斥する、地獄に送る。其処にあるモノの存在が無くなる事だけはハッキリと分かる。
依頼を受けたモノの殆どが元は人間だった。実際殴ったりすると自らの手にも衝撃が走る。道具を使っているのも、その直接的な感覚を避ける為だ。
『対峙する相手にマトモでいるな』と先生は言った。そんな事言われなくても、私はとっくにマトモじゃなかった。
ぼんやりとそんな事を思いながら眺めていた資料は考え事のせいで全く頭に入ってこない。
いつの間にかビールが空になっていたので、店員を呼び止めて新しいものを頼んで煙草に火を付ける。
まだ新しいビールの泡を嚥下しながら怜人少年は人間である事を諦めなければいい、と少しだけ思って目を閉じた。




