第二章
「……誰に言っても信じて貰えない、無視をしていれば視えなくなったからとっくに無くなったと思ってたのよ。まさか子供に遺伝するなんて……」
彼女は震える手で髪の毛をグシャグシャに搔き乱した。
夫と折り合いが良くないのは彼がオカルトを嫌悪している人間だからか。
そんな人間の元に子供が【視える】生まれた。自分はそのような力はない、ならば原因は何だ。出した結論から母親である彼女を責めているのが明白だ。
「だとしたらアンタはあの子の気持ちが分かった筈だ」
自身が否定される感覚を知っているだろう、と問う。
「今回の依頼は此所で終了で良い。アンタが依頼してきた取り憑かれた息子の除霊って言ったよね?原因はアンタ自身。その胸元の火傷が証拠だよ。怪異は祓った、そしたらアンタに影響が出た」
胸元に浮かび上がった火傷を指差して視線を合わせる。
目を見開き唇を結ぶ彼女から今にもゴクリと唾を飲み込む音が聞こえそうだ。
「原因を絶つ訳にはいかないから怪異が現れる可能性がある。今回は報酬はいらない」
ゆっくりと差した指を下ろして告げれば彼女は力無くその場にへたり込んだ。
「私は……私はどうすればいいの……?」
床を一点に見つめる彼女に言えるのは1つだけ。
「もしも……多少なりとも親として振る舞いたいのなら、あの子と距離を置く事だ。アンタがそうやって【常識】で図ろうとしているうちは上手くいく事はないと思った方がいい」
暫く沈黙が落ちる。言い争う声が消えたのを見計らったのか、玄関の扉の外からノック音が小さく響く。彼は心が決まったのか。
どうしたものかと逡巡したが溜息を1つ落としてから後ろ手で扉を開いた。
隙間から少年が顔を覗かせて「お母さん……?」と声を掛けると床しか見ていなかった彼女はビクリと反応して尻もちをつく。
「あ、……あぁ……、あぁ……」
【化け物】
一体それは誰を差している言葉だ。生まれつきただ視えてしまうだけの少年か、それとも恐怖と憎悪を募らせてその化け物を生み出す己の事か。
これ以上は2人を喋らせても良い事は何1つないだろう。彼女の腕を引いて立ち上がらせると少年に「どうする?」と問うた。
少年は話が通じない状態の母親を見て、何度か口を開いては閉じて顔を真っ赤にして「僕、出ていきます」と泣きそうな声で呟く。グシャグシャな髪の毛で俯いて泣いている母親を見てこれ以上どうする事も出来ないと漸く踏ん切りがついたのだろう。
視線を合わせる事も躊躇う子供、母親が金切り声を上げていても近所の目だけを気にする父親、限界の母親。押し寄せる既視感に息が詰まる。
「この人は私達が見てるから必要なもの取ってきな」
顎でさっさと行けと示せば少年はおずおずと玄関を入って右手の階段を上っていく。
後ろから亮護が顔を出し「僕が支えます」と今にも座り込みそうな彼女の腰を支えた。
「ん」と短く返事をして引き渡すと廊下左手の扉に視線を向ける。やり取りは聞こえていただろうが、父親が出てくる気配はない。
文句を言われても面倒くさいだけなので此方も触れずにおくか、と首の辺りを掻いて亮護に彼女を玄関に座らせるように言う。関心はないだろうが流石に妻を玄関に放置はしないだろう。
泣きながらブツブツと呟いて何かが抜け落ちた表情をしている彼女には心を治す時間が必要だ。考えるのはそれからにした方がいい。
少しだけ見えた親としての良心を少年が受け取る事は出来るのだろうか。……まぁ、私の知った事ではないけど。




