第二章
「眼鏡が聞いてたけど、信用出来る親族がいるなら距離を置いた方がいいと私も思う」
フィルターギリギリまで吸った煙草を名残惜しいが灰皿に押し付けて、少年に目線を移す。
「さっき教えたように邪視は人の悪意、マイナスな感情から生じる。とは言っても通常少し恨むといったくらいじゃ怪異は作れない」
そう、怪異の卵のような概念なんて早々出来ないのだ。なのにアレはもうすぐ歩く噂話にもなりえる程に成長していて、尚且つ少年の名前を知っていた。
「さっきの黒い影、家の中でよく視えてました」
「……やっぱり。アレは心霊的素質が高い人物が関与してる。君の母親の無意識の恐怖、憎悪、嫌悪といったマイナスの感情が形作ったもの。私の見立てではね」
そんな、と少年の顔は歪に引き攣った。信じたくないと言ったところか。子供にとっては親が最初の世界。鳥の刷り込みと一緒だ。
盲目的に信頼したい人間から敵意を向けられていると知れば誰だって愕然とするだろう。
「私が九字を打つ時に確認したよね?君の家族にどんな影響があるか分からないって。もし影響が出ているのなら母親は黒だ」
「ちょっと、藤川さん。……言い過ぎですよ」
亮護がまだ子供なのだから、と少年を庇った。確かにまだ保護下におかれる年齢の男の子にはハードな内容かもしれない。しかし避けて通れない話題でもある。私はこの少年の母親から怪異を取り除く依頼を受けているから。
「子供だからって隠しても為にならないでしょ。私は今から君の家に行って怪異の原因を確かめる。それから自分の身の振り方を考えるんだね」
「……そうするしかないんですか?」
「何度でもアレが現れてもいいなら。私は別に構わないけど」
今、この時も彼女の嫌悪が集まって邪視の卵のような存在が孵化を待っているかもしれない。ニタリとした声音を思い出したのか、少年は表情を消して青褪めた。
「そんな事言われても怜人くんもきっと急には決められませんよ。先ずは親御さんに話を通した方が僕は良いと思います」
子供は保護されるべきだとでも言いたいのか亮護は少年の前に立って、彼へ注いでいた私の目線を遮る。
私も敢えて視線を落としてポケットから取り出したくしゃくしゃに歪んだ煙草の箱を開けて1本取り出して火を付けた。煙草の残りももう少ない。
「ふーん、なんとも【常識的】な言葉だね」
流石、愛されて育った人間だ。思わず渇いた笑みが浮かんでしまう。その言葉が人によってはナイフとなり得るのが分からないだろう。
でも確かに親の同意がないまま家から離すと誘拐で訴えられるかもしれないしな、と考えを改めて「ま、どちらにせよ依頼主に報告の義務があるから。君の家に行くのは確定だけど」と流す事に。此方としても不利益は避けたい。
チラと見れば胸の辺りをギュッと掴んで何か言いたそうな少年の表情に未練や渇望が見えるし、無理やり決めさせるのも後々禍根を残すかもしれない。それに血は水よりも濃い、簡単には諦められない筈だ。
肺に溜めた煙草の煙を吐き出して、半分程吸った煙草を灰皿の水に放る。
「君んち、どっち?」




