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第二章

北斗七星の形でステップを踏み、リズムに合わせて「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前・行」と片手で作った刀印で九字を切れば拉げた動物の鳴き声のような叫びを残し、邪視は燃えカスのように掻き消えた。

予想以上に簡単な除霊に「雑魚……」と漏れる。急に現れた黒い影に思わず置きっぱなしにしてしまった携帯灰皿を拾いあげて新しい煙草に火を付ける。


「ん、いーよ」


「すご……」


頭を上げた少年は風に攫われるゴミを見ながら頬を染める。

実際はそんなに大げさな事はしていない。対峙して分かったが、先程の影は邪視の概念が形を作って間もない怪異のようだった、だから簡単な退魔が効いた。ただそれだけだ。

フゥ、と煙を吐き出して、自分を悩ませていたモノが消えた事に興奮している少年を見下ろす。

邪視は人の悪意に満ちた視線から生まれる。


「分かったでしょ?視える事を公言して良い事ない」


「あれは、君に向けた悪意の概念」と禹歩の後をパンプスで消しながら言うと彼は、興奮の色を隠し唇をキュッと結んだ。

あ、泣くかな?と横目で見てから、震えてる自分の指先を触った。さっきので酒が切れたな……。


「ちょ、ちょっと!何、子供泣かせてるんですか?!」


缶とパックの酒とペットボトルを入れた大き目のレジ袋を引っ提げて帰ってきた亮護が少年を見て叫んだ。

あー……面倒くさいんだか丁度いいんだか分からないタイミングで帰ってきたな。


「大丈夫?藤川さん口は悪いけど嫌な人じゃないよ?!あ、でも泣いてるって事は何か悲しかったのかな?ホラ、これで涙拭きな?」


混乱しながら何があったと雄弁な表情をしてこちらを見てくる彼に、私は肩を竦めるのみに留めて漁ったレジ袋から缶チューハイを取り出して口を付けた。


「ちが、ちがうんです……、お姉さんは悪くなくて。僕を助けてくれて、……僕ってそんなに悪い事してるのか分からなくなって……」


躰を小さくして「普通になりたい」とハンカチを濡らして泣く少年を見て、自分が地雷を踏んだのを悟る。


「何があったのか見てなくて分からないから、ありきたりな事しか言えないけど……、普通って言うのは、それぞれの人の中にあるものだと僕は思うよ。誰かの普通はその人の基準に過ぎないし、君には君の普通があるって話じゃ納得出来ない事かな?」


亮護の話を聞いて、思わず目を見開く。

しつこい黴のようにこびり付いている母の記憶がよぎる。環境による連鎖は恐ろしい。私は、一番自分が嫌いだった事を少年にしてしまったようだ。


「少年、さっきは悪かった」


私の言葉が意外だったのか、彼は涙を引っ込めて私を見つめた。

短くなった煙草を携帯灰皿に入れ揉んで火を消す。


「自分にとっての普通を話す事自体は私も否定しない。……これは経験上の話で視える側からのアドバイスとして聞いてほしい。他人の理解を求めるのは無理だ、それが身内でも」


いや、身内だからこそ、子供に【普通】を求めるのか?今となっては分からない。


「もっと上手くやれる方法があると知って欲しかっただけで君を否定するつもりはなかった」


「だから悪かったね」と頭をポンと撫でれば、少年の目はまたジワジワと膜が張り、さっき以上に泣き出した。

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