お菓子の好きな姫と、とても高い塔と、魔法使いの綿菓子
ある王国に、お菓子の好きなお姫様がいました。
お姫様は、魔法使いの若者と恋におちました。
若者の魔法の腕は、すばらしいものでした。
姫様のために、いつも、色とりどりの甘くてきれいなお菓子を魔法で生み出しては、お姫様を喜ばせました。
魔法使いのくれた、美味しいお菓子を口にするお姫様は、とてもとても幸せそうでした。
ところが、お姫様の父親である王様は二人の仲を認めませんでした。
王様は、自分の娘が好きすぎて、娘と他人との仲をゆるすことができなかったのです。
王様は、魔法使いの若者を捕らえると、国境の果てに追放しました。
王都から遠く遠く離れた、最涯の土地に若者を放り出したのです。
そして、これ以降、もし領地のなかでこの若者を見つけたら、即座に処刑してよい、というお触れを出しました。
それから王様は、王宮の中に、天にもとどくばかりにそびえ立つ、高い高い塔を建て、塔の頂上に造った小部屋に、お姫様をとじこめました。
おまえが魔法使いの若者の事を忘れるまで、ここからはけっして出さない、厳しい声で、娘にそう告げました。
窓が一つしかない、塔のてっぺんの部屋で、お姫様は毎日をすごしました。
お姫様が窓からのぞくと、切り立った塔の壁、そして地面ははるかに遠く、落ちたらまちがいなく命を落とします。
小部屋の扉には、頑丈な鉄の錠前がかかり、屈強な兵士がふたり、つねに警戒をつづけています。
それだけではありません。
この塔の長い長い階段の途中にいくつも設けられた踊り場でも、兵士が常に見張っています。
この塔を上り下りしてお姫様の部屋に出入りできるのは、王様だけでした。
でも、あまりに塔が高いので、王様は自分の足でお姫様のいるところまで階段を上がることができず、召使いたちに担がれて、やってきます。召使いも一人では無理なので、何人かで交代しながら、汗だくになって王様を、塔のてっぺんまで担ぎ上げるのでした。
王様は、お姫様のところまでやってきては、どうだ、もうあんな男の事は忘れたか、そう問いつめますが、お姫様はいつも、だまって首を横に振るだけです。
強情だな! 王様はそういって、召使いに担がれながら塔をおりていきます。
これが、儀式のようになんどもなんども繰り返されました。
お姫様には、心の支えがありました。
若者には、こうなる予感があったのでしょう。
追放される直前に、魔法使いの若者は、お姫様に約束していたのです。
ーーもしなにかがあって、ぼくたちが離ればなれにされたとしても、ぜったいになんとかするからね。ぼくを信じて、待っていて。
お姫様はその言葉を胸に、塔の上でじっと待っていました。
季節がうつろっていきました。
秋から冬へ、そしてまた春。
お姫様は、けしてあきらめず、王様の問いに首を横に振り、ただ待っていました。
そんなある日。
パタパタという音に、お姫様が音のした方に目を向けると、
「まあ、鳩が」
お姫様の部屋の窓縁に、一羽の鳩がとまっていました。
閉じこめられてから、はじめてのことです。
なにしろあまりに塔が高く、これまで鳥さえもやってこなかったのです。
お姫様はうれしくなって、そっと鳩に近寄ります。
鳩は、逃げるそぶりもなく、じっとしています。
お姫様は、鳩が何かをくわえているのに気がつきました。
それは、柄のついたちいさな飴玉でした。
お姫様は、すぐに気がつきました。
これは、恋人の魔法使いが送ってきたものだと。
それは、魔法使いがお姫様のために出してくれた美味しいお菓子のひとつだったからです。
お姫様が手を差し伸べると、鳩はくわえていた柄をはなし、飴はお姫様のてのひらにポトリと落ちました。
鳩は、満足げに首を振ると、窓から飛び立っていきました。
お姫様は、その柄をもって、飴を口にふくみました。
甘く、爽やかな味が口の中に広がります。
懐かしい味でした。
そして、懐かしいその味とともに、お姫様の頭の中に、言葉がひろがりました。
「ご」
「め」
「ん」
「ね」
「ま
「た」
「せ」
「た」
「ね」
飴が、お姫様の舌の上で溶けるごとに、ほろり、ほろりと言葉が伝わってくるのでした。
「あ」
「い」
「し」
「て」
「い」
「る」
「よ」
そして、飴は溶けてしまい、言葉はとぎれました。
お姫様の目から、涙がこぼれました。
ああ、恋人は、けっしてあきらめてはいなかった。
わたしを助けようと、どこかで、ずっとがんばってくれていたんだ。
鳩は、それからも、飴を運んできました。
飴をなめるたびに、魔法使いからの言葉が、すこしずつ届くのでした。
お姫様はとても嬉しかったのですが、自分からは返事ができないことが残念でなりませんでした。
そして、とうとう、こんな言葉がとどけられました。
「つ」
「ぎ」
「に」
はとがはこんできたあめを口にふくんだら、ぼくのところに、こられるから。
「ぼ」
「く」
「を」
しんじて。
どんなにお姫様はうれしかったことでしょう。
お姫様は、その日を待ちました。
はずむ心で、鳩を待ち続けました。
そして、ついに。最後の鳩がやってきました。
鳩は、キラキラ光る大きな飴を、その嘴をひろげて、くわえていました。
お姫様は、鳩にかけより、その飴を手にしました。
その時、
バタン!
部屋の扉がはげしく開くと、王様がとびこんできました。
このごろ、塔のてっぺんでしばしば見かける鳩の姿をいぶかしんだ兵士の報告を受けて、王様は、お姫様を問いつめるために、急いでやってきたのでした。扉の外では、命じられ、大急ぎで王様をここまで担ぎ上げなければならなかった召使いたちが、力尽き、その場に倒れ伏しています。
「姫、なにをしている!」
部屋に入った王様は、窓ぎわに立つお姫様に、どなりました。
おどろいて鳩が飛び立ちます。
「怪しい鳩だ! 兵士たち、撃ち落とせ」
王様は兵士にさけびます。
鳩を射殺そうと、地上から次々に矢が射かけられます。でも、塔があまりにも高く、矢は、鳩にはとうてい届きませんでした。鳩は、ゆうゆうと飛び去っていきます。
お姫様は、怒る王様に、にっこり笑いかけると、言いました。
「さようなら、お父様。お別れです」
そして、魔法使いの飴を口に放りこみます。
「まてっ!」
ただならぬ気配を感じて駆けよる王様の手をすりぬけると、お姫様は、ためらいもなく、たった一つの窓から飛び降りてしまいました。
「ああっ、姫!」
王様は、窓に駆けより、真っ青な顔で外をのぞきます。
王様の頭には、高い高い塔から墜落して、激しく地面にうちつけられる、愛娘の無残な姿が浮かんでいました。
ところが。
王様の目の前で、まるで飴が溶けるように、お姫様のからだは、うすれて、宙に消えてしまったのでした。
あとには、呆然と立ちつくす王様だけが残されました。
さて、ここは王都から遠く離れた、最果ての土地です。
そこには草原が広がっていました。
とつぜん、その空に、お姫様が現れました。
高い塔の上から飛び下りた、そのままの姿で。
お姫様の身体は、くるりくるりと回転し、地上へと真っ逆さまに墜落していきます。
ドレスをはためかせ、どんどん落ちていきながら、お姫様は見ました。
緑の草原の中に、真っ白な綿菓子。
お姫様が落ちていく先には、それはそれは大きな、広場ほど大きな、ふわふわの、綿菓子のクッションがありました。
そして、その綿菓子の上にたって、お姫様をみあげている恋人の姿がありました。
恋人は笑顔で手を振っています。
「わたし、きたよ!」
お姫様は叫びました。
そして、真っ白な、甘い匂いのする、ふわふわの綿菓子の中に、自分を待っている恋人のもとに、飛びこんでいったのでした。