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脱毛SF小説家  作者: 瓦屋遊筆
2/2

後編


夕暮れ時。ある筈もない希望に期待して、不躾も承知でドアを開きます。


部屋には教授一人です。セミナーで聞いた教授の名前も大学も学科も寸分の狂いなく正確に覚えていました。きっと昨日の時点で、ここに来る事を決めていたのだと思います。


突然の謎の男の訪問に戸惑っているようではありますが、昨日のよしみで歓迎してくれました。インチキセミナーにひっかかった人がいないか心配していたようです。それと同時にウソ科学を利用する彼等に憤慨もしていました。私も教授が無事に生還できた事に安心しました。


前置きも早々に、思い切って切り出してみました。タイムスリップ理論が完成したというのは本当かと。教授はそんなくだらない事を聞きにきたのかと、ため息をつかれました。でも、引き下がるワケにはいきません。自分の職業、置かれた状況、押し潰されそうなこの感情、全て話しました。


致し方ないと言わん面持ちで、教授は語り始めました。


「確かに、タイムスリップのようなものについては理論があるんですよ。でも、あなたの思い描くようなタイムスリップではない。タイムスリップ自体は実現不可能なんですよ」


タイムスリップとタイムスリップのようなもの、何が違うのか?いや、違いなどどうでもいいのです。現状から脱出できればそれでいいのです。


「その、教授のおっしゃるタイムスリップのようなものとは一体?」

「そもそも時間って何だと思いますか?」

「んー、なんか、こう、チクタクチクタクみたいな…」

「では、素粒子とは何だと思いますか?」

「んー、なんか、ツブツブがポツンポツンポツンみたいな…」

私は今ほど小説家という肩書きに恥じた事はありません。

「ここから先は私の自説になるですが、素粒子は、我々が素粒子として知覚しているだけで、存在していないものではないかと考えているんです」

「ん、と…おっしゃいますと?」

「とあるエネルギー状態に対して、観察というエネルギー変化が加わる事によって生じる現象、それが素粒子の正体じゃないかと」

「んー、素粒子が存在しないとなると、このペンも机も私達の体も存在しないという事になりませんか?」

「いや、そうではないです。まず、このペンや机や私達の体が存在するというエネルギー状態があるんです。でも、素粒子がこの世界にあるわけではない。観察すると、そのエネルギー状態をあたかも素粒子があるように感じるんです。観察によって生じる素粒子というエネルギー現象が、視覚、聴覚、触覚に成り代わって、ここにペンがあると知覚できるようになるんですよ」

「んー、ちょっと意味がよく分からないですけど、とにかく、存在はしてるんですね?」

「そうです」

「で、それと時間はどう関わってくるんですか?」

「これも私の仮説ですが、時間とは、そのエネルギー部位がこれまで辿った変化回数なんじゃないかと考えているんです。これが時間が一方向にしか進まない理由であり、非連続の値になる理由です。変化回数が多ければ時間が多く進んでいるという事であり、変化回数が少なければ時間があまり進んでいないという事なんです。これが相対性の正体なのではないかと」

「んー、変化回数を変えれば過去や未来にタイムスリップできるという事でしょうか?」

「違います。回数だから、戻す事はできないし、加算するなら、加算した分だけ時間経過を感じる筈です。仮に完全に回数を戻せたとしても、それはタイムスリップする前の状態になってしまうから、タイムスリップしていないのと同じなんです」

「それって、タイムスリップ出来ないとおっしゃってるように聞こえるんですが」

「その通りです。出来るとしたらタイムスリップのようなものです」

「ようなもの?」

「例えば100年後、きっとあなたは存在しない。でも、あなたが存在するというエネルギー状態を作る事が出来れば、しかも、今の存在状態を完全再現したら、完全再現されたあなたはタイムスリップしたように感じる筈です」

「んー、未来は真っ暗なので、過去に行きたいです」

「過去に行くのは、もう一手間かければいいんです。ある一時点の宇宙の全エネルギー状態を再現した上であなたを再現すればいいんです」

「そうすればタイムスリップ出来るんですか?」

「未来に再現された過去に再現されたあなたは、過去にタイムスリップしたと感じる筈です」

「んー、感じるだけでもいいので、戻ってみたいです」

「ただ、それも結局、夢物語なんです」

「え、」

「宇宙全体のエネルギー状態を把握しなければならないし、エネルギーとは何なのかという最高級難問を解かなければいけないんです。しかも、それが分かったとして、そのエネルギー状態をどう再現するのか、再現する為のエネルギーを何処から捻出するのか。再現技術が確立したとしても、例えば、宇宙ビッククランチのエネルギーを利用して宇宙を作り直すといったような途方もない莫大な規模の事業になります。あなた一人の為に、その技術を使う事はないでしょう」

「それって、つまり…」

「タイムスリップもタイムスリップのようなものも、どちらも無理ですね。後者は技術的に実現出来る日が来ると私は信じていますが」


結局、タイムスリップは叶いませんでした。でも、収穫はありました。教授の教えてくれたタイムスリップのようなもの理論は何だか使えそうです。

主人公の前に現れる過去から来た自分と未来から来た自分。その正体は自分を再現した自分。しかし何と自分自身も再現された存在だった…。

何だかアイデアがわいてきました。

もう、この私小説は必要ありません。ファンタジーも必要ありません。これからの私はSF小説家として生きるのです。


私は家に帰るなり、風呂も入らず筆を走らせました。

筆が踊っているのが分かります。

気付けば暗かった空が明るくなっています。

それでも筆の舞踏会は終わりません。さしものシンデレラもガラスの靴を落とす暇はありません。

もう時間は怖くありません。

時計の針を追い越すスピードで筆が走ります。

時計の針も負けじと回ります。

最後の1日が終わろうとしています。

まだまだ舞踏会は終わりません。

概ね完成しています。

でも言葉ひとつひとつ、句読点ひとつひとつ、何度も推敲したいのです。最後の最後まで練りに練りたいのです。


朝9時に原稿を取りに来るそうです。とうとうあと5分。

筆は既に布団に休んでいます。最後まで踊りきったのです。

そういえば、原稿の髪を払った記憶がありません。もう全部抜け落ちたせいなのか、気付かない程集中していたのか。


ピンポーン


とうとうやって来ました。飲んでいたココアをテーブルに置き、玄関に出ます。例の冷徹女新人です。

靴を脱ぎながら原稿の様子を聞いてきました。勿論仕上がっていると、早々に差し出しました。御座に座るなり、一度この場でざっと目を通したいと、原稿を見始めました。冷蔵庫の音が響き渡ります。新人出版社社員の反応に、不安と期待がいりまじります。


「あの、ファンタジーものはダメだって言いましたよね?」

「え、その、ファンタジーというか、SFなんですけど」

「どっちも同じです。日常の体験を通して成長する主人公の心理描写をメインに書いて欲しいとお伝えした筈です。企画の趣旨把握されてます?」

「ん、でも、この主人公も」

「先生の実生活を題材にした方は出来てますか?」

「書きかけで」

「先生、メールって出来ないんでしたっけ?」

「ぴーしーとかいうものが苦手で」

「今日、20:00頃また取りに来るんで、それまでに書き上げられます?」

「20:00ですか」

「一応、過去にヒット作を出されてるんで、わざわざ原稿取りに来たり、期限延長したり、優遇してるんですよ。出来ないんなら、今後ないと思って下さい」

「んー、その…」

「では、また来ますんで」


鉄だ。鉄の女だ。顔面がフライパンに見えてきました。テフロン加工はありません。

かくして、この日記もとい私小説を再開しました。期限は半日。筆は動かず、次から次へと毛が抜けていきます。

もうダメです。限界です。時計の針は、筆を置き去りにして周り続けます。気付けば約束の時刻。


ピンポーン


覚悟を決めるしかありません。致し方なく、最後の文末に丸を付け、玄関の扉を開けます。

フライパンは靴すら脱がずに状況を確認してきました。この作りたての原稿を急いで持ってきて渡してみました。

フライパンはその場で、さっと目を通します。


「今あるのは、この作品一つだけですか?」

「一つだけです」

「そうですか」


フライパンは原稿を鞄にしまいました。


「あの…、どうでした?」

「多分、没ですね」

「没ですか」

「没です」


私の心は切なさで密です。


「せっかく書いて頂いたので、一応、持ち帰って社にかけあってみますが、この内容だと難しいかも知れないです」


私は褒められて伸びるタイプなのだと彼女に伝えたい。


それから月日が経ちました。あれから PC も購入し直し、メールと文書作成ソフト、インターネットは使えるようになりました。

結局、例の特集に、私の小説は載っていませんでしたが、苦しい時を伴に駆け抜けた私の小説です。このまま未発表では浮かばれません。

そうした経緯で「小説家になろう」サイトに投稿したのが、この小説です。


読んで頂けたら幸いです。

もとい、読み終えている頃でしょう。



【後書き】

読んで下さってありがとうございます。嬉しいぴょん。

楽しんで頂けたなら、もっと嬉しいぴょん。


なお、捕捉ですが、作中で教授が自説として語る理論は、単に私が素人考えで妄想した理論です。裏付けはありません。ちゃんと勉強したわけでもありません。波と粒子の二重性とか、そんな様な話を聞いている内に、こういう事も考えられるなぁと思っていた理論です。もっと深掘りしたい所もあったんですが、自説発表の場ではないのでジシュク(泣)。

あと、理論以外にも、主人公のあんな描写やこんな描写も見せたかったんですが、削った方が作品の為だからなー(泣)。ごめんよ、主人公ちゃん。そしてフライパンちゃん。


本当に読んで下さいまして、誠に有難うございました!

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