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ある男についての報告

 薄暗い室内。執務机の椅子に毅然とした態度で座り込む男。

 その目の前には、男と言うには年若いーー何処か浮世離れした雰囲気の青年が佇んでいる。

 

「"無垢の鍵"の件はどうしている」

「至って変わりなく」

「そうか」

「……お前が拾ったというあの男は?」

 

 使えるか?という意味に、青年は微笑む。

  

「彼は面白そうですよ。上手く仕込めば、……この界隈に馴染んでくれそうです。素晴らしい逸材を拾いました」

 

「……良いだろう。こちらとしては、嬉しい限りだ。くれぐれも扱いを間違えるなよ」

 

 男は目を閉じ、ため息を吐いた。

 

「教団などという馬鹿げた輩に、"我が庭"を荒らされては困るからな」

 

 青年は目を瞬かせた。この男のそういった発言など、初めて聞いたからだ。

 いや、そもそも男がーー生まれてしまった望まぬこの界隈を嫌悪しているような言葉など。

 

「しかし貴方自身、旧い呪術師の家系では?」

 "自身もあちら側の人間だと言うのに、何故ーーそれほど毛嫌いしているのか?

 込められたその意味に、かの男は当然気づいたのだろう。一瞬顔をしかめたがーーすぐに元の無表情へと戻った。男がつぶやく。

 

「かの大戦が終わり、世界は変わった」

 

「迷信が溢れ、人が信じることで力を得た魔術もまた、人々の変化と共に力を失うこととなった」

 

「世界は変わり、力を失いつつある魔術などーー狂信者どもに骨の髄まで吸い尽くされた残骸、負の遺産そのものだ。犬も食わんよ」

 

 男はふっと嘲笑を浮かべた。

 

「魔術だと? 馬鹿馬鹿しい。この国は、進んだ科学が浸透する"偉大なる合衆国"だ。何人たりとも、その認識を覆させることは許さん」

 

 ーー魔術だとか下らないものに、振り回されるのは、もう御免だーー


 おそらく男の本音なのだろう。

 旧いものと言うのは、なかなかどうして、その縛りに縛られることが多くーーこの界隈に振り回されたというのも、あながち間違いでは無いのだろうか。

 毛嫌いしている理由には、どうやら私怨も混じっているらしい。

 青年は内心微笑んだ。この男は冷酷だ残酷だと言われるが、それなりの感情はある程度には人間らしいということが分かり、やはりこの男も人間だ、ということに、安堵を覚えたからだ。

 

 得体の知れないものほど、恐ろしいものはないーーこの男の内側を、ほんの少しでも知ることが出来た。

 スキを見せなかった男の、ほんの僅かな緩みを垣間見て、青年は細く笑んだ。

 

「この国を守る義務のある私としては、狂信者の下らない遊びで、"大事な国民"が傷つけられてはたまらないからな」

 

 クックッと喉を鳴らすように笑った男は、椅子に座ったままくるりと身体を翻した。

 射抜くような青い瞳には、冷酷さが宿っている。

 

「例え、私自身がーー貴様らの管轄内の人間として生まれたからと言って、大統領としての判断は、あくまでも国の為だ」

 

 青年は内心眉をひそめた。

 国の為ーー最優先は国であり、もしそれが阻害されるような事態がおこれば、捨てることも厭わないと?

 

 その意味が込められているのならーーそれは青年との間の契約に反する。

 

 その一線を越えられると、青年は黙ってはいられなくないだろう。

 血が沸騰するような、全身が研ぎ澄まされる感覚に身を委ねながら、非難するように向けた視線。

  

 その男はーー身体を震わせた。滑稽な冗談を聞いたとでも言うように。

 

「ふふ、そう勢い着くな。君達を手放す様なことはしないさ。私には君たちが必要だ。君たちの力は大きく、より広いツテもある。……せっかく手に入れた便利な物を、手放すだなんて勿体ないだろう?」

 

 モノ扱いとは酷いものだーー青年は苦笑した。

 目の前の男は、人間だ。ただの人間。青年が飛びかかれば抵抗する間もなく、絶命するだろう程には弱い、脆弱な生き物。

 人ではない青年にとって、目の前の男は殺そうと思えば簡単に殺せる獲物。

 そうしないのは、この男の管轄に置かれることによって、居場所を得ているからだ。奴隷のような劣悪な扱いを受けることは無い。それに、行き過ぎた力を持つ存在は、粛清されがちだ。首輪をつけ、順従なフリをしているのが平和だと言うことに気づいた。それを理解するのに、人ならざる青年は随分と時間を要した。

 仲間というより、それなりの規模の組織を率いている人ならざる青年にとって、ーー組織員達は家族のように愛着がある。それを傷つけられるような間違いがない限り、この男の命も、自分たちの居場所も守られる。万が一、かの契約が違えることがあるのならば、青年はーー。

 

 青年の背後に一瞬、ゆらりと浮かんだーー蠢く異形の触手達。

 その触手が、自らを大統領と言った男の背後にーー忍び寄りかけた刹那、ふっと青年の力が抜けた。

 契約は守られる限り、永続する。

 ならば、青年も守る義務がある。

 何より今は、手に入れたかの男の仕込みの仕事もある。暫くは飽きずに済みそうだ。

 

「分かりましたよ、偉大なる大統領様。ーー"偉大なる合衆国に栄光を"」

 

 そうして賽は投げられた。

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