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戦時中;エルレ国にて

 小国でしかないエルレ国は、降伏する可能性が高い。

 主な都市部は占拠され、敵国の人間や混血人達は拘束するため、収容所が活躍することだろう。諜報員である己のプライドと、諜報員としての任務の重要性。戦争が始まるとなれば、留学生として引き上げることになる。


 だが、この国に潜む諜報員は一人だけではない。自分と同じ所属員が既に潜んでいる。

 自分が扱っていた情報網は使えなくなるだろう。……引き継ぎを行い、慎二は新たな任務遂行のために帰還せざるおえなくなった。

 全ては上司の命だ。致し方ない。


 …思わずため息をつく。いくら毒付いても現状は変わらない。

 つい数時間前に同じ所属から渡された指令にも、早々に切り上げて帰国してこいと書かれていた。

  慎二は深いため息をつくと、帰国のために荷物をまとめ始めた。


 ーー戦争中ということを考慮し、遠回りとはいえ安全なルートの列車へと乗り込む。

 乗車前にーー必要な新聞記事を買い、指定の席へと座り込み、列車が揺れ始める。

 いくつかの駅をすぎると、鮮やかな風景から土色の風景へと変わっていく。

 風が入り込んでくる。

 列車の車窓から見る景色は、なんとも味気ないものだった。

 既にエルレ国を出発し、母国大和へと帰り着くには、あと数時間列車に揺られた後、大型船を経由しなければいけない。

 比較的都会だったエルレ国と違い、今通っている周辺国は、

 そもそもここ周辺の地域は、殆どが作物畑で生計立てて暮らしている。しかもこの時期は丁度刈り時なのか、土色の中に疎らな作物が植えられたままだ。

 列車の車窓から見る景色は、なんとも味気ないものだった。

 既にエルレ国を出発し、母国大和へと帰り着くには、あとーー時間列車に揺られた後、大型船を経由しなければいけない。

 

 

 

 気付けば土気色の景色から、雪が激しく舞い散る雪山の鉄道を走っていた。

 窓から見える景色は、激しい吹雪が降り続けている。

 ーー外の景色に向いていた意識を車内へと戻し、渡された書類の内容を脳内に浮かべる。

 今回の件は陸路ーーこの列車内での、情報の引き渡しを指示されていた。

 遂行中だった任務の引き継ぎは既に済ませていた。

 

 二つ前の駅で降りていった、先程まで相席だった男の手に、引き継ぎの情報が握られている。

 

 後は先の駅で接触する乗客から次の指示を受け取るだけだ。

 その指定駅までは数時間ほど残っていた。


 瞳を閉じてしばらくした後、浅い眠りへと落ちようとした直前、車内に強い衝撃が走った。

 視界がぐるりと回転すると同時に、意識が途切れた。

 

 暗転。


 ーー遠くで誰かの声が聞こえる。熱い。痛い。苦しい。脳に酸素が足りない。助けてくれ、と喚く誰か。

 …ぼんやりと霞んだ視界に映ったのは、色の淀んだ血溜まり。圧迫感。

 痛みに動かした視界に、あり得ない方向に曲がった右腕が映る。

 床に散らばったガラス片。直後に感じた、針で突き刺されたような痛み。

 …おそらく、身体の何処かにガラス片が突き刺さっているのだろう。

 脇腹辺りを貫くようにして、何かが縫い付けている。呼吸をする度に、引き攣るような感覚。

 …全身が痛い。

 そして何よりの異変は寒気。

 身体から流れ出る血は未だ止まっていない。

 寒気がする。熱いはずなのに、ひどく寒い。寒くて寒くて堪らないーーああ、死ぬのか。

 走馬灯。

 …脳裏に死が過ると同時に、蘇える

 諜報員として叩き込まれ刻まれた記憶。

 

 ーー死ぬ。何も死を恐れている訳では無い。…否、死ぬことによりも、その死によって任務を果たせなくなることがよほど重要だ。

 諜報員にとって、任務途中の死は屈辱であり、野犬が野垂れ死ぬようなものーー死する時でさえ、誰の目にも入らず、あくまでも偽装したその人間として死ぬ。

 本来の自分さえも表に出すことを許されない、何者でも無いーー忠実な駒。

 その事実に憤慨することは無い。覚悟を持ってこの界隈へと飛び込んだのだ。これから受ける筈だった任務がどう言ったものだったのかは分からない。

諜報員としてこれ以上の活動は出来ずに、死を持って終わりを迎えるだろう。その性質上の、秘密を暴きもち帰るという最低限の仕事はこなした。その情報をどう扱うかは、上が決めてくれるだろう。

 

 

  意識が混濁してきているのだろうか。

 誰かの足音が聞こえるなど。

 無事な乗客が居たのだろうかーー。或いは、死神のものだろうか。

 僅かに不明瞭な視界に映った、乗客の誰かーー死神かもしれない、黒く磨かれた靴。

 死の迫る身体に、起き上がる余力はなかった。

 本能的に、"死神"だろうと理解していた。

「ーー死にかけの君に、良い提案があるんだ」

 死神の声はやけにハッキリと聞こえた。

 軽い声音で"死神"が言った。

 その提案は、もし叶うのならばーーひどく魅力的なものだった。

 何者でもない、ただ代わりのきく手足としての道を選んだ慎二にとって。

 示された希望。組織への裏切り。捨てきれなかったもう一つの人生。願うのならば。抗うことなど考えられなかった。ただ、その言葉を受け入れることしか。

 

 ーーその言葉を聞き取ったらしい、死神の満足げな嗤い声が聞こえた。

  

 聖歴19xx年。

 大規模な鉄道事故。

 死者行方不明者合わせーー人という規模の記録を出した悲劇の事故。その中には不慮の事故に巻き込まれた、哀れな留学生も含まれていた。しかしその記憶も、いつしか人々の記憶から忘れ去られた…。

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