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戦時中:南の小国エルレ

 先ほどの平和そのものの風景を見た後では実感が湧かないかもしれない。

 その気配は、確実にエルレ国に戦争の暗い影は落とし始めていた。


 にも関わらず、この国は未だ"平和"の国を謳っていた。暗い現実から目を逸らすように。不安な影に見て見ぬ振りをして。

 

 歪な形ながら、エルレ国は平和な国を謳っていた。

 しかし少しずつ戦争の影が色濃くなり、新聞やラジオにも戦争の話題が出ることが多くなっていた。


  市民への直接的な影響はまだないが、それでも戦争の色濃い雰囲気が、街を覆い始めてた。


  そう遠くないうちに、他国と同じように兵士や軍需工場へと市民が借り出されていくだろう。


  このご時世、未だに不参戦国は多いとはいえ、既にいくつかの大国が戦争中ということもあり、

 参戦を発表した国の留学生達は、帰国命令が下され始めていた。


  この国で出来た数人の友人達の元には、既に母国から帰国命令が送られてきている。


  慎二の元へ来るのも、時間の問題だった。しかし彼には未だ果たすべき任務が残っている。


  任務を放り出すことは、慎二のプライドが許さなかったーーより正確には、『新田慎二』という人間として与えられた役割を、果たせないことが許せなかった。


 表向きは留学生、裏では諜報員として、開戦する可能性の低いこの国へと送られた。


  たとえ自分が、何者でもないーーただ与えられた任務を遂行するだけの諜報員としても。

 

  ーー『新田 慎二』という名前を与えられていた諜報員の青年は、深く顔を覆った。

   

  ーー慎二の平穏なーー例えそれが仮初めのものでもーー保たれていた留学生活が、終わりを告げる。

   

  慣習。定期的な同業者からの通達、情報の引き継ぎ。

 それらを含めた慣習として、ベンチに座って新聞を広げていた所に、現れた男。

 帽子の影で表情を伺うことはできない。ポケットに入れられたタバコの箱の印から、

 同業者ーー恐らくは同じ組織員の男からの接触だと瞬時に察し、内心訝しむ。

  それは、予定されていたものではない。

  変更ーー緊急を要するものだと理解すると同時に、渡されたタバコの箱から煙草を抜き出し、接触を終える。部屋に戻って巧妙に隠された情報を読み込む。

    

  ーー"エルレ国……領にアルトゥール軍が侵攻する"

   

 その文章の意味を理解した瞬間、

 無意識に浮かべていた、苦虫を噛み潰したような

 苦しげな表情を打ち消し、その文章に目を細めた。


  …どうやら彼の国は、宣戦布告なしの侵攻するという。

 彼の国側に潜んでいた組織員からと。

 たった数時間で戦況が変わるこの戦争で、その情報は確かな証拠があった。

 彼の国はここ数十年国力を増強し大国となった国であり、一世紀ほど昔から、他の大国と同じように、このエルレ国の地下に眠る豊かな資源を狙っていた。

 何度も戦争沙汰に成りかけては、済んでのところで交渉が功を成し事なきを得てきた。

 …温厚派だった首相が代替わりし、野心家の男になってから、戦争に備えて増強してきたのか。おまけに彼の国は、慎二の母国と同盟条約を結んでいた。開戦すれば条約に伴い、母国の兵士も送られることだろう…。

 

 恐らく、彼の国は徹底的にこの国を潰すーー植民地にするつもりかもしれない。

 今や大国となった彼の国に、抵抗できるような軍事力など無いに等しい。

 情勢から見るに、杞憂が現実になってしまう。この国は平和ボケをしすぎた。観光業で財を成す為に金をつぎ込み、軍事力を疎かにした代償だろうか。


 表向きは留学生、裏では諜報員として、開戦する可能性の低いこの国へと送られたがーー。まさか、踏み切るつもりだとは。やられたと顔を顰める。


 机に広げれられた新聞には、ここ最近の各国の大々的な開戦記事と、周辺国との関係性を説いた文章が書かれている。


 もう少し、この国での情報網は使えるかと思ったが。

 主な情報源だった提供者達も、開戦すれば不本意な探りを受ける。

 国内で使っていた情報網は、開戦の影響から一斉摘発が行われるだろうーー。

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