第8話
それからしばらく経った。たぶん1週間くらい。
何気なく日々を過ごしていたけど、じわじわと精神的ダメージを感じていた。
後悔はないけど、あらゆる場面で沙奈と過ごした時間を思い出して、その都度ため息をつく。
忘れたくて勉強したりバイトに行っても、一人になった途端幸せだと感じてた期間ばっかり思い出す始末。
或る日は何となくマッチングアプリをインストールして、何となく女性のプロフィールを見て、先のことを想像して自己嫌悪に陥った。
その日のうちにアプリを削除して、将来のことを考えて何か資格の勉強でもしようかと思案してた。
けど結局調べることも考えることも、集中力が持たなくて、ベッドに転がってスマホで動画サイトを観ていた。
その日も家で課題を終えて、一息つこうとジュースを飲みつつスマホを眺めていると、芹沢くんから連絡が来た。
連絡先を交換してからしばらく経っていたけど、俺から連絡をすることもなかったのでスッカリ忘れていた。
そこには「ご馳走したいので、週末に良かったらどこか食事に行きませんか。」と書かれていた。
「食事・・・」
あの子高校生だよな・・・なんかサラリーマンがデートを取り付けようとしてるみたいに感じるけど・・・。
正直高校生に奢られるっていうのは忍びない・・・。
「ん~・・・」
でも誘いを無碍にも出来ない。
連絡先を交換した以上は、どこかに遊びに行くくらいの友達付き合いがあってもいいだろう。
まだ高校が始まったばかりで、出かける友達が少ないのかもしれないし。
俺はとりあえず予定を確認して空いてる日を連絡した。
するとすぐさま返信が来て、二駅程先が最寄りのショッピングモールに行かないかと提案された。
「自分から誘ってるから、色々考えてくれたんかな・・・」
そう思うと何だか微笑ましい。
かなり文章から察するに気を遣われてる感じがするけど・・・
彼の気遣いに応えるべく、あまり緊張させないようにフランクに返信して、週末二人で出かけることになった。
そして当日。天気に恵まれて、GWに入る初日だったこともあって、普段より最寄り駅は賑やかな気がした。
一緒に電車に乗って向かうので駅で待ち合わせをして、10分ほど早く着いて辺りを見渡すと、人が多めで若者も多いし、さすがに見つけられる自信がない。
仕方なく電話をかけようとスマホを取り出すと、少し離れた所から声がした。
「西田さん!」
パッと付近を見ると、芹沢くんが小走りにやってきた。
「あ~芹沢くん、良かった先に見つけてもらえて。」
「はぁ・・・はい・・・もちろん・・・。西田さん目立つので見つけやすいです。」
ぎこちなく笑ってそう言う彼をポカンと見つめ返すと、芹沢くんは慌てて弁明した。
「あの!悪目立ちしてるとかじゃなく!カッコイイし背も高いから・・・すぐにわかるって意味で・・・。」
「はは・・・そう?んなら良かったけど・・・。待たせてたんならごめんなぁ。」
俺がそう言うとまた芹沢くんは慌てて否定しだすので、何だかその様子が可愛かった。
そうこうして一緒に電車に乗り込み、二人してドア付近に立っていると、途中の駅から思いの外、人が多く乗ってきた。
ドアの両端に寄ってお互い立っていたので、雪崩れ込む人たちに視界は遮られた。
まぁ次で降りるし・・・
そう思いつついると、人の隙間から窓の外を眺めて立っている芹沢くんが見えた。
けどしばらくすると、彼は表情を曇らせて俯いた。
なんだ・・・?具合でも悪くなったのか?
女性ほどの身長しかない彼の様子が見え隠れして、心配になったので上手いこと人を避けて側に行った。
声を掛けられる程近くまで来ると、芹沢くんは俺に気付いてパッと顔を上げたけど、顔色が悪いというより困ったような表情で訴えかけていた。
それと同時に、芹沢くんに妙に密着している中年男性がいて、すぐに状況を把握した。
幸いそいつは俺が彼の知り合いだと気づいていない様子だったので、俺はポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して、芹沢くんの下半身に触っていた手元と顔を素早く撮影した。
「何やってんだおっさん・・・」
俺が睨みつけると男は青い顔をして、しどろもどろしながら慌てて人をかき分けて別の車両へ逃げようとした。
捕まえる気でいたけど、問題は芹沢くんがどうしてほしいかなので、彼の肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「大丈夫?・・・どうする?捕まえようか?」
「あ・・・・は・・・いえ・・・その・・・」
困惑して震えていたので、一人にも出来ないしその場は見逃すことにした。
そいつはきっと別の車両に逃げたであろうけど、付近に居た人たちは痴漢がいたのだと雰囲気でわかったのか、怯える芹沢くんを気遣って声をかけてくれる人もいた。
やがて次の駅で降り立って、彼と一緒に駅員に注意喚起しにいった。
常習犯だといけないので身なりの特徴を伝えると、写真の証拠があるなら被害届を出しに行った方がいいと言われた。
芹沢くんは黙ってついてきてはいたけど、気持ちは落ち着いたのかもう怯えている様子はなかった。
俺も被害届は出した方がいいのだろうとは思ったけど、正直それをしたところで、具体的な芹沢くんのメリットはないし、ショックなことを伝える時間がまずもったいない気もした。
「どうしようかぁ・・・」
目的の駅の出口まで来て、一応スマホで交番を調べていると、芹沢くんは申し訳なさそうに言った。
「あの・・・大丈夫です。届は出した方がいいのかもしれませんけど・・・せっかく来たのにつまんないことに時間取らせたくないですし・・・。」
「つまんないとかそういうことは思わないよ。芹沢くんはなんも悪くないじゃん。」
「でも、あの・・・嬉しかったです。西田さんに助けてもらえて・・・。不快だったしどうしたらいいかわからなかったし、ビックリしましたけど・・・咄嗟に判断して動ける西田さんがカッコよかったので・・・それでチャラってことで・・・。」
「ふ・・・よくわかんないけど・・・まぁ芹沢くんがいいっていうなら、そのまま目的地行く?」
「はい、ありがとうございます。助けてくれて・・・。」
「いいよ~。」
そう言って並んで歩きだすと、彼は俺を見上げながら尋ねた。
「あの・・・西田さん身長何センチですか?」
「ん?えっと・・・確か今年の検診で変わってなかったと思うから、178?」
「そうなんですか・・・。俺チビなんで・・・羨ましいです。」
「いや、まだ15歳でしょ?これから伸びるんじゃんか。俺はもう伸びないよ。」
「そう・・ですよね。」
「ちなみに今何センチなの?」
「・・・俺も学校の検診ありましたけど・・・160でした・・・。」
「そうなんだ。じゃあこれから毎年楽しみだよきっと。別に伸びなかったとしても誰に迷惑かけるわけでもないしさ、それはそれでいいんじゃないかな。」
芹沢くんは真っすぐ前を見て歩きながらも、少し残念そうな笑みを浮かべて言った。
「西田さんはその・・・身長小さ目な女性が好きですか?」
「いやぁ・・・特に考えたことないな・・・。まだそういう好きなポイント細かく把握してないかも。ゆうて俺・・・付き合った人1人しかいないからさ・・・。」
「えっ!!?」
小さな彼から聞こえたと思えない声量がして、思わずビックリした。
「え・・・は・・・?え、マジですか?」
「え、そんな驚くこと・・・?俺まだハタチだぞ~?」
「そ・・・・だって・・・イケメンなのに1人ってことはないだろと思っちゃって・・・すみません・・・。」
「はは!正直かよ。まぁなんていうか・・・遊びの付き合いの人は1人いたけどさ、結局付き合えなくて~みたいな・・・その後しばらくして付き合った彼女と・・・こないだ別れた・・・はぁ。」
ぶり返しそうになるモヤモヤを口から早々に吐き出して、笑みを返した。
「そうなんですか・・・。あの・・・ちなみに・・・その・・・いや、やっぱり何でもないです。」
「ん~?そう?」
照れくさそうにする芹沢くんを見ていて、何となく今日はデートに誘われたんだろうかと思い始めた。
緊張した様子でなかなか目を合わせなかったり、カッコイイと言ってくれたり、何となく雰囲気からそういうものが伝わった。
多感で繊細な時期の少年を、軽はずみな発言で傷つけないようにしないとな・・・と少し考えていた。