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第7話

翔に車を出してもらった俺は、沙奈がまだ帰っていない平日の夕方にうちへ入った。

もう今日で全部を持ち帰ろうと思っていたので、段ボールを二箱分広げて詰め込む態勢に入り、翔にはドアの前で待っていてもらった。

季節外れの洋服や上着を次々に詰めて、クローゼットに置きっぱなしだった漫画が入った段ボールの取り出して、そこにまだ入りそうな小物類を入れた。


そしてやっとスッキリした部屋を見渡して、改めてシンと静まり返った自分の部屋が寂しく思えた。

どこの部屋でも、沙奈の匂いで満ちてる。

そういえばと寝室に足を踏み入れて、ベッド横のナイトテーブルの引き出しを開けた。


「あ~・・・どうしよ・・・ん~いやでも持って帰るか。」


仕舞ったまま随分使用してなかったコンドームの箱を手に取ろうとしたとき、玄関先から話し声が聞こえた。

慌てて小走りに玄関のドアを開けに行くと、待っていた翔と沙奈が鉢合わせしていた。


「あ・・・円香・・・」


「・・・おかえり・・・早いね。」


その時思わず、俺と一緒に住んでる間は残業ばっかりで夕方になんて帰らなかったのに・・・と思ってしまった。

俺の曇った表情を察したのか翔が明るく声をかけた。


「西田、往復するだろうから、もう詰め終えた段ボールあったら俺一旦車に運んでくるぞ。」


「あ・・・ああ、待って・・・」


踵を返して一箱目の段ボールを翔に渡した。

すると翔はふっと真顔になって、家に入って行った沙奈をチラリと見ながら小声で言った。


「積んだら俺車内で待ってるから、ちょっとゆっくり話したら?」


「・・・いや・・・俺はもう話したくなくて・・・」


「・・・お前の気持ちを大して知りもせず言いたくはないけど、自分と相手のために別れるならさ、これから先お互い元気にやってこ、とか・・・幸せになれる言葉は最後にかけてあげなきゃ。つらくてモヤモヤしてても、これで会うの最後だと思うなら出来るだろ?」


翔の言葉に胸の中で何かがこみあげてきて、つっかえているものの正体がやっとわかった気がした。


「ああ・・・わかった、ありがとう・・・。」


ガチャリとまた重たい玄関のドアを開けて、寝室へ入ると、沙奈が上着を脱いでクローゼットを開けたところだった。


「あ・・・ごめん・・・」


「いいよ。」


開けっ放しになっていた引き出しから、ゴムを取ってそっと鞄に入れた。


「俺の私物・・・なんか他にあるかな。自分の部屋のものは全部片したんだけど・・・」


沙奈はさっと部屋着に着替えて、「ん~」と言いながらベッド付近の収納や辺りを見渡した。


「円香ここには服とか仕舞わなかったもんね・・・。ないかなぁ・・・あ・・・これ」


ナイトテーブルの一番下の引き出しを開けた沙奈は、さっと小瓶を見せた。


「結構昔に円香が使ってた香水。いるの?」


「・・・・ああ~!めっちゃ忘れてた!うわぁ・・・いつのだよ・・・。」


懐かしさでちょっと笑みがこぼれて、彼女もふふっと微笑んだ。

渡された香水を手に取って、ほとんど使わずに残っているそれを眺めた。


「香水とかさぁ・・・実際使う習慣つかないし・・・オシャレにちょっと目覚めてみたり大人ぶってさぁ・・・。大学デビューじゃん・・・。」


とりあえずそれも鞄にしまいながらいると、沙奈はさっと立ち上がった。


「他にはない感じだね。」


俺もぐるっと寝室を眺めてなさそうだったので、まとめていた段ボールにしっかり封をした。

一つは衣類だけで軽いし翔に渡そう。もう一つは漫画類、重いけど頑張って持って降りるか。

リビングに持ってとりあえず置いて、キッチンに立つ沙奈の後ろ姿を眺めた。


「沙奈・・・」


彼女は振り返ると、以前とは違って、少しも感情を見せないように俺を見つめた。

伝えたいことは全部伝えられた。余計に傷つけることは言わないでおいていた。けど・・・


「・・・今まで・・・ガキ臭い俺と1年半も付き合ってくれてありがとう。」


俺が頭を下げると、沙奈は黙って俺の側へやってきた。


「・・・そんなことないよ。こちらこそありがとう。」


顔を上げると少し涙ぐんで、でもいつもの彼女らしい可愛い笑みを浮かべた。


「俺・・・沙奈に甘えっぱなしだったんだよ。沙奈は何でも聞き分けよく俺の希望を叶えてくれるから、好きなように言っちゃって・・・だから無理させないようにしてた。それは別に間違ってなかったと思ってるし、好きだから考えて行動出来たし、一緒に過ごしてきたそういう全部は、いい経験だったと思ってる。」


「うん・・・そうだね。私もそう思う・・・」


「・・・一生で換算したらその中のたった1年半なんだけど・・・けどずっと大事な時期だった。寂しいと思うことは何度もあっても、沙奈を嫌いだって思うことは一度もなかった。・・・愛してた・・・。もう・・・鍵返そうと思ってたからさ・・・はい、これ。」


ポケットから彼女に貰ったキーホルダーがついた家の鍵を手渡した。

沙奈は少し震える手でそっと受け取って、ずっと涙を堪えるように口をつぐんでいた。

それが俺のためにしていることも、言いたい事の全てを言葉に出来ないこともわかってる。


「沙奈を・・・一生大事にしてくれる人と・・・今度こそ出会ってほしい・・・。一緒に居てくれてありがとう。」


「・・・うん・・・。ありがとう円香。」


最後に大事そうに俺の名前を呼ぶ彼女に、僅かに残っていた愛情が少し大きくなって、抱きしめたくなった。

けどもう立ち去って今を思い出にしないと・・・。きっと沙奈はもう泣いてる姿を見せたくないだろうから。


それから翔に連絡して玄関まで上がって来てもらい、段ボールを渡して俺も一つを抱えて沙奈のうちを後にした。

見送ってはくれなかった。

俺が鍵を手渡したリビングで、ずっとそのまま静かに立っていたから、その背中にまた自分勝手に、心の中でお礼を言って出た。


「よし!焼肉でも行くぞ~!」


助手席に乗り込むと、翔は意気揚々と拳を振り上げた。


「ふ・・・いいねぇ、食べ放題奢ってやろう。」


「やった~!」


翔の屈託ない笑顔に釣られて笑ったけど、その瞬間目の前は滲んで涙がボロボロこぼれた。

発進しようとアクセルを踏みかけた翔は、言葉を失くして硬直した。


「あれ・・・」


どうとも言い表せない感情がぶわっとこみあげては落ちていった。

沙奈と一緒に居た1年半が終わった。いや、俺が終わらせた・・・。

後悔とかじゃないし、まだ好きとかそういうわけじゃない。

ただ一緒に過ごしてた時間が、頭の中いっぱいに溢れてただけで・・・

これでもう終わりなんだな、という事実をちゃんと、自分で受け入れた瞬間だった。



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