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第56話

4人での小旅行から帰って数日後、9月に入って残りの夏休みも1カ月を切った。

あれこれ就活の準備も整えて、バイトをこなす日々を送っていた或る日、残暑も厳しいので相変わらず涼しいリビングでテレビを観ていた時、メッセージのやり取りをしていたリサから電話がかかってきた。


「もしもし?」

「あ、ごめんね、家にいるって言ってたからかけちゃおうと思って」

「うん、いいよ。どうしたぁ?」

「えっとね・・・円香くん近々バイトなくて連休の日とかある?」

「連休・・・ちょっと待ってね~」


スマホの画面をさっと動かして、スケジュールアプリを開く。

そこそこ多めにシフトを入れていて、書き入れ時の週末も埋まっていた。


「あ~・・・ごめん、週末も含めて連休ってのはないなぁ・・・。まだシフト出してない先だったら休み出せるけど・・・どうかした?」

「そっか、あのね・・・その・・・良かったらご飯ご馳走したいし、またおうちに遊びに来てほしいなぁって」

「ああ、そうなんだ、ありがとう。椎名さんと翔も呼ぶ?」

「・・・・えっと・・・そうじゃなくて・・・円香くんに泊りに来てほしいなぁって思ったの・・・。」

「あ~なるほど泊りね。泊り・・・・・・・・・・・・・・・・え?あ・・・・?あ~・・・なるほど・・・お泊りデート的な・・・」

「うん、円香くんインドア派だって前言ってたし、おうちでまったりもいいかなぁって思って。」

「ああ~~~そっかそっか、気ぃ遣ってくれたんだ、ありがとね。」

「ふふ、ううん、私もおうちでゆっくりは好きだし、気になってた映画とか観てさ、夜は一緒に晩御飯作らない?」

「あ~いいね・・・・そうだよね、お互い料理するしね・・・」

「うん。・・・・どう?」


片耳から聞こえてくるリサの可愛い声に、俺は狼狽えに狼狽えていた。

体中の細胞が何やらザワザワして、熱が走り回っている感覚がする。

先走る妄想が脳内に駆け巡って、まともに思考が働いているとは言えない。


「そう・・・だね、えっとじゃあ~~・・・連休はないけどさ・・・昼から夕方までバイトの日があって、翌日は休みっていうパターンがあるから・・・バイト終わったら家に行くとかでいいかな。」


拒否する理由などもちろんない俺は、脳内はプチパニックでも、立てる予定をすんなりと運んでいく。


「うん、いいね、そうしよっか♪」

「うん・・・」


リサも喜んで了承してくれたので、数日後に予定を取り付けて、無事お泊りデートが決定した。


あ~~・・・あ~あ~あ~どうしよ・・・


あまりに突然のお泊り予定が決まって、俺は思わず誰もいないリビングで徐に立ち上がってウロウロした。


いや、別に何も狼狽えることはないんだけどさ・・・別にお泊りが初めてなわけでもないし・・・

帰ってきて一緒に夕飯作って・・・食べた後一緒に映画観て・・・その後ちょっとまったりテレビ観ながら話したりして・・・お茶飲んで・・・風呂入って・・・・・

うんうんうんうん、一般的なお泊りってそういう雰囲気を楽しむことだからね。


「やっべぇ・・・・・緊張してきた・・・・。」


ムラムラどころかドキドキが先立って、鼓動で体が揺れてすら感じる。

別に付き合ってるわけだからそういうことは普通だし、今更そこまで緊張することでもないだろと、脳内でもう一人の自分が囁く。


『んな緊張しなくても・・・遊びに行って、いい雰囲気になって、もう我慢出来ない!つってソファで押し倒せばいいんだよ』

「いやいやいや!いくら彼氏になったからってタイミングはあるし!リサも必ずしもそういうことをしたくて誘ってくれたわけじゃないかもしれないだろ!」

『何言ってんだよ・・・中学生じゃねぇんだから・・・。そういうことも心の準備した上で誘ってるに決まってるだろが!逆にお泊りで一緒に寝て、何もしませんでした~なんてなったら、幻滅されるわ!』

「確かに・・・・」


いや、悪い方の俺に言いくるめられたな?

俺はいったい何をそこまで緊張してんだろ・・・・いや、内心理由はわかってる。


リサは俺が今まで好きになってきた女性の中で、ダントツの美人で、尚且つ中身もいい子だ。

何となく素敵だなと思う女性のタイプに、共通点があることは自覚していたけど、特にそこまで顔立ちを気にしていたことはなく、例えるならリサは・・・俺みたいな庶民には手の届かない、所謂高嶺の花だと思っていた。

才色兼備で、礼儀正しくて、料理や裁縫、着物の着付けや聞けばピアノも習っていて、子供の頃から華道や茶道も嗜んできたという、教養まで持ち合わせた子だ。

おまけにお祖父さんがイタリア人ということもあって、イタリア語も多少話せるようだし、英語ももちろん堪能で、高校生の時は海外にホームステイしていたこともあったとか。

スキルも経験も差がありすぎる・・・

そんな情報、つい最近知ったもんで、ますますド庶民である自分と格差を感じていた。


「・・・だからって付き合っちゃいけないなんてことはないわけだけど・・・」


打ちひしがれた体をソファに転がしながら、お泊りデートの脳内妄想は進む。

俺って実はだいぶ中身のないしょうもない男では?


リビングのカーテンの隙間から漏れる日差しのせいか、否か・・・変な汗が体を伝う。

自己嫌悪にかられ続けても仕方がないので、頭を切り替えてスマホを手に持ち、検索画面を開いて「お泊りデート 注意点」と入力した。

せめて失敗はしたくない。初めてのお泊りだ。

付き合っていない相手との、何となくそういう関係になっちゃいました、みたいな展開じゃないんだ。

きちんと自分から告白して、了承し合ってお付き合いが始まった。

リサに幻滅されたら俺は立ち直れる自信はまったくない。

さっきまで就活のことで頭が一杯だったのに、今度はお泊りデートを完遂するために必死になっていた。


翔 「いやもう西田、それはイケメンの大学生が考えることじゃない・・・」


翌日、初めて桐谷のうちに4人で集まって宅飲みをしていた。


「え?何が?」


不安気に俺が聞き返すと、隣に座っていた咲夜も苦笑いを落とした。


咲夜 「まぁ・・・確かに・・・ちょ~っと気負い過ぎじゃないかな?」


「そうかなぁ・・・。だってさぁ・・・綺麗な子って一緒にいると緊張するじゃん・・・」


翔 「いや!1回生の時からゼミ一緒だし!まぁまぁ友達として一緒にいたことあるだろ!」


「そうだけど・・・。1回生の時から綺麗な子だなぁって一目置いてたし・・・高嶺の花だなぁって思ってたから、会話してても結構緊張してたし、そこまで関わろうとはしなかったよ・・・。」


翔は呆れた様子でため息をついて、焼酎ハイボールを煽った。


「桐谷!この自信のないイケメンに何とか言ってやってくれよ!」


咲夜から手土産でもらったお高い日本酒を、いそいそとグラスに注いでいた桐谷は、キッチンから俺を一瞥した。


「そういうところが西田のいいところでもあるから、別にいいんじゃね?」


咲夜 「翔は僻んで言ってるとこもあるし、半分冗談で言ってるだろうし、気にしなくていいよ。」


「はぁ・・・。」


翔 「まぁそれはそうだからいいんだけど・・・。なんかさぁ・・・西田付き合ってる時はそんな彼女の話しなかったじゃん。」


「そだっけ・・・?」


「そうだよ・・・。どこに行ったとか、どういう話したとか、そういうことすら聞かなかったし・・・。付き合い始めから色々悩んでゴチャゴチャ言ってんのすら新鮮なんだが」


咲夜 「そうかもねぇ・・・。俺もだいぶ小夜香ちゃんと付き合えるまでごちゃごちゃ申しておりましたが・・・西田は付き合った後なのにずっと自信ないの?」


「あのさ・・・俺は逆に咲夜にずっと聞きたかった!何で咲夜はそやって自信満々なの!?カッコよくいられんの!?」


戻って来た桐谷が「どっこいしょ」と言いながら、ローテーブルの前に座ってスルメをかじりだす。


咲夜 「・・・・自分がカッコイイこと自覚してるからだけど。」


翔 「ほら~~~~!咲夜と西田の差は明らかにそこじゃん!」


「いや・・・俺も自覚はしてるよ・・・。そこそこ見た目はいいとは思ってるよ・・・そうじゃなくてさぁ・・・気の持ちようの話してんじゃん・・・。堂々としていられるのは何でかっていう話。」


咲夜 「ふん・・・堂々・・・知らない。刷り込まれてきたからじゃない?」


咲夜は同じく桐谷が食べていた袋に手を伸ばして、桐谷は口からスルメをはみ出させながら手渡した。


咲夜 「っていうか西田は普通だよ、いい意味で。典型的な大学生だよ、大丈夫。自信なんてなくていいよ、普通に生きてきて日常が保障されたような毎日を生き抜いて、周りに気を遣って頑張ってさ、親御さんに心配かけないように努力して育ってきた、一人息子なわけでしょ?」


咲夜に並べられたそれらを、俺は一つ一つ考えつつ頷いた。


「まぁ・・・・そうかな」


「それって十分立派なことだよ。だから翔、『イケメンのくせに』みたいなこと、思っても今後あんまり口に出して言わないの。それ俺も聞いてて結構不快だし。」


翔 「・・・うぃ~。ごめんな、西田ぁ」


翔は叱られた子犬のように、反省した目で俺を見た。


「ふふ、別にいいよ。俺は翔がじゃれるように噛みついてくるの可愛いと思ってるから。」


翔 「こいつまで俺を犬扱いだわ・・・・」


桐谷 「しゃあねぇだろ・・・実際お前は犬だよ。」


咲夜 「桐谷ぁ?それも結構語弊あるから・・・」


桐谷 「こいつには通じる毒だから問題ないと思ってま~す」


翔 「うっせぇ!噛みつくぞ!」


ケラケラ笑う咲夜と、不敵な笑みであしらう桐谷が、皆から弟扱いを受ける翔をなだめる。


「・・・・えっと、俺の話どこいった??」


咲夜 「というかさ・・・西田は本当に悩み相談として聞いてんの?」


咲夜はゴクゴクとハイボールを飲んで、たん!とグラスを置いた。


「ん~・・・・緊張を誤魔化したくて話してるかな・・・」


咲夜 「なるほどね・・・。まぁわかんないでもないよ。かくいう俺の婚約者である小夜香ちゃんも、この世で一番可愛いわけだからさ、時々その可愛さと美しさにハッとなることあるもん。緊張するっていう気持ち自体はわかるよ。」


翔 「あ・・・咲夜の彼女自慢モード入った・・・」


翔の予測通り、咲夜はそれから若干酔いも回っているせいか、彼女のことを事細かに教えてくれた。

自慢は自慢なのだけど、小夜香さんの人物像がよくわかる話が多くて、何だか普通の微笑ましい恋人エピソードに、咲夜と小夜香さんに対して親近感が湧いた。


「俺も二人みたいなカップルになりたい・・・」


だいぶ度数高めのものを数杯飲んだせいか、テーブルに突っ伏してそんな言葉が漏れた。


桐谷 「おい、帰れなくなるなよ?二度とフラフラヘラヘラしてるお前をタクシーにぶちこみたくねぇんだよこっちは。」


桐谷のイラっとした悪態をつくセリフもいつものことで、咲夜と翔も潰れかけてて、他人ひとんちで死屍累々だった。


桐谷ごめん・・・と思いながら意識が薄れていった。



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