第52話
「はぁ~面白かったねぇ!」
高揚感を抑えるようにため息をつく彼女を見やりながら、俺も何となく話を合わせて、目当ての俳優さんの良さを語った。
「そういえば主演の俳優さん、もう今は私のお父さんくらいの年だけどさ、こないだネットで若い頃の写真を見たんだぁ。西田くん見たことある?」
「いや、ないかも・・・古い作品あんま観てないから」
俺がそう答えると、彼女はささっとスマホに指を滑らせて、検索画面を見せてくれた。
「ほら、すっごくハンサムだよねぇ。」
「へぇ・・・ホントだ。めっちゃハンサム・・・ってかマジハリウッドの人ってレベチだしカッコイイよなぁ。」
スターになるべくして生まれたようなオーラが、写真からでも伝わってきて、比べるのもおかしいけど、何だか劣等感を覚える。
スマホをしまって、また一緒に歩き出す彼女をチラっと見た。
「・・・佐伯さんはさ・・・」
「ん?」
「俳優さんみたいな・・・カッコイイというか、綺麗な顔立ちの男が好きだったりする?」
「え~・・・?どうだろう・・・そんなことないよ?」
「そ?・・・知り合いの範囲内で言うとさ、咲夜とかめっちゃカッコイイじゃん。オーラあるし、芸能人みたいだし。おまけに中身もいい奴なんだよ?あいつ。」
「うふふ♪西田くん高津くん大好きなんだね。」
「えぇ?いや・・・まぁ好きだけど、語弊あるなぁ・・・。というか・・・憧れてるとこはあるかな。咲夜って自信満々で堂々としててさ、立ち振る舞いもカッコイイし、気が回るし・・・年相応に普通だなぁっていうところももちろんあるんだけどさ、何より友達想いなんだよね。」
「そうなんだね・・・。私はお顔がどうとか、好きになる人に対して考えたことはないかなぁ。今までの人全然似てないし・・・。西田くんみたいに、友達のいいところ教えてくれる人の方がカッコイイと思うよ。」
「・・・そう?・・・ありがとう。」
ニッコリ微笑む彼女に、あっさりカッコイイという言葉をもらって、有頂天になりそうな自分を抑え込んだ。
「佐伯さんは・・・誰かに対して、こういうところがいいと思うって言葉に出来るとこが、きっと周りから好かれるんだろうね。」
俺の言葉に、彼女からスッと微笑みが消えた。
そしてまた一瞬でニコっと口元を持ち上げて、照れくさそうに謙遜した。
なんかまずいこと言ったか・・・?
瞬間的な表情の変化に、気付いてしまうもんだから、わずかな不安が募ってしまう。
それからはまだ花火大会まで時間もあるので、服屋が立ち並ぶ階層に降りて、適当に見て回った。
その一つに、もう8月の後半だからか、浴衣と甚平が値下げされて、表に売り出されている店舗があった。
佐伯 「随分安くなってるねぇ。」
佐伯さんは浴衣の袖を掴んで、生地を確かめるように撫でた。
西田 「こういうところで売ってる浴衣って・・・やっぱ季節限定のものだし、安価に提供出来るようにあんまりいい物ではなかったりするのかな。」
以前お祭りに行った時の目利きを思い出して、浴衣を眺める彼女に問いかけた。
佐伯さんは肩をすくめて男性用の浴衣にも手を伸ばした。
「そうかもね。どんな服もそうだけど、拘ると高くつくし浴衣もやっぱりピンキリだね。でも洋服でも和服でも、これ可愛い!って自分に刺さったものを着れたら素敵だし、物の値段がどうだったとしても、本人が大事に出来たら価値がある物じゃないかなぁ。」
「・・・確かにそうだね。」
通常の値段がどうだかわからないけど、店頭に並ぶ浴衣たちは5千円を切っていた。
「・・・西田くんスタイルいいし、背が高いし・・・浴衣似合うだろうね。」
ポツリとそうこぼす佐伯さんは、何故かどこか悲し気で、彼女が本当に勧めてくれてるのか、願望を呟いているだけなのか、はたまた違う誰かを想いながら言葉にしているのか、真意がわからなかった。
「・・・じゃあさぁ・・・もう夏も終わるし、さすがにもうお祭りに行く機会はないだろうから・・・来年は俺も買って着てみるから、一緒にまたお祭り行かない?佐伯さんの浴衣姿をもっかい見たいだけだけどね。」
「・・・ふふ、うん、わかった。そうしよ♪」
嬉しそうな笑顔に安堵して、その後カフェで休憩した後、一駅先の花火大会の会場に向かった。
日が落ちて薄暗くなった道を、しっかり彼女の手を取って歩いた。
歩き回ることを想定して選ばれた彼女のシューズは、細くて白くて、海の色のワンピースとよく合ってる気がした。
他愛ない話題を巡らせながら、楽しそうに隣を歩く佐伯さんを見ていると、もっと彼女の話を聞きたいと思った。
深い所に触れられる程、仲良くなれてるのか定かじゃないけど・・・
周りが暗くなって花火が見える場所に辿り着く頃には、自分の気持ちを伝えるんだと思えば思うほど、緊張と自信の無さが体から溢れ出しそうだった。
こんな気持ちになるくらいなら、咲夜から告白した時の話とか、心構えとか聞いておけばよかった。
やがて人の流れに沿うように歩いていく頃には、花火を待つ人たちのざわざわした空気を感じて、吊るされた提灯の灯りも見えて来た。
「西田くん、あっちの方のね・・・ちょっと高台に上ったら、花火が上がる川辺から離れるし、いい感じに全体が見えると思うの。お店の裏側を通って行けるから。」
「そうなんだ。ありがとう、わざわざ調べてくれて。」
彼女が示した通りに裏路地を抜けて、静かな公園を横目に階段を上がった。
屋台が広がっている河川敷付近で待ち構える人が多いからか、案外反対側で花火を待つ人はおらず、まさに穴場だ。
虫の音がどこからともなく聞こえるくらいで、付近に住宅もなく静かな場所で、辿り着いた俺たちは坂道を歩いた体を休ませるように息をついた。
腰かけるベンチこそないけど、転落防止のためについている柵の前で、二人してまた灯りが集まる川辺を見つめた。
自信の無さを何で補ったらいいかわからないけど、いつまでも一緒に居られる季節が何度も訪れるわけじゃない。
今だけでも小心者の自分を捨てようと、大きく深呼吸した。




