第5話
何か月だろ・・・
いつもの学食で、ノーパソを開いて課題をする桐谷と、もぐもぐオムライスを頬張る翔を目の前に、悶々と考えていた。
「西田~」
翔の声がしてハッとなって顔を上げた。
「大丈夫か?めっちゃ眉間にしわ寄ってっけど。」
「・・・・はは・・・うん。」
「そいやさ、ゼミの連中と今夜クラブ行くんだけどさ、西田も来る?」
「クラブぅ?何、翔そんなとこ入り浸ってんの?」
「いや、俺は2回目?とか。前たまたま飲みの後に行ってみて、それ以来行ってなかったけど、他の連中が友達誘いたいなら連れてきたら~って言ってたから。」
クラブ・・・
あんまりいいイメージない。かと言って行ったことないから何とも言えない。
「そうなんだ・・・」
「・・・最近元気ねぇから誘ったんだけど~?」
ああ・・・翔にまで気ぃ遣わせた感じか・・・
「まぁ・・・彼女と別れたんで・・・」
「は!?マジ!?」
翔の大きな声にさすがに桐谷も反応してこちらを見た。
「言えよ~~!え、男同士で飲み行く?」
翔はくっと親指を立てながら、桐谷と肩を組んだ。
「いやいいよ・・・もう終わったことだしさ、特に振り返って話したくもないんだよなぁ。酒の肴に出来る程メンタル強くないのよ俺・・・」
「じゃあ尚更さ、クラブ行って遊んだらいいじゃん。」
「え~?」
「西田ならイケメンだから女の子入れ食いだよ♪」
そう言われて不健全だと思いながらも、別に単純なことなのかもなぁと思いもした。
正直何か月かわかんないけど、セックスしてなさすぎてイライラしてるのもある。
「いやでもなぁ・・・・」
テーブルに突っ伏してダラダラすると、翔は悪魔の囁きを続けた。
「いいじゃんフリーなんだから女遊びしても。西田はいい子過ぎだって。」
「なに、翔は女遊びするためにクラブ行くの?」
「あ~・・・あんま何も考えてなかったや。友達と遊ぶ~っていう気持ちしかなかった。んでも可愛い子が釣れそうなら遊びたいかも。」
そう言って屈託ない笑顔を見せる翔は、女の子受けしそうな子供っぽさがあるから、十分モテるだろうと思った。
「翔が心配だ・・・。」
思わずそう声が漏れると、翔は腕を伸ばしてダレた俺の頭をポンポン叩いた。
「だったら俺のお守りってことで来て~。」
桐谷は俺たちの話を聞きつつも、特に何も言及しなかった。彼からしたらどうでもいい話だろう。
それから講義を終えて、改めて待ち合わせしていた駅前に集合した。
翔のゼミの知り合いの男女5人ほどを含めて、電車に乗り込む。
目的地の最寄り駅に着いて、俺はコンビニを見つけて翔の首根っこをつかんだ。
「ごめん、俺たちちょっとコンビニ寄る~」
他の人たちを店の外に待たせて、翔と店内に入った。
「なに?何買うの~?なんか買ってくれんの?」
翔は散歩中の犬のようにイキイキ言った。
「違う・・・。お前遊ぶ前提なんだろ?だったらゴムくらい買っとけ。偏見じゃねぇけど、あくまで遊び目的で来てる人が多いならあったほうがいいだろ。言ってることわかるな?」
「・・・うえ~い。まぁそうかぁ。」
「後から、俺子供出来た~とかお前の口から聞きたくねぇからな。」
そうして二人して買い物を済ませて、日も落ちた歓楽街に赴いた。
いわゆる夜の街ってとこに、初めて足を踏み入れたかもしれない。
まぁでも飲み屋もそうなのか?
常連なのか迷うことなく連れて行ってくれる他の連中の背中を追って、あちこち目移りさせる翔を誘導しながら店に入った。
入り口からもう爆音がする気配・・・派手目なカッコをした女性客たちが出入りしながら、酒とタバコの匂いが立ちこめる。
ゾロゾロと中へ入ると、いつも耳元で元気かつうるさい翔の「わ~人おお~」という声が、小さく感じる程ギラギラする店内は騒音だった。
というより奥にDJらしき人がいて、音楽が爆音で流されてる。
「西田~こっちこっち。」
会話するのも大変な・・・ライブ会場かここは・・・と思いながら翔に引っ張られて酒を飲むエリアにたどり着く。
適当に注文してそれを口につけながら、派手にメイクした一緒に来た女性に声をかけられた。
「西田くんさ~こういうとこくんの~?」
俺が屈んで声を聴きながらいると、その子はニッコリ微笑んだ。
「あ~・・・初めて来たよ。」
そう答えるとその子はお酒をくいっと飲み干して、腕を絡めてボディタッチ多めに会話を続けた。
こうなるからクラブは自然と距離が近くなるんだろうか・・・
何となくそう思いながらはしゃぎすぎないか翔を見守ったり、飲みながら話したり、時には気軽に話しかけてくる人が男女問わず居て、その場の空間を楽しんだ。
皆あっちこっちに移動して誰かと話したり踊ったり、抜け出したり戻って来たり自由に行動していた。
サシで飲みながら話した女性もいたけど、抜け出そうと言われても特に気乗りしないから断った。
そのうち1時間くらい過ごした時、翔がどこからともなく走って俺の元へきた。
「西田ぁ俺女の子と抜けるかも。西田まだいる?誰か気に入った子いた?」
その時一緒に飲んでいた女性はいたけど、楽しくはあってもどこかホテルに行こうとも思えなかった。
「いいや、俺そろそろ帰るよ。長居したら終電無くしそうだし。」
「オッケ!気ぃつけてな。」
一緒にいた人たちにそつなく挨拶を交わして、連絡先を聞かれたりもしたけど、また今度来た時にとあしらった。
店外へ出ると店先でも何人かたむろしてる若者たちがいた。
「お兄さん」
「へ?」
入り口脇にいた女性に声をかけられて、腕を引っ張られた。
「暇してる~?え・・・めっちゃイケメン!」
俺が困惑してると二人組の女性はタバコをふかしながら休憩していたようだった。
「え、奢るから飲みに行かない?」
「え、いやいや・・・もう帰るとこなんですみません。」
「え~いいじゃ~ん」
纏わりつくように絡まれて、拒んでいると人目につかない場所まで手を引かれて、いきなり手を取っていた女性からキスされた。
俺がビクっと体を強張らせて引きはがそうとしたけど、もう一人が後ろからそっと抱き着いて、あろうことか俺のベルトに手をかけた。
力を込めて口を離して下ろされそうになったズボンを掴んだ。
「ちょちょちょ!!マジでやめて!」
「え、お兄さんイケメンなのに童貞?」
「違うけど!」
危うく襲われそうになって、無理やり振り払って逃げ帰った。
「あっぶね~・・・・」
騒がしい心臓をこらえつつトボトボと駅へ向かった。
はぁ・・・ああいう場面だと桐谷や咲夜はどう対処すんだろ・・・今度聞いてみよ。
別にゴムもあるし適当にやってもいいのかもだけど・・・何だろう・・・ちょっと遊んでもいっかって気で来たのに、どうも気分じゃない。
雰囲気に慣れてみても、なかなか居心地がいいとは思えなかった。
別に・・・その場の関係が嫌だとかそういうんじゃない。そんなピュアじゃねぇし。てか溜まってるし。
でもそなへんの女の子とやる気ないなら、一人でしてた方がましだ。
何度目かわからないため息を落としながら駅に着くと、不意に声をかけられた。
「円香・・・?」
パッと振り返るとそこには、仕事帰りらしい沙奈が立っていた。
「・・・・沙奈・・・」
「どうしたの?こんなとこで・・・」
「あ~・・・いやちょっと友達と飲んでて、帰り。」
「そうなんだ。・・・大丈夫?顔色悪いけど・・・」
確かに少し胃が気持ち悪い。そこまで飲んだわけじゃないけど・・・最近酒飲む機会もなかったからかな。
「ん・・・平気。じゃね。」
俺が少しふらついて駅のコンビニに足を向けると、沙奈はさっと俺を支えるように掴んだ。
「あんまり大丈夫に見えないよ?飲み過ぎたならちょっと休憩したら?」
俺の顔を覗き込んだ沙奈は、ハッとして視線を逸らせた。
「・・・なに?」
「・・・ううん。」
「ふぅ・・・水買って適当に休むよ、ありがと。」
沙奈から離れると彼女はおずおずと尋ねた。
「うちに一緒に帰る?」
「は?帰らないよ。」
沙奈と話していれば、ついつい何か色々思い出して甘えてしまいそうになる気持ちと、そんなことしても何もならないとわかってる気持ちが入り混じって、ついついきつい言い方をしてしまった。
顔も見たくないという程になりたくなかった・・・。
「ごめん・・・じゃあね。」
その後コンビニに寄って飲み物を買って、駅のホームのベンチで少し休憩した。
ボーっと行ったり来たりする電車を眺めて、やっとこさ重い腰を上げて、何とか終電手前の電車に乗った。
あ~あ~あ~~~~・・・・最悪。
人の少ない電車の中、座って首を垂れた。
色々と最悪だ・・・。何で沙奈あんなこと言ったんだろ・・・酔ってる俺ならワンチャンって思ったとか?んなわけねぇよな・・・沙奈に限って・・・単純に心配してくれたんだよな・・・。
気だるくまた頭を持ち上げると、ふと向かいに座っていた女性と目が合った。
その人は恥ずかしそうにニコリと笑みを浮かべて、その後もチラチラと俺を伺っていた。
俺は視線を逸らせてスマホに目を落とした。
何となく、いつも衆目に晒されている咲夜を思い出した。
咲夜はその場にいるだけで目立つ存在だ。
同じ学部の知り合いに、1日1回は声をかけられているし、廊下を一緒に歩けば、通り過ぎる人に必ず視線を送られている。
俺は別にそんなことない。決まったメンツとしか話さないし、ゼミの人達とは仲がいい程度で、しつこく集まりに勧誘されることもない。
もちろん中高生の時も目立ってトラブルに巻き込まれたこともないし、人付き合いもそれなりだった。
けど咲夜は・・・違うんだろうなぁ・・・
女性に声を掛けられるとあからさまに嫌がるし、飲みの誘いは2秒で断るし、家のことを聞かれたら、怖い顔をして人を遠ざける。
そう思うと俺は特に嫌な想いなんてしてない。ついさっき襲われかけたけど・・・
そんなことをモヤモヤ考えながら最寄り駅に着いて、歩いて実家へ向かっていると、次第に気持ち悪さが増していった。
あ~やば・・・久しぶりに強い酒飲んだからかな・・・それか人の匂いに酔ったのかも・・・
「何やってんだろ・・・」
ふらついて近くにあった公園の公衆トイレに入った。
お世辞にも綺麗とは言えない個室に入って、仕方なく飲んできたものを吐いた。
自業自得だけど、それなりに楽しかったと思いはしたのに、こういう終わり方だと最悪になっちゃうよなぁ。
咳き込みながら吐いていると、コンコンとノックの音がした。
「大丈夫ですか?」
若い男の子の声だった。
俺が何も返事を出来ずに咳き込んで息をついていると、再度声はかかった。
「あの・・・・救急車呼びますか?」
「ケホ・・・大丈夫。」
何とか返事をして口元を拭いて水を流し、ドアを開けた。
すると一瞬小柄で女の子かと思ったけど、男の子の格好をしていたので恐らく少年・・・が心配そうに俺を見上げた。
「あの、お水ありますけどいりますか?」
男の子は鞄からペットボトルを取り出した。
「あ~・・・いいよ、ありがと。飲み物はさっき買ったから・・・ごめんね、大丈夫。ただの酔っ払いです・・・。」
情けなくなってため息をついて、洗面台に手をついた。
すると彼はおずおずと側に寄って、鞄からまた何かを取り出した。
「あの・・・酔いの気持ち悪さに効くかわかんないですけど・・・薬どうぞ。」
酔い止めの市販薬を差し出されて、その可愛いパッケージに口元が緩んだ。
「・・・ありがとう。飲んでみる。」
箱を開けて一回分の薬だけ受け取った。
水で流し込むように飲んで、手を洗った。
「君、近所の子?」
もう日が変わる時間帯なのに、コンビニの買い物袋を持っている彼が少し気にかかった。
「はい。」
「・・・酔い止めは誰が使うの?」
「・・・あ、明日課外学習があるので・・・バスで・・・乗り物酔いするのでそのために。」
「あ~なるほど・・・遠足か。ありがと、心配してくれて。俺も家近くだからもう帰るよ。」
「はい。お大事に。」
彼はペコっと軽く頭を下げて去って行った。