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第49話

単純に「癒される」という理由で、佐伯さんを好きになってしまった気がする。


別荘から帰ってきて数日経った或る日、佐伯さんと映画と花火大会のデートに行く前日、俺はスマホの連絡アプリを眺めて、意を決して芹沢くんにメッセージを送った。

そしてその数時間後、自宅のインターホンが鳴る。


「いらっしゃい。」


「円香くん・・・!えへへ・・・お邪魔します。」


ビニール袋を抱えた彼は、気を遣ってお菓子でも買ってきてくれたんだろう。

久しぶりに招かれたことを嬉しそうにしながら、ワクワクした様子の彼を自室へと案内した。

いつものことだけど、もちろん両親が不在の時間に呼んでいる。


お茶を出して他愛ない雑談をして落ち着いた頃、本題とばかりに切り出した。


「あのさ・・・話したい事っていうのがさ・・・」


「うん・・・」


呼び出しておいて心の中で怖気ずく自分を、しっかり彼の目を見て奮い立たせた。


「・・・・好きな人がいるんだ・・・」


秘密を明かすように言うと、芹沢くんは少し目を丸くしてから、それほど動揺を見せずに小さく頷いた。


「・・・うん」


「・・・・ふぅ・・・。芹沢くんの・・・・気持ちに応えられないって、正直に言っておくべきだと思ったから。」


「うん・・・」


「・・・好きになってくれてありがとう。」


頭の中であれこれ考えていた言葉を捨てて、彼と過ごした色んな場面を思い出すと、率直に出てきた気持ちだった。

何が正解だとか、不正解だとか考えずに、芹沢くんの真摯な気持ちに応えたかった。


「もしかして・・・こないだ・・・夜道で、円香くんと一緒に帰ってたお姉さん・・・?」


「・・・ああ・・・そうだね。」


「そっか・・・・・・。俺あの時ね・・・すっごく綺麗な人だなぁって思って・・・でも円香くんと手ぇ繋いでたから焼きもち妬いちゃって・・・。でも・・・優しそうな人だった・・・。取られちゃうなとか、思ったわけじゃないけど・・・・でも・・・・悔しいけど・・・円香くんとお似合いだった・・・。」


芹沢くんは途端に涙を一杯に溜めて、ポロポロとこぼした。

その表情が、震える声が、言葉が・・・全部胸に突き刺さって痛い。

けどそれは、受け入れてほしいという我儘を彼に渡す代わりの痛みで、目を逸らすことなんて出来ない。


「円香くん・・・」


「ん?」


「ありがとう・・・ちゃんと話してくれて・・・。」


「ん・・・だって好きだって言ってくれて返事してないからね・・・」


芹沢くんはそっと顔を上げて、涙を拭って笑って見せた。


「そういう円香くんが大好き・・・。俺・・・円香くんを好きになれてよかった・・・。こ・・・これからもずっと好きでいて・・・いい?」


戸惑うように少しオロオロする彼に、ティッシュを手渡した。


「気持ちの制限は出来ないし・・・人に言われてどうこうってもんじゃないから構わないけど・・・。でもこれからは好きな人を優先したいし、もし付き合えたとしたら、自分を好きだと思ってる芹沢くんと二人っきりで会ったりは出来ない。それはごめんね。」


「うん・・・わかってる。ありがとう・・・。」


泣いてすっきりしたのか意外と落ち着いた様子で、大きく息をついたのを見て、俺も少し安心してしまう。


「あ・・あああ・・ああの・・・」


「どうしたぁ?」


「・・・・いずれフラれるなんてわかってたから・・・・その・・・・厚かましいんだけど・・・お願いが・・・あって・・・」


「・・・何だろ・・・」


ソファに座りなおして、芹沢くんはまた震える呼吸を整えるように深呼吸した。


「・・・あの・・・・・・・・ほっぺじゃなくて・・・口にキスし・・・してください・・・!」


予想できたと言えば出来たお願い事だけど、既視感ある状況に、前話したことを思い出す。


「・・・前も言ったけど・・・・・・」


「・・・うん・・・」


頭の中で考えるそれが、彼の為を思っての事でも、俺は勝手に思いやってるつもりでしかない。


「芹沢くんが両想いになれた相手としてほしいなぁって思ってるよ。」


「・・・うん・・・」


「・・・だからさ・・・これは、俺の気持ちに振り回しちゃったお詫びね?」


「・・・え?」


抜けた表情で見つめ返す彼の頬に触れて、そっと唇を重ねた。

ビクっと驚いて一瞬震える芹沢くんが、小さな手で俺の服を掴んでぎゅっと抱きしめる。

柔い感触に少し罪悪感を覚えながらゆっくり離れると、顔を真っ赤にした彼は視線を逸らせて、恥ずかしさで顔を覆った。


「・・・あぅ・・・・あ・・・ありがと・・・」


それから数分くらい、恥ずかしさで黙っている彼の隣で、お菓子をつまみながら飲み物を飲んでいると、落ち着いた芹沢くんは、そっと抱えた膝から顔を上げたので、それを俺が首をもたげて覗き込むように見ると、また顔を真っ赤にして隠れてしまった。


「ふふ・・・」


頭を撫でると、耳まで赤くなっていることに気付いて、こんな風に一途に好きでいてもらえたことをありがたく思った。


「果報者だなぁ俺・・・」


「・・・・円香くん・・・・大好き・・・・」


顔を隠したままそう呟いて、その後も何度もチラっと顔を合わせては隠れて、大好きだと言葉にしてくれた。


「・・・芹沢くんのおかげでさ、好きだっていう気持ちを伝える勇気も、尊さも改めて教えてもらった気がするよ。」


黙ってまた顔をあげる彼が、今度はちゃんと目を合わせてくれた。


「・・・・俺さぁ・・・・同棲してた彼女と別れて・・・・自分で別れようって言ったのに・・・もうやり直す気持ちなんて湧かないのにさ・・・・それでもすっげぇ後悔してたよ。後悔っていうか・・・・ああ、ダメだったなぁっていう落胆というか・・・それが思いのほか自分の心にのしかかっててさ・・・。もうやめようって思ったんだ・・・誰かを好きになるの・・・一旦忘れようって。しんどくてさ・・・当たり前だけどね。でも失敗だったって一概に思うのは違うし、いい人生経験だったし、色々思うことはあるけど、全部が苦い思い出な訳じゃないし・・・でもさ・・・それを達観して飲みこめるほど、俺は大人じゃないんだよ・・・。初めてまともに付き合った人だから・・・ホントに愛してたから・・・。」


思い返せば返す程、喉元が苦しくなってきて、涙が溢れそうになるのを堪えた。


「けどさ・・・芹沢くんとか・・・俺が好きになった佐伯さんが・・・そういう落ち込んだ自分の気持ちを、何も否定せずに聞いてくれたし、ほどいてくれたんだよね。寄り添ってもらえて嬉しくて・・・ありがたいなぁってずっと思ってた。それは他の友達に対してもそうだけどね。自分に素直に好意を向けてくれる彼女に、応えたいなっていう気持ちと、いつまでもずっと俺を好きでいてくれる保証なんてないよなぁっていう、当たり前のことに気付いたらさ・・・ちゃんと伝えないといけないよね~。」


「・・・・うん。」


改めて微笑んで見せると、芹沢くんは目を合わせてくれたものの、また顔を赤くして、そっと俺の手を繋いだ。


「ありがとね・・・せ・・・癒喜くん。」


「!!!・・・・・・う・・・・死んじゃう・・・・」


「ええ?・・・はは!」


その後もしばらく落ち着かない芹沢くんと時間を共にして、他愛ない雑談をしたり、ゲームをして遊んだり、夕方まで一緒に過ごした。

最後に彼を家まで送って、別れ際は名残惜しそうにしていたけど、「今生の別れじゃないんだから」と言い聞かせた。

何か困ったことがあれば頼ってほしいし、相談したい事があれば話を聞くと伝えると、安心したように笑みを見せて、本当にまるで自分の弟のように可愛く思えた。


帰り道一人で夕暮れの町を歩きながら、俺はやっと気がついた。


「あ~・・・・俺、兄弟ほしかったんだなぁ・・・」



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