第45話
咲夜が貸してくれた別荘にやってきた俺たち4人は、大きなソファに座って道中の疲れを癒した後、既に水が張られていたプールに入るため着替えを始めた。
女性陣は2階の寝室で着替えてもらって、俺たち二人はそのままリビングでさっと服を脱ぐ。
「な~な~西田見て~。キッチンにおしゃれな飲み物あるぞ。」
「ん~?」
リビングからプールサイドまではすぐそばで、水着に着替えた後大きな窓を開け放っていると、翔がキッチンへと手招きした。
「あ~これあれかな・・・・フレーバーウォーターってやつかな?」
「そうなんだ!美味しいかな?」
「美味しいと思うよ。市販のもんでも売ってるじゃん、フルーツの香りと味がする水だよな、要するに。」
大きなボトルサーバーに入っていたそれを、翔はグラスを手にさっそく注いで飲んだ。
透明な水の中に柑橘系の果物がたくさん沈んでいて、見た目も清涼だし美味しそうだ。
「おいっし!遊んでる合間に飲めるように皆の分いれとこ~♪」
翔が楽しそうに俺たちの分も用意していると、2階から椎名さんと佐伯さんが戻ってきた。
「あ、何してるの~?」
「美羽~フレーバーウォーター美味しいから入れといた~。」
階段を降りてきた二人は、可愛らしい水着に身を包んで薄手のパーカーを纏っていた。
椎名さんは大胆なビキニとショートパンツのような水着だったけど、佐伯さんは露出を控えた水着で腰元にパレオを巻いている。
椎名さんはオレンジと白で、佐伯さんはピンクと白、何となく二人ともイメージあった色だ。
「西田・・・」
「ん?」
グラスを持ってプールに移動しながら翔はトンと肘でついた。
「美羽のことエロイ目で見たら容赦しねぇぞ?」
「見てないわ!誰が友達の彼女に色目使うんだよ!」
二人は苦笑いしながら俺たちの後に続いて、プールサイドに置いてあった大きな浮き輪たちを楽しそうに手に取る。
「映えそうなやついっぱいあんじゃん!」
翔は次々浮き輪をプールに投下して、椎名さんとじゃれながら子犬のように遊びだす。
ビーチベッドがある隣にパラソルがついたテーブルまであったので、注いだジュースを置くと、佐伯さんが歩み寄って言った。
「西田くん泳ぐの得意?」
「あ~まぁまぁかな。泳げないことはないよ。これでも運動だけは出来るんだよ。」
「へ~!そうなんだね。だけってことないでしょ?ふふ・・・私ちょっと泳ぐのはそんなに得意じゃないんだぁ。」
「そうなんだ。・・・・つっても教えられる程じゃないしなぁ・・・。まぁそんなに水深くないし、浮き輪もあるし、気を付けて遊んでたら大丈夫だよ。」
「そうだね。」
日差しがキラキラプールを照らして、周りは庭木に囲まれていて、人通りが少ないから車の音なども聞こえず、まさに人里離れた楽園に見える。
気温が高いこともあって、プールの水はぬるくて少し暖かいくらいだけど、翔に嗾けられるまま競争して泳いだ。
遊べるものもたくさん用意されていて、しつこい水鉄砲の攻撃を翔から受けた俺は、少し距離を取ると、大き目のフラミンゴ型の浮き輪に座っていた佐伯さんが、潜水する翔にぶつかって滑り落ちた。
「ぅわ!」
水しぶきが舞って、佐伯さんはパッと顔を上げた。
「大丈夫?」
女性がギリギリ足が付く水嵩だけど、翔が水面から顔を出す前に彼女に寄った。
「ぷっは!ごめん!ぶつかっちった。」
「ふふ、大丈夫だよ。」
「リサ泳げないんだから気を付けてね。足着くからいいけど・・・」
「・・・ん?完全に泳げない感じ?」
俺が問いかけると、佐伯さんは少し恥ずかしそうにしてはにかんだ。
「うん・・・。泳ぎ方頭でわかってるんだけど、進まなくて・・・息継ぎも下手で・・・。あ、でも気遣われる程水が苦手なわけじゃないし、プールも海も好きなの。泳ぎが下手なだけで・・・」
恐らく子供の頃から難なく水泳をこなしてきた俺たちは、弁解する彼女を少し不安気に見た。
たぶん佐伯さんは「泳げない」と明言してしまえば、気を遣われて楽しめなくなることを懸念して言わなかったんだろう。
「本人が楽しめてるならいいけど・・・。例え足が着いてても溺れることはあるから、気を付けてね。」
俺がそう言うと彼女はニコリと微笑んで頷いた。
潮の流れがある海じゃなくてまだよかったな。と思っていたけど、どうやらその後椎名さんから話を聞いていると、去年は海水浴に一緒に行ったらしい。
ジュースを飲んで休憩しながらいると、速さを求めてクロールする翔を大事に見守る佐伯さん。
その後ろ姿をチラっと見ながら椎名さんは言った。
「二人で海行った時さ、リサ可愛いしスタイル良いし、ナンパ野郎ほいほいでさぁ・・・半ば無理やり連れて行こうとする男もいたから、ボディガードするの大変だったんだぁ。」
「そうなんだ・・・。」
「まぁでも本人は海好きだし、楽しそうにしてたからいいんだけど。一緒に出掛けてナンパされないことの方が少ないしね。」
「・・・椎名さんって佐伯さんと付き合い長いの?」
「そうね、高校から。んでも高3の時に初めて同じクラスになって~、その時は特に親しかったわけじゃないから、大学入ってから急激に仲良くなったかな~。リサ恋バナ好きだからさ~、私の翔くん話、よく聞いてくれてた感じ。」
「なるほどねぇ。」
プールで談笑する二人を微笑ましく見ながら、椎名さんは続けた。
「リサはさぁ・・・私がずっと翔くんに片思いしてた間、延々と話聞いてくれてた唯一の存在なんだよね。他の子にも話してはいたんだけど・・・翔くん飄々としてるし友達多いし、遊んでるって噂もあったから、周りの子は皆やめときな~って言ってたんだけど、私は別に交友関係が雑な人だとは思ってなかったからさ・・・リサはそういう私と翔くんをちゃんと見た上で、応援してくれてたの。」
「そっか、まぁ慎重な子なのかなって感じはするもんね。」
「そうだね~友達のことになるとすっごい慎重に意見する子。でも自分が好きになったら一直線でさ、もうその人しか見えない!みたいな・・・。でも去年、ずっと好きだった人に振られてからは、だいぶ慎重派になってるかな~。」
「ふぅん・・・。」
椎名さんはチラリと俺を横目で見て、視線を落とした。
「何となく知ってると思うけどさ、リサって元はギャルっぽい子だったし、翔くんみたいな天真爛漫なタイプだったけど、今は落ち着いてるじゃん?」
「そうだね。」
「もしかしたら本人から聞いたかもしれないけど、リサはさ・・・元々は今みたいな慎重で大人しい子だったみたいなの。でも好きになる人に合わせて自分を変えてきたって話してたから・・・。ホントはね?今でも・・・前に好きだった人を思ってるのかなぁって瞬間あると思うんだけど、ずっと引きずって悲しそうな顔してたリサより、今は結構イキイキしてて元気になってると思うの。」
椎名さんは穏やかな笑みを見せて、俺の返事を待つように見つめた。
「・・・私の言いたい事わかる?」
「・・・ん~・・・翔と同じようなこと思ってるのかなぁっていうのはわかるよ。」
「え?どういうこと?」
「友達想いなのは一緒だなって話。」
椎名さんは少し嬉しそうに、照れたように笑った。
すると不意に射出された水鉄砲の水が鋭く体にぶつかる。
「いった!」
「西田ぁ!美羽とイチャイチャすんなぁ!」
「してないわ!会話してただけだろ!」
一緒になってクスクス笑う佐伯さんの笑顔が、プールサイドに腰かけてなびく髪の毛が、綺麗で思わず少し見惚れてしまった。




