第43話
翔たちと咲夜の別荘を借りて、1泊2日の旅行に行く数日前。
久しぶりに桐谷と焼肉に行って飲んで、まぁまぁ酔っ払ってフワフワしたまま、俺は何故かたまたま遭遇した佐伯さんに送られることになった。
まだ夜中っていう時間帯ではないけど、街灯がチラホラ見える外は真っ暗だ。
タクシーの後部座席に二人して座りながら、隣にあった彼女の手を握って言った。
「佐伯さんごめんねぇ・・・面倒かけて・・・」
「ふふ、いいよ。・・・西田くん駅からおうち近い?」
「ん~そうだね、徒歩6分くらい?」
「そうなんだ。」
「住宅街入ってくと車はめんどくさいだろうし・・・あ!もうそこの駅前で停めてください。」
いつの間にか桐谷に握らされていたお札で支払いを終えて、フワフワする体を佐伯さんに支えられながら降りた。
「はぁ~・・・ありがと~佐伯さん、またね。あ・・・電車賃出す・・・」
「いいよ、大学から家までの間だから、定期で行けるの。おうちの前まで送るから行こ?」
「え~~?女の子にそこまでさせられないよ~~俺そんな心配される程酔ってる?」
ヘラっと笑みを返すと、佐伯さんは口元に手を当てて笑いを堪えるようにした。
「んふ・・・うん、酔ってる。行こ?」
可愛い笑顔で手を繋がれて、結局デレデレしながら帰路に就く。
「佐伯さんさぁ・・・ホント優しいし可愛いよね~。」
「ありがと。」
「ふへへ・・・きっと今何か言っても信じてもらえないなぁ。」
「・・・嘘ついたの?」
「ついてないよ~。俺酒で記憶飛んだりしないしさぁ・・・。最近滅多に飲みに行ってなかったし、久しぶりに楽しくて飲みすぎちゃったな~。」
「そっか、良かったね。西田くん桐谷くんと特別仲良しなんだね。」
「ん~ふふ・・・まぁね~~ちょっとエッチなことしちゃった関係だしね~。」
「え、そうなの?」
「・・・・あ~~~女の子にする話じゃなかったなぁ・・・。まぁいっか、ちょっとね、恋人ごっこみたいな関係だったんだよね・・・。」
「・・・あ、前ランチしたときに話してたのって、桐谷くんのことなんだね。」
「あ~そうそう~・・・。も~~さ~~・・・マジでさ・・・桐谷はいい男過ぎてさ・・・んだよあいつマジでさ~・・・俺ちょっと本気で好きだったのにさ・・・あっさり振られたんだよ~。」
「そっかぁ・・・。まだ好き?」
淡々と隣を歩いて話を聞いてくれる佐伯さんは、まるで小さい子の面倒を見るように尋ねる。
「ん・・・ちょっと残ってるかなぁ?くらいかな。でも大丈夫。戻りたいとかは思ってないし・・・。てか無理だし・・・桐谷って俺の事絶対好きにならないみたいだし・・・。」
トボトボとゆっくり歩くペースに、佐伯さんも合わせて歩いてくれて、俺の話すことに否定も肯定もせず聞いてくれていた。
するともうすぐ自宅前という所で、別の道を歩いてきた人影から声がかかった。
「・・・円香くん?」
「・・・お?あ、芹沢くん~。どしたの?」
ポカンと立ち止って俺たち二人を眺める彼に、佐伯さんも不思議そうにした。
「こんな時間に~未成年がうろうろしちゃダメだろ~~?・・・あ、佐伯さん、この子近所の子でさ・・・たまたま知り合って仲良くなった芹沢くん。」
「そうなんだ、こんばんは。・・・お買い物の帰り?」
コンビニ袋を持つ彼に、佐伯さんは優しく問いかける。
「・・・あ・・はい・・・ちょっと・・・。」
「佐伯さん、もう家そこだからさ、芹沢くんと同じ方面だし、ここで大丈夫だよ。ありがとね~。」
「そっか、じゃあここで。二人とも気を付けて帰ってね。」
佐伯さんに手を振って別れると、芹沢くんはその背中を見送って、さっと俺の隣を歩いて手を取った。
「・・・・円香くん・・・」
「ん~~?」
「・・・酔ってるね。」
「あ~ごめん・・・酒臭い?」
「臭くはないけど・・・。・・・前話してたちょっと気になってる女の子って、さっきの人?」
「んえ?・・・あ~まぁそうだねぇ。」
ゆっくり歩いて家の前に着くと、芹沢くんは名残惜しそうに立ち止って俺を見上げた。
「ん~?どうした~?」
「円香くん・・・大好き。」
「・・・へへ・・・うん、知ってるよ?」
「・・・お酒の勢いで・・・俺にキスしてよ。」
「え~~?・・・なんでぇ?」
「キス以上のことでも・・・してほしいよ。」
「ふふ・・・どうした?急に・・・」
「・・・俺は・・・円香くんに・・・選ばれないことくらいわかってるから・・・。」
小さくそう呟くと、俯いた彼からポタポタ水滴が落ちた。
「ごめんなさい我儘言って・・・。円香くんが優しいから・・・気を遣わせたくないし・・・俺を傷つけたくないって思ってるから、いい加減なことしないのもわかってる・・・。後々苦しい思いをするのは俺だから、って・・・考えてくれてるのもわかってる。それは結局自分のために言ってることだけどって・・・円香くんが自分で思ってることもわかる・・・。俺は誰かと自分のために、沢山悩んで考えてあげられる円香くんが大好き・・・。傷つけるならそれと同じくらい自分も傷つく円香くんのこと知ってる・・・。でも俺は何も後悔しないし、傷つかないから・・・恋人がするようなこと全部してほしい。」
涙声で語る彼の言葉を聞いてると、頭はどんどん冴えていった。
「・・・そっか・・・。でもそうなら、尚更キスもセックスも芹沢くんとはしないよ。」
「・・・どうして?」
涙を一杯に溜めた大きな目が、真っ赤になって俺を見上げた。
「そういうのはさ・・・俺個人の見解だけどね?好きな気持ちを分け合うことだと思うからさ・・・だから大事なことだし幸せなことなんだよ。芹沢くんが俺を愛してくれてても、俺はまぁそれに合わせるかぁみたいにしたらさ・・・俺が好きを受け取るばっかりになると思うんだよね。」
「・・・うん・・・」
「お互いが幸せならいいよ。でも妥協で芹沢くんを抱いても、俺は幸せにはならないよ。それじゃあもうダメじゃん?」
「・・・うん。」
「芹沢くんが言った通り、俺は相手を考えてる風で、自分のことを考えてるよ。同じことだとしてもね。もちろん・・・芹沢くんが言ってる気持ちも十分わかってるつもりだよ。叶わない相手だからこそ、思い出としてそういうことしたいっていう気持ち。でもね~・・・悪いけど俺は、そんなに自分を安売りしてるつもりはないから。」
「・・・うん。ごめんなさい・・・」
「謝らなくていいよ。気持ちはすごく嬉しいから・・・ありがとね。・・・帰ったらちゃんと戸締りするんだよ?」
「うん・・・。おやすみなさい・・・。」
涙の痕が痛々しくて、ハンカチを渡して彼の頭を撫でた。
玄関のドアを開けて、バタンと閉じて鍵を閉める。
靴箱の上の時計は22時前だった。
リビングでテレビを観ている両親の声が少し聞こえて、俺は黙って2階へと階段を上がった。
部屋に入ってベッドに重い体を沈めて、ボーっと暗闇の中、芹沢くんと佐伯さんの顔を思い浮かべる。
特に何か悪いことをしてるわけじゃないのに、少しの罪悪感を覚えつつ、自分がとんだクソ野郎な気がしてきてならない。
「どうしたいんだろうなぁ俺・・・」
翌日以降、昨日のことを少し謝った後、相変わらず芹沢くんは他愛ないメッセージを送ってくれて、それを何となく可愛らしく思いながら返信しつつ、旅行の準備を進めた。
話したことや聞かされた言葉を思い出しながらいると、泣かせてしまった彼の顔を思い出して、付き合い方を考え直すべきか悩む。
桐谷はよく俺に、自然体にしてろと言っていた。
考え過ぎずにいよう・・・じゃないと疲れちゃうしな・・・。
ふぅとまた息をついて、大き目の鞄に着替えを詰め終えて、翔に何か特別持参した方がいいものはあるかと連絡を入れた。
するとパッと着信画面に切り替わったかと思うと、珍しいことに咲夜からだった。
「もしもし?」
「お疲れ、今大丈夫?」
「うん、準備してたとこ。」
「そか、あのさ、費用は後払いでいいんだけど、振り込みがめんどくさかったら直接俺に渡してくれてもいいよ。」
「え、あ~・・・いやでも、管理してる人たちに直接振り込まれた方がいいんだろ?」
「まぁね、でも俺の友達に貸すから~っていう話をしたら、料金はいただきませんって言われちゃってるんだ。俺の所有物である別荘だから、所有権は俺にあるっつって・・・。」
「ああ・・・ん~でもなぁ・・・」
「まぁだからさ、翔にもちょっと話したけど、使用人たちが泊まりに来る前に掃除とかして準備して、食材も数日分を冷蔵庫に一杯入れてるみたいだから、使った分くらいの食費を渡してくれたらいいよ。あそこに泊る相場が俺わかんないからさ・・・一人5千円くらいで。」
「それは安すぎないかぁ?」
「食材費だけだからね。そもそも俺泊ることに関しては最初から金取るつもりはなかったよ。俺の別荘じゃなかったら金はかかるけど、近場でプール付いてる都合の良い別荘がたまたま俺のだったからさ。皆遠慮するかもしれないけど、そこはさ・・・友達が太いってラッキーだぜ、いえ~~いくらいに思っといてよ。」
「いやぁ・・・にしても破格過ぎんだろ・・・。」
「いいんだよ、俺はお金なんて大して必要としてないよ。遠慮する気持ちはわかるけど、とにかく他の3人にもそう伝えといて。」
「・・・わかった・・・。サンキュな。」
「ん、楽しんで。」
咲夜はあっさり電話を切った。
「ん~・・・そうでもないと思ってたけど・・・やっぱ咲夜とは金銭感覚違うなぁ・・・。んでもお金のことでごちゃごちゃ押し問答すると、逆に機嫌悪くしそうだし・・・今回は甘えとくか。」
翔がきっかけで今回の旅行は決まったけど、後々咲夜にお礼考えとかないとな。
外は今日も太陽がギラギラと街を焼いてる。
後々痛い思いをしないために、手元にない日焼け止めを買いに出かけた。