第42話
夜でも少し暑くて、湿気を感じる道を芹沢くんと歩いた。
「ん~まだちょっと暑いことは暑いなぁ。」
汗を拭くと大人しく隣を歩く芹沢くんは、そっと俺の指先を握ってつないだ。
「うん・・・あの・・・台風来てるみたいだから・・・。」
「あ~そっか・・・もうそんな時期か・・・。ふふ・・・別に手ぐらい繋ぐよ?」
ぎゅっと握り返すと、芹沢くんは視線をキョロキョロさせながら、コクリと頷く。
「嬉しい・・・。円香くんと二人っきりで夜道歩いて・・・ご飯なんて・・・」
「・・・友達なんだからたまには一緒に外食くらいするよ。・・・まぁ・・・俺は芹沢くんの好意を利用してるだけかもしれないけどね。」
付きまとう罪悪感は、喜んでくれる彼に対して同じく喜びを返すことを許さない。
「・・・別に利用されてもいいよ。円香くんはなんにも悪くないもん。」
次第に店に近づくと、煌々と夜道を照らす看板が目に入る。
「そうかなぁ~・・・。散々仲良くしてて、彼女出来た~とか言い出すかもしんないよ俺。」
芹沢くんはじっと俺の顔を見上げて、特に何でもない表情で続けた。
「うん、それはそれだから。だって円香くんがモテることなんて知ってるし・・・彼女が出来るなんて当たり前だよ。・・・俺の気持ちとは関係ないから。」
あまりに動じずに言い放つもんだから、俺の方が返す言葉に詰まって視線を泳がせた。
芹沢くんは一歩先を歩いて店のドアを開いて、俺を待つように通してくれる。
夕飯の時間帯で多少込み合っていたけど、10分ほど待ってテーブル席に案内されて、二人して腰を据えて、端末に表示されるメニューを見ながら選んだ。
お互い好きなものをご飯セットで頼んで、芹沢くんはニコニコしながら尋ねる。
「円香くんって・・・ハンバーグ好きなの?」
可愛い質問なのに、思わず夕方に見た変な夢を思い出してしまう。
「え・・・・あ~・・・まぁ・・・。味覚が子供だからさ、好きだよ。カレーもハンバーグも・・・ステーキ、焼肉・・・パスタとか。」
「そうなんだ・・・。食べに来るより、手料理の方が好き?」
「ん~~~・・・どっちも好きだよ。うち母さんがそこまで料理得意じゃないから、父さんが作ってくれることも多々あったし・・・。もちろん元カノと一緒に住んでた時は手料理食べてたし、俺が作ってることもあったし・・・。」
「そっかぁ・・・。俺も頑張って作れるようになったら・・・食べてくれる?」
「え、うん、いいよ?」
芹沢くんはまたパッと笑顔になって、嬉しそうに目を伏せる。
頬杖をついてその様子を眺めながら、付きまとうような嫌な夢を忘れたくて窓の外を見た。
彼が言っていた通り、台風が近づいてるせいなのか、若干風が強くて曇天が広がっている。
「円香くん・・・」
「ん?」
「あの・・・円香くんはその・・・今好きな女の子とかいるの・・・?」
一瞬彼の質問の意図を計りかねて、どう答えるべきか迷った。
「あの・・・あのね・・・円香くんがいっつも俺に気を遣ってくれてることわかってるから。でも・・・俺円香くんには自然にしててほしいんだ。そのままの円香くんと、親友になれるくらい仲良くなりたいから。何でも聞きたいし、愚痴でも恋愛相談でも何でも・・・。」
「・・・ありがとう。」
罪悪感なんてものに苛まれながら、この子と友達でいることは失礼だと気づいた。
「ん~~・・・好きかどうかはわかんないかなぁ。気になるなぁって思ってる女の子はいるよ。」
「そうなんだ。・・・どんな人?」
「ん~・・・なんていうか、似てる部分があるなぁって感じる人でさ。俺みたいに気遣い屋で・・・前に好きになった人をちょっと引きずってて・・・でも前向きなんだよ、俺はどうかわかんないけど。その子は自分の気持ちを終わらせて前に進みたいって、強く思ってる感じがするかなぁ。それにすごく一途な子なんだなってわかるし、人に接するときも丁寧で、でも自分の意見はハッキリ言えるし、誰かのために勇気を出せる子だと思う。」
俺が説明を終えると、芹沢くんは瞬きもせずにじっと俺を見た。
「・・・それは・・・全部円香くんと同じ感じがするね。」
「・・・え~?・・・そうかなぁ・・・。」
「・・・お似合いなんだねきっと・・・。」
芹沢くんの落とすような笑みが痛くて、でもフォローするような弁解をしたくなかった。
「お似合いかどうかはわかんないけど・・・そもそも向こうが俺をどう思ってるかわかんないからね。」
「そっかぁ・・・」
「まぁ・・・まだまだそこまで親しいわけじゃないから、もっと色んなこと知りたいなって思ってる段階かな。・・・芹沢くんに対してもそうだけどね。」
俺がそう言うと、可愛い丸い目が上目遣いで覗く。
「・・・俺もそうだけど・・・。円香くんは、何を知りたいって思ってくれてるの?」
「あ~・・・知りたいっていうよりあれかもね、一緒に過ごして、楽しいなとかもっと一緒にいたいなとか、思えるかどうかなんかな。」
「うん・・・。俺は・・・円香くんのこともっともっと知りたい。好きなものも嫌いなものも、思い出話も聞きたいし、恋愛話も聞きたいし・・・小さい頃の話とか、趣味とか勉強とか・・・円香くんが普段どういう風に過ごしてるかとか・・・。」
「ふふ・・・そうかぁ・・・」
じっと見つめ返すと、芹沢くんはハッとなって弁解しだす。
「あ、あの・・・別にストーカーしようと思ってるわけじゃないから!」
「・・・そういう風に否定すると、しようとしてるみたいに聞こえるよ?」
「え!!しないよ・・・。嫌われたくないし・・・」
俺がくつくつ笑うと、からかわれてることに気付いて、少しムッとした表情を返す彼が、心底可愛い。
同時に、妙な夢を見たせいか、他愛ないやり取りをして幸せだった日常を思い出した。
好きな人と一緒に毎日を過ごして、ソファに隣同士座って、何気ない話をして、一緒に美味しいご飯を食べて、また明日を一緒に迎えるために寝支度をして・・・
互いが一番じゃなくなってしまえば、一緒に居るという意識も変わってしまったけど・・・
「あ~~~~~・・・・・」
腕を組んでテーブルに顔を伏せる。
「え?え?どうしたの?」
「・・・・あ~・・・も~~・・・・やな夢見たんだよ。ほら・・・変な時間に寝るとさ、悪夢見るって言うじゃん。別に悪夢って程じゃないんだよ。でもこう・・・メンタルに来る夢だったんだ・・・・。な~んか久々に考えちゃうなぁ・・・もうずいぶん・・・考えなくなったのに・・・。俺ねぇ・・・自分が心底好きだった人のことを、後々未練がましく考えちゃうんだよ。特定の人1人じゃなくてね・・・。スパっと忘れたらいいもんをさ~~・・・はぁ・・・」
「そうなんだ・・・」
「結局は寂しいだけなんだけどね・・・。今更どうしようもないのにさ・・・。あ~・・・ごめん、忘れて。」
そのうち頼んだメニューが到着して、二人して食べ進めていたけど、芹沢くんは終始俺の顔を窺いながら、時折何か考え込んでしまっていた。
やがて食べ終えて満足して、美味しそうなパフェをデザートに勧めると、芹沢くんは一人で食べきれないからというので、帰りにコンビニでも寄るかと思いながら会計に立ち上がった。
自分から誘ったし、最初から払わせるつもりはなかったので、さっと支払いを済ませると、案の定というか、芹沢くんは納得していない様子で俺の袖を引っ張りながら店を出た。
「円香くん・・・俺も円香くんも学生だし、友達なんだから割り勘にしようよ。」
「ん~・・・それもそうだけど、俺が払いたかっただけだからなぁ・・・。それにほら、芹沢くんの誕生日の時、夕飯ご馳走になったしさ。」
適当な言い分を述べながら、また彼の手を取って歩いた。
嬉しそうに握り返す芹沢くんを連れて、コンビニで甘い物を物色して限定スイーツに手を伸ばすと、今度は桐谷のことをあれこれ思い出してしまう。
「・・・芹沢くん甘い物好き?」
「えっと・・・好きは好きだけど、元々たくさん食べられないから、頻繁に食べたりはしないよ。」
「なるほど。まぁ俺もそうかもなぁ・・・。じゃあこの・・・期間限定のやつさ、違う味それぞれ一個ずつ食べない?小さいし胃もたれしなさそうだし。」
「うん、食べる。・・・さっき奢ってくれたから俺が買うね。」
「ふふ、ありがと。」
後々連想ゲームのように思い出して切なくなることを、繰り返してしまう性分のようで。
新しい思い出で塗り替えても、結局寂しさでまた思い出すのに・・・
俺はきっと、迷いながらでしか生きていけないだろう。




