第39話
夏休みに入って数日後、夏祭りに行く日がやってきた。
バイトも休みだったので、予定の時間までリビングでアイスを食べながらテレビを観ていた。
「円香、あんた今日予定あんの?」
「ん~・・・夕方から大学の近くでやってる祭り行く~。」
キッチンから問いかけてきた母さんに、背を向けたまま雑に答えた。
「そうなの。じゃあ母さん久しぶりに父さんと二人っきりでディナー行ってきちゃうわよ。」
「あ~うん、楽しんで。」
誰と行くのだとかデートなのかとか色々聞かれるかと思ったが、意外にもそれ以上詮索されることはなかった。
それから夕方まで映画を観ながら時間をつぶして、早めに外出した母を見送り、自室のクローゼットを開けた。
女性陣は浴衣とか着てくるのかもな。
小さい頃はどうかわからないけど、浴衣を着て出かけたことはないし持ってもいないので、適当な服を見繕って袖を通した。
準備を済ませて少し早めに家を出る。
夕日が沈みかけて薄暗くなった時間帯、遠くの方でオレンジと夜空が混ざっていた。
太陽が沈んでしまえば暑さもある程度ましになっているもので、数時間前に夕立があったのもあり、かなり涼しく感じた。
電車に乗っていつもの駅前に着くと、同じ目的地を目指すであろう浴衣姿の人たちがチラホラ見えた。
キョロキョロして辺りを探すものの、3人ともまだ来ていない様子だ。
スマホを持ちながらわかりやすい所にいようかと歩いていると、浴衣姿の佐伯さんを見つけた。
「佐伯さん、お待たせ。」
「あ、西田くん。」
「翔たちまだか・・・。ちょっと早いかなって思ったけど、佐伯さんの方が早かったね。」
ニコリと笑顔を返す彼女の、紫の生地に白い花の模様があしらわれた浴衣がとても似合っていた。
デートじゃないから・・・別に俺のために着てきたわけじゃないし、わざとらしく褒めるのもなぁ・・・
そうこう考えてるうちに、翔と椎名さんがやってきて無事合流し、神社へと歩き出した。
先導してくれる二人の後に続いて、佐伯さんと並んで歩いていてふと気づく。
こっちの方面って・・・こないだ診察してくれた島咲さんのうちの方だな・・・
暗くて少々わかりにくくはあるけど、何となく住宅や立ち並ぶ小さなお店を見ているうちに、やっぱりかなり神社に近いんだなとわかった。
すると前を歩いていた椎名さんが振り返る。
「リサ、去年来てた浴衣と違うけど、新しく買ったの?」
「ううん、こないだ実家に帰った時にお母さんがお古をくれたの。箪笥の肥やしになってたからあげるって。」
「そうなんだぁ!いいなぁ・・・私お古でもらえる程いいものないし、セールで買った安物だよ~。」
「私のも別に高いものじゃないよ。美羽そういう色すっごく似合うし可愛いよ。」
可愛らしく微笑み合う二人の会話に、翔は子供のように加わった。
「そうだよ、値段なんて関係ないし。美羽は世界一可愛いし、佐伯さんもめっちゃ似合ってて綺麗だし!な、西田?」
「え?ああ、そうだな。」
突如ふられて答えると、翔は何故かジトっと俺を見てまた前を向いた。
神社の入り口まで着くと、赤い鳥居が周りの提灯で煌々と照らされていた。
立ち並ぶ屋台が神社の外にも広がっていて、遠くで聞こえるお囃子に負けないくらい活気づいている。
どこから回ろうかと一同辺りを見渡していると、翔が「あ!」と声を上げた。
「あれ咲夜じゃね!?」
「ええ?どこ?」
まぁまぁな人込みの中を、翔は指さしながら俺の腕を掴んで引っ張った。
するとある程度近づいて、浴衣の後ろ姿のカップルが目に入って、確かに咲夜の背中だとわかった。
「ちょ・・・翔!二人を置いてくのまずいよ!」
「ああ、ごめん!美羽~!佐伯さ~ん!こっち~。」
すると翔の大声に気付いたのか、浴衣を着た咲夜はパッと振り返った。
同時に隣を歩いていた綺麗な浴衣姿の彼女と思われる女の子も振り返る。
「咲夜・・・奇遇だな。ごめん邪魔して・・・」
申し訳なくなってそう言うと、咲夜はいつもの笑みを浮かべて4人揃った俺たちに歩み寄った。
「ホント奇遇だね。・・・小夜香ちゃん、男二人は俺がいつもつるんでる友達の、西田と翔。女子二名は二人のつれだね。んで・・・この子俺の婚約者。」
いつも騒がしい翔が若干ポカンとしていて、咲夜の隣にいた女の子が先に口を開いた。
「こんばんは、島咲小夜香です。咲夜くんがいつもお世話になってます。」
「あ!・・・あの、小夜香さん、俺こないだお父さんに診察してもらってお世話になったんです。ありがとうございました。よろしくお伝えください。」
俺が軽く頭を下げると、彼女はニッコリ微笑んで「伝えておきます」と返した。
すると翔がやっと言葉を漏らした。
「え・・・え?婚約??え、咲夜、俺聞いてないぞ。」
「え?そうだっけ・・・もうちょうど去年の話だよ。結婚するのはたぶん再来年だけどね。」
女性陣二人も少し驚いているのか、特に何も言わなかった。
西田 「え~~っと・・・デート邪魔してごめんな?紹介してくれてありがとう。」
「ふ・・・いいよぉ?まぁそっちも楽しんで。」
浴衣姿の咲夜は一層に輪をかけてイケメンに見える。というかオーラが違う。
「え!一緒に遊ばねぇの!?」
子供のように切り返す翔に、椎名さんがさっと腕を組んだ。
「翔くん、邪魔しちゃ悪いよ。私たちもダブルデートみたいなもんなんだからさ、行こ。」
咲夜は苦笑いを落として、じゃあねと彼女の手を取って人込みに消えて行った。
少し寂しそうにしている翔を連れて、一同は気を取り直して飲食の屋台を回ることにした。
「は~~・・・それにしてもさ~」
イカ焼きを食べながら翔は呟いた。
「咲夜の彼女・・・めちゃんこ美少女だったな。」
椎名さんと佐伯さんが少し離れた屋台に並んでいるからか、翔は感想を述べた。
「そうだねぇ・・・。でもめっちゃお似合いのカップルって感じだった。」
「うん、マジそれ。美男美女過ぎて周りの人めっちゃ見てた。」
「はは・・・まぁ・・・咲夜は目立つことが嫌いだから、そもそもあんまり外出しなくなったみたいだけど、彼女と一緒なら色んなところに出かけるのは好きみたいだね。」
すると翔はまた一口頬張って、割り箸でイカを突っつきながら言った。
「あのさ、待ってる時西田と佐伯さん、ナンパされたりした?」
「・・・え?俺はされないよ。佐伯さんはどうだろうね。」
「そっか。前にさ・・・咲夜が言ってたことちょっと思い出してさ。可愛い子とか綺麗な人ってさ、着飾るとやっぱ目立つし、めっちゃ声かけられるじゃん。それが嬉しい人はいいんだろうけどさ、咲夜とか一緒にいた彼女さんはさ、たぶん昔から人目を引いてたんだろうし、色眼鏡で見られてさ、そういう環境にず~っといたことが、ストレスでならなかったって言ってたから・・・なんかすぐ見た目で判断してずけずけ聞いてたの、申し訳なかったなぁって今更思っちゃった。」
「はは・・・それはマジで今更過ぎる。」
「だって俺はそういう環境にないし、色々言われることは誰しもあっても、ジロジロ見られることが嫌だっていう経験はないからさ。・・・なぁ西田、俺って咲夜に嫌われてるかな。」
「ええ?・・・んなわけないじゃん・・・。」
「そう?だいぶうざがられることもあるし、いい加減怠いって思われてても不思議じゃないかなぁって。」
翔が今更そんなことを気にすることも意外だけど、翔は翔なりに周りと上手くやるために苦労してるのかもしれない。
「そもそも咲夜は嫌だと思ってる相手と友達付き合い続けないじゃん。そんなこととうにわかってるだろ?」
「ま~~な~~~。でもこう・・・やっぱ咲夜って別世界の人間な気がしてさ~~。あ~俺より早く大人になって、俺より早く結婚して子供出来て・・・俺と友達でいてくんなくなんのかなぁって思っちゃったわ~。」
「・・・まったく・・・。グチグチ言うならイカ焼き食っちまうぞ?咲夜はそんなことないよ。大事だと思ってるから友達でいてくれてるんだよ。結婚して離れた所に住んだとして、友達を切り捨てるような奴だと思ってんの?」
「・・・・思ってない・・・。」
口を尖らせてまたイカ焼きを口に押し込める翔が、小さい子供のようで可愛らしく思えた。
りんご飴を持って二人が戻ってくると、翔はパッと明るい笑顔を作って、遠くの方の屋台も見たいと元気に歩き出す。
大丈夫だよ翔。
俺は人の縁はそんな簡単に切れるものだと思ってない。
ゆっくり立ち上がると、佐伯さんが少し先で俺を手招きしてくれて、また4人で歩き出した。