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第37話

それから夏休みに向かうまでの日々で、ものすごい速さで暑さは増していった。

テレビのニュースでは毎度のことだけど、記録的な猛暑日だと気象予報士は語る。

エアコンの涼しさと外の暑さの寒暖差で若干体調を崩していたので、最近は遊びまわるのを避けて、教室ではマスクをつけた。

その日も少し咳き込みながら席につくと、咲夜が隣にやってきた。


「おつかれ。・・・風邪?」


「お~つかれ~。風邪気味なだけ、だいじょぶ。」


「ふぅん」と言いながら、心配と疑いの目を向ける咲夜。

大袈裟に見えるかもしれないけど、周りに移さないためにはしょうがない・・・。

するとふわっといつもの香りがして桐谷が現れた。


「うーーーっす・・・」


相変わらずの気だるい声を見上げると、いつも隠れて見えない水色の右目がハッキリ見えた。


咲夜 「あれ、桐谷・・・随分バッサリいったね。」


「あ~・・・だいぶ暑かったからな・・・。」


暑さのために髪型を変えたにしても、本人は汗をだらだら流しながら気分悪そうだ。


「結果論だが、長かろうが短かろうが暑いもんは暑いな・・・。」


そう言いながら席についてチラリと俺を見る。


「・・・似合ってるよ。カッコイイじゃん。」


「・・・別に感想求めてねぇよ。風邪か?」


「え・・・ああ、熱はないけど咳が出るし・・・でもそれくらいだよ。」


「ふぅん・・・。無理すんなよ。」


そんな自然な会話を交わして、ふと思う。

何週間もあれから経過して、桐谷とは普通の友人関係に戻れた気がする。

というか特別な行為を除いて、桐谷は特に前から態度はさして変わらない。

考え過ぎる性分なのは自覚してる。まぁいっか、と諦められることが増えてもいい気がした。

どうしても譲れない強い意志が働いてないなら、俺はまだ何も確固たる大事なものがない。

ただ咲夜とか桐谷とか、周りに優秀な奴が多いだけ・・・。


その後時々咳き込みながら講義を受けていると、隣にいた咲夜が小さく肩を叩いた。


「大丈夫か?医務室行く?」


「・・・ん・・・だいじょぶ・・・」


何だか咳き込み過ぎて喉が疲れてきて、まともな声は出づらくなってきていた。

右隣に座っていた桐谷も、ジロリと俺を睨むように見た。


「ごめんって・・・移さないように離れて座るわ。」


立ち上がろうとすると、桐谷がぐっと腕を掴む。


「俺も咲夜も心配してんだろバカ。今日はもう帰れ、医者行け。」


「・・・いつも行ってる近所のとこ定休日なんだよ・・・」


呼吸することに疲れてきてマスクを外して大きく深呼吸した。

すると桐谷は小声で咲夜に尋ねた。


「咲夜、大学近辺で内科あるか?」


「ん~・・・と、この近くはないかもね。俺の家からちょっと行ったところならあるな・・・。こっからだと結構距離あるからタクシー拾わなきゃだけど・・・。」


二人の会話中にまた咳き込んでいると、咲夜は俺の背中を撫でながら「当てがある」と言って、心配する桐谷を残し、俺を講義室から連れ出した。


「ゲホゲホ・・・ごめん咲夜・・・」


「ちょっと待ってて。」


咲夜は徐にスマホを取り出して電話を掛けだす。敬語で話しているものの、どこか親し気に挨拶をしていた。

会話の内容を聞いている限り、医者に直接診察してほしい旨を頼んでいるようだった。

そのうち通話を終えた咲夜の顔を覗く。


「ね・・・誰に頼んでたの?」


「島咲家の元当主様。」


「!?馬鹿じゃん!」


「何が?更夜さんは今はもう当主じゃなくて開業医だよ。今は診察時間外だけど、連れて来ていいって言われたから、ほら行くよ。」


「ば・・・お前・・・・マジ・・・ゲホ・・・」


「今は産休に入ってる美咲に代わって、俺色々美咲の仕事を肩代わりする感じでバイトしててさ、だから多少の無理言っても聞いてもらえるかなぁって思ったんだよね。」


「・・・???そう・・・・え・・・いいの?マジで・・・」


「いいよ、何も怖がらなくて大丈夫。相手はただのお医者さんだよ。小夜香ちゃんのお父さん。」


色々と混乱していたけど、足取り重くなる俺に合わせて、咲夜はゆっくり歩いて同行してくれた。

やがて10分ほど歩いて咲夜は立ち止る。


「ここが小夜香ちゃんち。ここの裏手が病院だから。」


綺麗な豪邸を眺めて半ば引いていると、咲夜はさっさと前を歩いていく。

裏手に回って辿り着いたそこは、真新しい白い建物があった。佇まいは街の病院そのものだ。


「車はあったから帰ってらっしゃるよ。俺は戻るから行っといで。」


「ああ・・・悪い、ありがとう。」


咲夜は片手を上げて去って行った。

今一度リュックをぐっと担ぎなおし、若干だるさを感じてきた体に鞭打って扉を開けた。


「失礼しま~す・・・」


中に入ると、目の前には綺麗な待合室が広がった。

ところが受付には人の気配はない。


あれ・・・休憩時間なら事務の人とかいそうだけど・・・


キョロキョロしていると、ガチャと音がして奥の扉が開いた。


「・・・西田くんか?」


「あ・・・はい・・・ゲホ・・・。」


「どうぞ、そこにスリッパあるから診察室まで来てくれ。」


「はい。」


今まで見たことない雰囲気の医者だと思った。

咲夜程の高身長でかつ、モデル体型で男性だけど綺麗な人だ。低く落ち着いた声と振る舞いが、当主であったという品の良さを感じさせた。

さっとスリッパを履いて後に続く。促された診察室へ入って、そっと椅子に腰かけた。

周りが静かすぎて、何より目の前の医者意外に人っ子一人いなくて、何とも落ち着かない。


「あの・・・すみません、時間外にわざわざ・・・」


「構わない。今日は定休日だが、ちょうど別の仕事から帰ってきたところでな。後は何も予定がなかったし、問題ない。」


「・・・ありがとうございます。」


その後淡々と問診と診察を受け、目立った異常もなさそうで風邪だろうと判断された。

「少し待っていなさい」と言われてポツンと一人残されて、ふと咲夜の言葉を思い出した。


かなり若く見える人だけど・・・咲夜、彼女のお父さんって言ってたし・・・少なくとも30代後半とかだよな・・・。


やがて薬が入った袋を持って、島咲さんは戻ってきた。


「咳止めとその他症状用の薬を入れてある。全部食後に2錠ずつ飲みなさい。発熱したときのために解熱剤も入れておいたから。」


「はい、ありがとうございます。・・・あのお会計は・・・」


誰もいないのでどうするべきかと思い尋ねると、島咲さんはチラっと俺と目を合わせて、また視線を逸らせた。

よくよく見るとその瞳は灰色だった。


「会計となるとレジの処理が必要になるんだが、生憎俺はレジの動かし方まではわからない。薬がそれぞれいくらするかというのも、厳密には知らないんだ。今日は運よく知り合いの医者を捕まえて診てもらえた、くらいに考えてもらって・・・帰って構わない。」


「・・・え・・・いあ・・・でも・・・」


特に何でもないように真顔で言われて、どうしたものかと困惑を隠せなかった。


「まぁ本来ならやってることは違法行為かもしれんがな。法に詳しいわけではないから知らんが。」


そう言うと机に置いていたボールペンを白衣のポケットに刺し、何食わぬ顔で部屋を出ようとする。


「えと・・・後々まずいことになったりしませんか?」


「しない。ここは俺が個人経営している病院だし、他に誰もいないのだから口外されることもないな。車を呼んでやるからちょっと待ってなさい。」


「あ・・・あの、駅までそこまで距離ないので歩いて帰れます。」


立ち上がってリュックを持つと、一緒に出口に向かいながら島咲さんは言った。


「ダメだ、もう昼前で一層気温が上昇してる。こんな中病人を歩いて帰らせられない。」


「いやでも・・・タクシー代ここから家までだと結構かかっちゃうので・・・。お気遣いありがとうございます、大丈夫です。」


そう言って頭を下げると、入り口の前で佇んだ彼から言い知れぬ威圧感を覚えた。


「・・・車を呼ぶと言ったが、タクシーを呼ぶとは言ってない。」


「・・・へ・・・?」


島咲さんは尚も淡々とスマホでどこかに電話をして、誰もいない待合室のソファに座るよう促した。


「5分ほどでうちの車が来る。待っていなさい。」


余計な押し問答を諦めて、しんどい体も言うことを聞かないし、大人しく座って待つことにした。

島咲さんは待合室の傍らにあったウォーターサーバーから水を汲んで、俺に手渡してくれた。


「ありがとうございます・・・。」


かなり言動は淡々としてる人だけど・・・随分気を回してくれるんだな・・・。


元当主と聞くと身構えてしまうけど、咲夜同様案外普通の人なのかもしれない。

尚も体調を心配されているのか、島咲さんは同じく隣に腰かけた。

シンとした空間で俺は、少しばかり咲夜を脳内で責めた。


何話したらいいかわかんねぇ・・・。もうちょっと咲夜からどういう人か情報もらってればな・・・。


「咲夜くんとは旧知の仲なのか?」


俺が手をこまねいているとそう尋ねられた。


「・・・え、ああ・・・えっと・・・大学からなんでまぁ・・・2年以上の付き合いですかね。」


「そうか。親しくしてくれているなら礼を言う。俺はあの子の父親代わりのようなものだから。」


ち・・・父親ぁ・・・?どう見ても兄弟・・・いや、親戚のお兄さんくらいにしか見えないけど・・・


「そうなんですか・・・。そういや・・・咲夜って・・・両親とも早くに亡くしてるんですよね・・・?あんま細かいことは聞いてないですけど。」


島咲さんはまた少し視線を合わせてから、考え込むように目を伏せた。


「そうだな。親の話を少しはしているのだとしたら、西田くんには相当気を許してるんだろう。咲夜くんは・・・要領も愛想もいい子だが、他人には壁を作って接するように思えるし・・・。」


「壁・・・まぁ・・・そうかもしれないですね。」


あまり何かずけずけ聞くのも違う気はするけど、咲夜の知らない部分を聞けるチャンスかもしれなかった。

けど・・・そもそも咲夜は言われた通り、気を許した相手にしか内輪の話や、個人的な話をしない奴だ。

まるで無意識に制限されているかのように話さない。

だったら勝手に身内から聞きだすのも違う気がした。


「たぶん・・・咲夜は余計なことを尋ねない相手との方が、仲良くやれる奴なんだと思います。」


「ふ・・・そうか。」


翔に関しては例外な気はするけど・・・


「・・・・あの、咲夜って何か持病があったりします?」


「・・・・ないと思うが・・・何故だ?」


島咲さんは少し驚いた表情を向けて聞き返した。


「いや・・・体質なのかもしれませんけど、季節の変わり目とか、天気が悪い時とか、異常にしんどそうにしてることがあって・・・まぁただの気象病なのかもしれませんけど。後は機嫌が悪いのか、気が病んでるのか、まったく喋らない日もあるので・・・もしなんか基礎疾患があるなら知っといてやった方がいいかなって思ったんですけど・・・。」


島咲さんはじっとまた考え込んで、思い当たらないのか軽くため息を漏らした。


「彼の主治医なわけではないから厳密にはわからないが、俺が見ている限りでは特に異常を感じたことはないな。俺より娘の方が一緒に居る時間は多いと思うが、娘も特別何か様子がおかしいとか、具合が悪そうだとか、そういうことは気にしていたことはないな。」


「そうですか、じゃあまぁ・・・大丈夫なのかな。」


島咲さんは俺をじっと見て少し口元を緩ませた。


「西田くんは特別他人の機微に敏感な子なんだろうな。ありがとう、気にかけてくれて。」


「いえいえ・・・。」


咲夜が特に隠したい病気を持っていなくてよかった。

桐谷の時のように、何か不自由を抱えているのだとしたら、知って置いてやらないといけないこともある。

本人が望まなくとも、助けられることがあるなら助けてやりたいから。


島咲さんと短い会話を終えると、やがて迎えが到着し、黒いスーツを身に纏った使用人らしき人が、俺を家まで送ってくれた。


無事部屋に着いて、もらった薬の袋をテーブルに置き、ベッドに横たわる。


はぁ・・・。気を遣わせるかもしれないけど、今度何かお礼しないといけないなぁ。

・・・医者に対して礼って何がいいんだろ・・・菓子折りでいいのかな・・・


何にせよ、咲夜の計らいで特別待遇を受けたことは確かだった。



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