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第36話

西日に焼かれる帰り道、ダラダラ流れる汗を拭いながら自宅に着いて、一旦シャワーを浴びた。

スッキリして着替えてから、再度芹沢くんに連絡を入れる。

財布とスマホをポケットに入れて、近くのコンビニへと寄った後、存在は知っていたけど入った事がない洋菓子店に入り、ケーキを3つ買った。

彼のお母さんが誕生日ケーキを用意しているかもしれないけど・・・気を遣わせないためと、聞いてしまうとサプライズにならないので、ホールケーキは避けて購入していくことにした。

こんなに家の近くにある店だ、たぶん買ってる可能性の方が高いけど・・・。

即席では気に入るプレゼントを用意出来ないし、ケーキを買うくらいしか思いつかなかった。

2、3分歩いて、芹沢くんが住むマンションに着いてインターホンを押した。

するとすぐにガチャリとドアが開く。


「円香くん!いらっしゃい♪」


「・・・こらこら、急に開けちゃダメでしょ・・・誰か確認してから開けないと・・・。」


「あ・・・そうだった、ごめんなさい。・・・どうぞ、上がって。」


「ん、おじゃましま~す。」


小綺麗にされた玄関に、スリッパが揃えて準備されていた。

リビングへ入ると、彼とお母さん二人暮らしにちょうどいい、落ち着きある部屋に感じた。

時刻は17時を過ぎていたけど、キッチンに鍋が置かれていて、芹沢くんは食器棚の一番上に手を伸ばしていた。


「待って待って、危ない。どれ?」


グラスを取ろうとしていたので、思わず側に歩み寄った。


「あ・・・お客様用のグラスが・・・」


「これね・・・。あ、ケーキ買ってきたんだけどさ、もうお母さんが用意してくれてたりするかな。」


「あ、ありがとう。どうだろ・・・特に聞いてないのでわかんない。」


「そか、お母さんの分も含めて3つバラで買ったんだ。ホールケーキが先にあるとまずいと思って・・・。好き嫌いを聞いてなかったから、俺の独断と偏見だけど・・・。」


「えへへ・・・ありがとう。好き嫌い特にないから何でも食べるよ。」


芹沢くんは嬉しそうに受け取って冷蔵庫へ入れた。

ソファに座るよう促されて、グラスにジュースを注ぐ彼を見ながら尋ねる。


「お母さんは何時ごろ帰ってくるんだろう。あんまり長居すると申し訳ないからさ。」


「あ・・・母さんは今日夜勤だから、さっき仕事に行って・・・帰ってくるのは朝だと思う。」


「・・・へぇ・・・そっか。・・・夜勤だとちょっと寂しいね。結構多いの?」


「そうだね、わりと・・・。母さんICUの看護師だから。」


芹沢くんは少し誇らしげに言ってグラスを持った。


「そうなんだ!・・・そっかぁ・・・それは確かに大変そうだし忙しいだろうな。」


彼は飲み物を差し出して隣に座ると、一口飲んでグラスに口をつける俺をチラリと見た。


「あの・・・円香くん、良かったら夕飯食べてってね。」


「・・・そうだね、じゃあせっかくだからご馳走になろうかな。」


そう言うと芹沢くんはパッと笑顔になって、照れくさそうにして嬉しさを堪えるように、ニコニコしたまま俯いた。

誕生日に一人っきりってのも可哀想だ。呼んでくれたのは一緒にいたいからだろうし、家族が誰一人いない家に残して帰るのは忍びなかった。


「ふ・・・そんなに嬉しい?」


思わず頭をそっと撫でると、芹沢くんはチラっと俺に目を合わせるものの、少し顔を赤らめつつはにかんだ。


「うん・・・・。だって・・・自分の誕生日に、円香くんを独り占めしてるんだと思うと嬉しくて。」


そう言われてふと、数か月前の自分の誕生日を思い出した。


「きっと・・・円香くんとデート出来ることも貴重だし・・・。だって、同じ大学に通ってるわけでもないのに・・・たまたま知り合えたのもすごいし・・・きっと円香くんを好きな人は周りにたくさんいるはずだから・・・その人達より、俺の方が二人っきりの時間があって、特別なのかなって思うと・・・嬉しくて・・・」


3月28日は、誕生日を覚えていてくれた咲夜たちは祝ってくれたけど、一緒に住んでいた沙奈は、結局別れを告げるまで思い出してさえくれなかった。


「そういう優越感に勝手に浸っちゃってた・・・。」


一緒に居られるということが、もうそれだけで特別なはずなのに、大切な人との時間の貴重さを、感じられていなかったのは俺も同じで・・・


「そうだよなぁ・・・」


「・・・え?」


「俺もさ・・・特別だと思ってたんだ、誕生日って・・・。芹沢くん、事前に聞いてなかったからプレゼントはさすがに用意出来なかったからさ、何か一つだったら頼みを聞くよ。買ってほしいものがあったら教えてほしいし。」


「え・・・いやそんな・・・お世話になってるのは俺の方だし・・・。それに俺、円香くんの誕生日まだ知らない・・・。」


「3月28日だよ。」


「え!もう終わってる・・・」


子犬のようにしゅんとする芹沢くんは、ふわふわな黒髪の頭に可愛い耳でも生えてる気がした。


「お返しとかそういうの考えなくていいからさ。だって友達でしょ?喜ばせてあげたいなぁって思ってプレゼントを考えるのも、楽しみの一つじゃんか。今回はそれが出来なかったけど・・・出来れば喜んでもらえるものを何か渡したいからさ。」


芹沢くんは可愛いまん丸な瞳を向けて、じっと俺を見つめ返した。


「だって・・・もういっぱい貰ってるから・・・。一緒に居てくれるだけでプレゼントだし・・・きっとこれ以上何か望んだら罰当たるもん。」


「・・・ふふ・・・あれだな?芹沢くんは物欲ない子か?」


「・・・わかんない・・・。物は思いつかないから・・・円香くんと一緒にいれる時間がほしい。」


真っすぐな目でそんなことを言われて、途端に胸の内は苦しくなった。

痛みを覚えて表情に出てしまったんだろう、芹沢くんはハッとした顔をして、戸惑うように視線を泳がせた。


「あ・・・あの、ごめんなさい、贅沢なこと言って・・・。」


「ううん・・・ごめん・・・ちょっと色々思い出しちゃって。ダメだなぁ・・・芹沢くんの誕生日なのに、感傷に浸っちゃったや・・・。」


自分が傷ついて受けてきた寂しい時間を、次々に思い出してしまいそうで、振り払うようにまたジュースを飲んだ。

すると芹沢くんは俺の片手を握って言った。


「円香くんの話聞きたい・・・」


「・・・ダメ~。」


「どうして?」


「今日は芹沢くんの誕生日だから。俺の愚痴とか懺悔なんて、またの機会でいいんだよ。しょうもないんだから・・・」


そう言うと彼は、ゴクリと喉を鳴らしてぎゅっと唇を結んだ。


「あ・・・・・・あの・・・・」


「ん~?」


握られた手を握り返すと、芹沢くんは座りなおすようにお尻を寄せて近づいた。


「・・・・プレゼントというか・・・頼みというか・・・・それの代わりで・・・・・・す・・・したい」


「ん?何?」


「キスしたい・・・」


思わず時が停まったかのように二人とも黙った。


「キスかぁ・・・」


提案したときに想定しなかったわけじゃないけど、彼なりに踏み出した一歩なのかもしれない。

芹沢くんは目を合わせるのが恥ずかしいのか、手を握ったまま視線を逸らしていた。


「・・・友達だと思ってるからさ、キスは・・・出来ないかなぁ。将来的にお付き合いしましょうって考えてるならまだしもさ、そんな軽いノリでしちゃったら・・・後々芹沢くんが傷つくでしょ?」


彼は少し悲しそうな目で俺を見上げて、また視線を落とした。


「・・・円香くんはどこまでも優しいね・・・」


「・・・だって無為に傷つけたくないんだよ・・・。誰に対してもそうだから、結局偽善者なのかもね。女の子はね、俺みたいなんじゃなくて、ちょっと強引で悪い男の方が好きなんだけどね。」


おどけて言うと、芹沢くんは何か悔しそうに眉をしかめた。


「そういう人は・・・・円香くんの良さがわかんない人達だもん。一生わからなくていいよ。俺はわかるもん・・・。円香くんを好きになってきた人は、皆わかってるよ。偽善者なんかじゃないよ。」


芹沢くんがそこまでハッキリ言うことが少し意外だったけど、握った手の指を少しずつ大事に絡めた。


「ありがとう。」


「円香くんは・・・相手がどう思うかとか、傷つかないかなとか、思いやってるから優しいんでしょ?自分のための優しさじゃないし・・・愛情深い人だと思うから・・・。」


振り返りそうになっていた苦々しい過去が、彼の言葉で浄化されていく気がした。


「ふ・・・芹沢くん、あからさまに俺のこと口説いてるねぇ。」


「・・・そ・・・思ったこと言っただけで・・・」


「そうだよね・・・。」


「でも・・・そういうのが口説くことになるなら、俺はいっぱい円香くんの良いところ見つけて、大事に出来る一番になる・・・。」


あ~どうしよう・・・今度は尊くて胸が痛い・・・


握っていた手を解いて、そっと彼を抱きしめた。


「ありがと。・・・あのさ、ほっぺにキスでもいい・・・?」


「ふぇ!!あ・・・うぇ・・・あ・・・う・・・・ひゃい・・・・」


「はは!狼狽えすぎ・・・」


まぁこれくらいならいい範囲だよな、と思いながら、そっと白い頬にキスを落とした。

小刻みに震える芹沢くんは、耳まで真っ赤にして隠れるように俺に抱き着いた。


「・・・大好き・・・。」


この子を傷つけたくないなぁ・・・


大事に大事に頭を撫でた。

その後夕飯を食べて、ケーキを食べて、テレビで放送していた洋画を二人で鑑賞した。

感想を語り合いながらジュースを飲みお菓子を食べて、気付けば22時すぎだったので、そろそろ帰るねと立ち上がった。

芹沢くんは昨日貸した俺の服や下着を、丁寧にしまった紙袋を渡してくれた。


「円香くん・・・今日はありがとう、一緒に居てくれて。」


「いいえ、どういたしまして。俺も楽しかったよ。」


芹沢くんは照れくさそうにニコニコしながら言った。


「今までで・・・一番幸せな誕生日だったかも・・・」


「・・・そう?ならよかった。」


「あ、あの・・・おうちまで送っていく。」


「ダメ~。未成年はこんな時間に外出ちゃいけません。」


玄関で靴を履きながら言うと、彼は口をへの字にして文句言いたげな表情をした。


「ふ・・・かわい・・・。いい子だからお風呂入って早く寝るんだよ。」


「・・・円香くんいっつも最後子ども扱いする・・・。」


「まぁ・・・。芹沢くんだって5つも年下の小学生相手にすることになったら、子ども扱いしちゃうでしょ?」


「そ!それは小学生だから!俺はもう高校生だし・・・。」


「まぁそうだね、ごめんごめん。かと言って大人扱いも出来ないしなぁ。・・・前も言ってたけど、何年か経ってさ、芹沢くんが俺くらいの年になったら、カッコよくなってドキドキさせてよ。」


「・・・今の俺だと出来ないの?」


女性ほどの身長しかない彼は、悔しそうに俺を見上げて言った。


「そんなことないよ。・・・・あ~好きだなぁって思っちゃったらそう言うよ、もちろん。」


「うん・・・。ありがとう。気を付けて帰ってね。」


彼はまた愛おしそうに目を細めて、小さく手を振って見送ってくれた。



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