第34話
カフェテリアを後にしながら、翔はまだ飼い犬のように咲夜の後ろをついて言った。
「何で咲夜は遊んでくれないんだ!」
翔の隣を歩きながら見ていると、何だか尻尾でも生えてるように思えてくる。
「その日は小夜香ちゃんの誕生日なの!プレゼントとか誕生会の準備もあるし、忙しいんだってば。何も無理やり理由つけて断ろうとなんてしてないよ。俺だって特別予定がなけりゃ遊ぶよ。」
翔はワンワン遊んでほしくて吠えては、宥められて「くぅん」と引き下がって強請るような目を向けて、しょうがなく相手が妥協すると嬉しそうにはしゃいで喜ぶ、その三段活用で約束を取り付ける。
西田 「そういやさ・・・咲夜が一人暮らししてるうちって、誰か遊びに行ったことあんの?」
思い立って尋ねると、二人とも振り返って翔はパッと咲夜の顔を再度見上げた。
「いや、特別誰かを呼んだことは・・・。まぁ小夜香ちゃん以外だと、薫くらいかな。」
そう言われて佐伯さんの話を思い出した。
彼女は片思いしていた相手の薫くんとやらが、咲夜と知り合いだと言っていた。
すると翔が思い出したように言う。
「あ~、もしかして・・・カフェテリアで一回咲夜と一緒にいるの見かけた子かな?小柄で・・・可愛い顔した男の子でしょ?」
「・・・ああ、そうだね。」
「へ~・・・なに、咲夜の元カレ?」
翔の軽率な質問に、さすがの咲夜も不快そうな顔色を浮かべた。
「何言ってんの・・・。違うよ。高校の時の部活の後輩。」
階段を上りながら咲夜はため息をつく。
「ふえ~?でもさ~」
「翔、もういいじゃん。あんまり根掘り葉掘り他人の過去を聞くもんじゃないよ。」
俺が止めると、翔もさすがに少しイラついている咲夜の雰囲気を感じたのか、その後は黙って教室まで足を運んだ。
そして結局その日から数日後、了承を得られたと咲夜から連絡がきて、あれよあれよと予定が決まって、8月上旬にプール付き別荘に4人で行くことになった。
2か月以上ある長い休みだし、毎年ほとんどバイトばっかりだけど、たまには予定が詰まってる休暇もいいのかもしれないなぁ。と思うことにした・・・。
帰り道は、セミがつんざくような音色を頭上から奏でている。
うだるような熱に浮かされて、駅から自宅までの道のりをゆっくり歩き出す。
かつて芹沢くんと出会った場所である公園の隣を通ると、ベンチに腰かけていた制服姿の少年が見えた。
「あれ・・・」
俺が気付くと、同時に向こうもパッと立ち上がって俺の元へ走ってきた。
「円香くん!」
「あ・・・芹沢くん、おつかれ~」
額から流れる汗を拭うと、彼はニッコリ嬉しそうに笑みを見せた。
「えへへ・・・おかえりなさい。」
可愛い笑顔に思わず胸がぎゅっと締まる。
「・・・ただいま。何?どうしたの?もしかして、俺のこと待ってた・・・?」
冗談交じりに尋ねると、芹沢くんは口をつぐんで恥ずかしそうに頷いた。
「・・・も~・・・いちいちそんな可愛い反応されたらどうしていいかわかんないな・・・。」
「・・・円香くんあの、さっきコンビニで凍ってる飲み物買ったから、良かったら飲んで。もう溶けてきて飲みやすくなってきたし。」
「え、いいの?」
「うん。」
差し出されたペットボトルを受け取って、傾きだしてきた太陽を仰ぐようにぐびっと飲んだ。
「ありがとう。ところで・・・なんか用事あった?」
ペットボトルを返すと、芹沢くんはまたもじもじしながら言った。
「えと・・・・特に・・・・・あの・・・別に用事はないんだけど・・・。わざわざ何時頃帰る?とか聞くのは変だし・・・俺は時間があるから、もし待ってて会えたら最高だなぁって思って・・・」
「・・・・え・・・こんな暑い中、いつ帰って来るかもわかんないのに待ってたってこと?」
俺がそう言うと、彼は怯えたような顔をしてパッと顔を上げた。
「ご、ごめんなさい!あ、ああの別にストーカーしようとかそんなことはなくて!ただ単に会いたくて・・・もしかしたら会えるかなって・・・思っただけで・・・変な企みは何もなくて・・・ごめんなさい、気持ち悪いよね・・・。」
慌てながら汗を流して、握りしめた手を震わせながら、芹沢くんはまた俯いた。
その頭にポンと触れてみると、真っ黒な髪の毛はめちゃくちゃに暑かった。
「・・・ふぅ・・・。おいで、ここで話してても暑いでしょ。」
「・・・・はい・・・」
歩いて数分の自宅に彼を連れ帰ると、まだ仕事中で両親は帰っていない。
とりあえずエアコンが効いたリビングに芹沢くんを招き入れた。
「自室のエアコンつけてくるから、とりあえずここにいてね。飲み物は持ってる?」
「あ・・・はい、水筒のお茶あります。」
叱られるのだとばかりに緊張した彼は、敬語に戻ってしまっていた。
2階へ上がって、部屋のエアコンのスイッチを入れる。
不安定な天気を繰り返す度に、最近ますます暑さが厳しくなってきた。
西日が差し込む夕方は、まるでサウナのようだ。
「あっつ・・・汗ヤバイ・・・」
部屋の中でこんなに暑いんだ。炎天下で影もない場所で、じっと待つのがどれほどのことか想像に容易い。
俺は適当に箪笥からTシャツと半パン、パンツを取り出した。
「芹沢く~ん」
俺がリビングに戻ると、彼はビク!っと体を強張らせて振り返った。
「・・・ふ・・・別に取って食おうってんじゃないんだからさ・・・怯えなくて大丈夫だよ。とりあえずさ、汗かいただろうし、服一式貸すから、シャワー浴びておいでよ。」
「え・・・・でも・・・・」
涼しい場所にいても、さっきまで熱されてた体に、次々と汗が伝う感触がした。
「・・・一緒に入りたい?」
じれったくて適当なことを言うと、芹沢くんは固まって次第に赤面した。
大人しくダイニングテーブルの椅子に座る彼に、そっと近づいて着替えを置く。
「冗談だよ。遠慮しないで入ってきな。俺もその後に入りたいからさ。」
芹沢くんは小声で「はい」と言って着替えを持った。
お風呂に案内してタオルを置いて、また一人リビングに戻って、置きっぱなしにされていた水筒を手に取った。
軽い・・・中身はほとんど空だ。
飲み物がほぼないのに、俺にあげるためのペットボトルを開けずに待ってたんだ。
その後入れ替わりで俺もシャワーを浴びて、冷たい飲み物を淹れて二人で自室へと入った。
しっかりエアコンも効いて、当の芹沢くんも特に体調の変化はなさそうだった。
「ソファ座って。」
「・・・はい。」
「あのさ、さすがにちょっと怒ってるからしっかり聞いてね。」
「はい・・・・」
「親みたいに説教したいわけじゃないけどさ・・・。何時から待ってたのかわかんないけど、たぶん学校が終わってからそのまま待ってたんだろうし、日中一番気温が上がる時間帯なんだよ。影もない炎天下で、熱中症になってぶっ倒れたらどうするつもりだった?」
彼は「あれ?」という顔をしてから、またバツが悪そうに視線を泳がせる。
「この時期は暑くなり始めた頃でまだ体が慣れてないし、大丈夫だろうと思っても脱水症状になりやすいんだよ。実際俺、中学生の時熱中症になって運ばれたことあるし・・・。あんなクソ暑い公園で・・・制服のまま・・・日傘も持たずに・・・」
「ごめんなさい・・・・。」
「うん、反省して。もし芹沢くんが倒れて、そのまましばらく誰にも見つけてもらえなかったら、どうなってたかわかんないよ。・・・待っててくれるのは別に構わないよ。でもその場合はちゃんと連絡すること。待つにしても涼しいところで待つこと。飲み物は自分の分も買うこと!わかった?」
「・・・はい・・・わかりました。」
芹沢くんは俯いたまま涙声になって、次第に鼻水をすすりはじめた。
「ごめんね?ちょっと厳しく言ったかもしれないけど、命に関わることだから肝に銘じててほしい。ほら・・・拭いて。」
ティッシュを差し出すと、彼は静かに涙を拭いて鼻をかんだ。
「ごべんなざい・・・。円香くんに・・・こんな心配かけて・・・子供みたいな自分が情けなくて・・・・ごめ・・なさい。気を付けます・・・・。嫌いにならないで・・・」
小さな体が震えて、握りしめた白い手にまたポタポタと涙が落ちた。
「も~・・・。心配だっただけなんだよ、大丈夫だから。」
可哀想になってきて抱きしめると、小さな手がおずおずと抱きしめ返した。
「てかさ・・・子供みたいって・・・芹沢くん15歳だし子供だよね。」
「・・・うん・・・。でもあの・・・明日で16歳・・・」
「・・・え!嘘!」
抱きしめた腕を解くと、彼も驚いて見つめ返した。
「言ってくれりゃあなんか考えたのに~・・・。」
彼はぐしゃぐしゃになった顔を堪えるようにして、安心したようにニコリと笑った。




