第33話
大学生の夏休みは、学部によって始まる日が違うらしい。
ちなみに俺は中高生らと変わらず、だいたい7月20日から開始する。
まだまだ7月は始まったばかりで、蒸し暑い日々に体が少しずつ慣れ始めていた頃、少し久しぶりにいつもの4人で学食を食べていた。
「なぁ咲夜ぁあぁ、旅行は8月末だけどさ、夏休み始まるくらいに一緒に釣りでも行こうよ~。」
翔は相変わらず腰が重い咲夜に、懲りずアタックしていた。
「・・・翔は彼女とイチャイチャデート沢山すればいいじゃん。俺は小夜香ちゃんとの予定をたくさんいれたいの。」
あっさり振られて苦笑いを浮かべる彼は、甘えるような目を俺に向ける。
「・・・なに?」
「おい、そこの彼女なしのイケメン!海かプール行こ!」
「・・・ええ?男二人で?」
「まさか!!んなわけねぇじゃん!美羽と~・・・佐伯さんも誘おう!んで4人でどう?」
翔の隣で食べ終わった桐谷は、立ち上がって盆を返しに行った。
「・・・桐谷は誘ってあげないの?」
何気なく尋ねると、翔は少し黙ってからまたいつもの調子で言った。
「桐谷が海とかプール誘ってくるわけねぇじゃん・・・それくらい俺だってわかるよ。」
「はは・・・まぁそっすね。」
4人でこんな夏の予定を話すのも3度目だ。
何回か同じような話はしているし、彼がそもそも暑い中外出すること自体嫌うことは、周知の事実だった。
咲夜はもう自分のターンは終わったとでも言いたげに、スマホを眺めて涼しい顔をしている。
「な~行こ~~?女の子も一緒に行くっていうのが最高じゃん?」
「・・・彼女と二人で行けよ。」
「何でさ!西田は!・・・・・佐伯さんの水着姿みたいだろ・・・?」
小声でコッソリ言う翔は、いったい何を期待しているのかわかるようでわからない。
「・・・・見たいとは思ってないかな・・・・」
「うっそだぁあぁ!」
「あのねぇ・・・そういうのは画面の向こうで見るくらいでいいんだよ。」
俺が頬杖をついて投げやりに言うと、翔はニヤっと口元を上げる。
「え、西田・・・水着美女のAV好きなの?」
「そんな話してない!そうじゃなくて・・・テレビとかでさ、この時期は水着の芸能人くらい見れるじゃん。そういうのは『わ~目の保養だなぁ』って思って見るくらいがいいんだよ。でも知り合いと一緒に行くっていうのはさぁ・・・・やだよ。」
「何でさ!」
「何でって・・・わかるでしょ・・・。例えば翔は水着姿の椎名さんと一緒に遊んで、ちょっとした瞬間にムラっとこないの?」
翔はポカンとした後、想像するように視線を泳がせて、口元に手を当てた。
「ん~・・・俺付き合ってる彼女と泳ぎに行くとかしたことねぇから考えてなかったなぁ・・・。普通にムラムラするかも。」
「そうでしょ・・・。目の保養ではあるけど、生殺しなわけよ男からしたら・・・。俺はヤダね。付き合ってもない女性の水着姿でムラムラすんのは・・・。そういう目で見られるのは向こうも不快だろうしさ、楽しむ目的だけにしよう!って切り替えても、どうしてもエロい目で見ちゃうよ・・・こちとら溜まってますから・・・。」
どうせ全部説明しないと延々と食い下がってくる翔なので、吐き捨てるように正直に打ち明けた。
「ふ~~ん。そうかぁ、西田も健全な大学生だもんなぁ。」
「そうだよ~・・・。てことだから俺はパス。」
「でもさ、向こうが一緒に行くことを了承したら全然ありじゃね?」
「・・・どういうこと?」
「だからさ、西田も来るよってちゃんと佐伯さんに説明して、全然いいよ~って言ったらさ、西田に水着姿見られてもいいってことじゃん。いいってことはさ、そういう目で見られても気にしないって意味か、むしろ見てほしいって思ってるかのどっちかじゃん?女の子は本当に嫌だと思ってたら、そんなあられもない姿を、好きじゃない男に見せたくないよ。集団で行くならまだしもさ、友達含めた4人ってなりゃ、自然と西田と真正面から話すことになるのは明らかじゃん。それでもいいって言うなら、むしろ一緒に遊びに行きたいっていう意思だと思う。」
翔の言い分に思わずため息をついた。
「・・・・ちゃんと説得力ある話すんなよぉ・・・。」
「ま、それでさ?佐伯さんに話持ちかけて、『え~・・・・二人はカップルだからいいけど・・・私西田くんの前で水着とかちょっと~・・・』って思うならさ、佐伯さんはやんわり断ってくれるよ。嫌なことはしっかり嫌って言える子じゃん。」
「それはそれで断ってきたら俺が地味に傷つく結果になるっていうの予想ついたよね?」
「うへへ・・・♪」
「うへへ、じゃないよ!!」
すると俺らのやり取りを聞いていた咲夜が口を挟んだ。
「ま~俺も西田の言い分わかるな~。俺も去年小夜香ちゃんと付き合ってはいるけど、エッチはまだしてないって時に、別荘に行って海水浴したけどさ~・・・やっぱ水着姿って破壊力すごいもんなぁ・・・。一目見ただけで、あ、ヤリたい。って脳が判断すんもん。」
翔 「そうかもだけどさ~。それはお前らがオスとして性欲強いだけじゃねぇの?」
どう言い返そうか一瞬考えていると、咲夜がガタっと席を立った。
「よ~しわかった、そんなこと言うなら椎名さんに聞いてこよっか?翔はお泊りに行ったら一晩にどれくらい求めてくる?って。」
「聞かなくていいし!!セクハラだろ!!」
ニコニコと歩き出そうとする咲夜に、翔はガシ~っとしがみついて止めた。
周りからの視線を感じる中、少し離れたテーブルで、椎名さんと佐伯さんが不思議そうにこちらを見ていた。
必死に咲夜を元の位置に座らせた翔は、息を切らしながら同じく席についた。
「さぁ翔正直に言ってみなよ。一晩に何回くらいすんの?」
咲夜意外とこういうことで怒るんだな・・・。
「うぐぅぅ・・・べ、別に!多くて3回だもん!!」
西田 「大きい声で言うことじゃないぞ、翔・・・」
咲夜 「ホントかなぁ・・・・。その翌朝ヤってんじゃないの?」
咲夜が言及すると、翔はピタっと動きを止めて、図星だったのか若干顔を赤らめた。
「うううるさいなぁ!咲夜だっていっぱいするくせに!」
西田 「・・・か、翔・・・ちょっとお前らが付き合ってるみたいな言い方に聞こえるから・・・」
周りの目を気にして止めに入ると、咲夜は苦笑いを落とした。
「健康的な男子大学生なんて皆同じだよ翔。俺らが特別じゃないよ~。」
西田 「・・・何気にずっと俺も性欲強いカテゴリに入ってるんだな・・・」
観念した様子でジュースに口をつける翔は、ふぅと一息ついた。
というか今気づいたけど、桐谷は荷物を持っていってしまっているので、そのまま帰ったなあいつ・・・
「まぁいいや!・・・なぁなぁ咲夜、さっき別荘に行ったって言ってたけど、それって高津家の別荘ってこと?」
「ん?ああ・・・そうだよ?」
「今年もそういうの行くの?」
「いや・・・行かないかな。兄貴夫婦とか使用人も含めて去年は行ったけど、姪っ子産まれたばっかりだしね・・・。小夜香ちゃんと二人っきりで寛ぐには広すぎるしなぁ。」
「ほ~ん・・・」
翔はまた何か企んでいるのか黙って視線を落とした。
隣の咲夜をチラっと伺うと、心中を見透かすような目で翔を見据えていた。
咲夜 「・・・なに?翔も行きたかったの?」
「ん?ん~・・・そりゃ滅多に行けるとこじゃないならどこでも行ってみたいけどさ、楽しそうだし海水浴出来るとこのコテージとか借りて、4人で遊びに行く方が楽しいかなぁとか・・・」
「え?さっきの話まだ進めようとしてる?」
驚いて尋ねると、翔は子犬のような目で俺を見返す。
「いいじゃん・・・せっかくの夏休みなんだしさ・・・社会人になったらそんなん無理だぞ?」
「無理ってことはないだろうけど・・・。ホント思い立ったら突っ走るんだから・・・」
エンジン全開の翔を言いくるめることにもう疲れてきたので、諦めてスマホを眺めた。
「・・・嫌がってる西田を連れて行けるプレゼンが翔に出来んの?」
咲夜が煽るように言うと、翔はまたパッと笑顔を見せて言った。
「なぁなぁ咲夜、お前んちの別荘でさ、プールがついてるとことかで、安く借りられるとこない?」
斜め上の提案がきて、俺も咲夜も呆気にとられた。
「ぷ・・・えっと・・・まぁなくはないんじゃないかな・・・。伊豆とか那須とか・・・鎌倉とか、軽井沢とかに別荘あるけど・・・海水浴出来たプライベートビーチがあったのが軽井沢のとこだったな・・・。プールがついてて泊まれる別荘ってことだよね。」
「うん!そういうちょっとお金持ちになれる気分なとこにさ~泊まってみたいな~って夢あんだよね!」
咲夜はさすがに黙って少し考える間を取った。
「美咲と晶に聞いてみたらわかるけど、予算は決まってるの?」
翔は事前に椎名さんと相談していた予算を提示して、寝泊まりできるところと、プールが付いていればいいと嬉しそうに言った。
咲夜は何故か協力的で、そのままお兄さんである美咲さんに頼めないかメッセージを送信したようだった。
「咲夜・・・気のいい美咲さんが貸してくれたとしてもさ・・・いいのか?高津家の土地軽々と・・・」
俺が心配になって聞くと、咲夜は何でもない様子で言った。
「さぁ・・・?別にいいんじゃないかな。どうせ余ってて使ってない別荘地なんて山ほどあるだろうし。せっかく使うなら友達に貸してあげたいよ。それにだいたい残す別荘と売りに出す別荘は分けてあるから、俺らに残してもらう方だったら、俺がどう使おうが勝手だしね。」
「・・・だったら咲夜たちも一緒に行ったらいいんじゃ・・・。そうだよ!俺と佐伯さんじゃなくて、持ち主である咲夜と小夜香さんカップル連れてったらいいじゃん翔。」
「・・・まぁ・・・でも・・・」
翔は何故か渋った様子で、けどその理由はハッキリとは明言しない。
「・・・俺はお前らの旅行以外は身内の仕事を手伝うバイトが入ってるよ。小夜香ちゃんとの予定は二人っきりがいいし、兄貴夫婦との予定もあるから・・・なかなか合わせるのは難しいかな。」
西田 「えぇ・・・」
小さい子供のようにまた駄々をこねそうな翔の表情を見て、咲夜は静かに言った。
「西田、さっき言ってた行きたくない理由は確かにわかるけど、別にその・・・佐伯さんが一緒なことが嫌なわけじゃないんでしょ?」
「え・・・まぁ・・・。でも向こうは嫌かもしんないよ。」
煮え切らない俺を見かねて、翔はばっと立ち上がった。
「じゃ今聞いてくるから!」
そう言って少し離れたテーブルに向かい、食事を終えた二人の側に座って翔はニコニコ話を進めていた。
「西田あのさ・・・」
「ん?」
「・・・誰かを好きになること、しんどいなぁって思ってる?」
咲夜の本心を一瞬で探ろうとする質問が、俺の胸に突き刺さった。
「急に距離が縮まって、流されるみたいに付き合うことになるのが嫌なんでしょ?」
「・・・・そうだよ・・・。」
「ふ・・・じゃあとことん自分の気持ちを疑えばいいよ。惹かれるなぁって思ったとしても、もっともっと気の済むまで吟味したらいいよ。色んな話をしたらいいよ。翔は何か仲良くなってもらおうと急かしてるのかもしんないけどさ、お前がこういう気持ちなんだって素直に言ったら、ちゃんと理解してくれる奴だよ。」
「うん・・・。」
こっそりそう二人で話し終えると、翔はパタパタとまた戻ってきた。
「佐伯さん行きたいってさ!あんまり大人数だとヤダけど、4人でだったら楽しそうって言ってくれてたよ。」
翔の屈託ない可愛い笑顔を見ると、もうその一押しで絆されてしまう。
「わかったよ・・・。行くよ。」
「やったー!」
咲夜は俺の隣でクスクス笑っていた。




