第31話
暑くなった外を少し歩いて、やがて涼しい空気に包まれるショッピングモールに到着すると、俺も芹沢くんも約ひと月後に夏休みを控えていることもあって、自然と話題は休暇の話になった。
「円香くんは、夏休み友達とどっか行く?」
「ん~・・・ほぼバイトの予定だけど、今のところはえ~っと・・・そうだ、ゼミの友達4人で祭りに行こうとか話してたかな。」
「そうなんだ・・・・。」
「芹沢くんは?」
目的の服屋に向かうために、エスカレーターの流れに乗って問いかけると、彼は丸い瞳をキョロキョロ動かした。
「ん~と・・・7月中に宿題を終わらせてみたいって言ってた友達がいて・・・図書館で一緒に宿題しようって話をしてたくらいで・・・出かける予定はまだ・・・」
「そっかそっか。それはそれでいいね。涼しくて広い図書館とかでやると何となく捗るし・・・。」
階数を上がっていくにつれて、季節ものの服や水着が並んでいるのが見えてくる。
目的地を目指して二人で歩きながらいると、芹沢くんはレディース服の売り場を何となく眺めて言った。
「・・・円香くん」
そっと服の端を掴まれる。
「ん?」
「円香くんは・・・ああいう可愛いワンピースとか、可愛い水着着た女の子好き?」
至って真面目な表情で尋ねる芹沢くんは、相変わらず少し恥ずかしそうに俺の瞳を覗き込む。
「・・・えっと・・・。まぁ・・・そうだね・・・好きかも。」
「・・・そっかぁ・・・」
芹沢くんは悲しそうに目を伏せて、またチラリとマネキンが着たワンピースを眺めた。
「・・・レディース見てみる?」
「・・・え?」
「今日は芹沢くんの買い物に付き合う日だしさ、見たい物全部見ようよ。」
俺がそう言うと、芹沢くんは口をぎゅっと結んで頷いた。
レディースの店内へ入る前に、やっぱり気になるのか正面に飾られていたワンピースやスカートを眺めて、目を輝かせていた。
「円香くん・・・こっちとこっちだったらどっちが好き?」
「え?俺が好きな方にするの?」
「うん・・・。」
青とピンクのワンピースを手に取って見せられて、自分のセンスを信じていない俺は迷いに迷った。
「え~~?ん~~~・・・え~っと・・・・・芹沢くんあの・・・・店員さんに一回聞くのはどう・・・?」
「・・・でも・・・円香くんが好きなのは?」
「ん~・・・俺的には青い方かな?でもどっちも試着するっていう手があるし・・・」
その時店員さんが気を利かせて現れて、試着室へと案内してくれた。
あ~・・・桐谷が居てくれたらアドバイス的確だろうになぁ・・・・
桐谷はファッション情報に明るい上に、生け花上級者だから、その人に合う合わないの色合いも当然わかるだろうな。
今度一緒に出掛けて、ちょっとはファッションのこと教えてもらおう・・・。
静かに近くで待っていると、着替え終わった芹沢くんがそっと顔を出した。
「どしたぁ?」
「えと・・・着れた・・・」
「サイズ大丈夫?」
「うん・・・レディースだけどMで着れた・・・。」
「そっか、見せてよ。」
恐る恐るカーテンを引く芹沢くんは、俯いて顔を赤らめながら現れた。
足がほとんど隠れたロング丈のワンピースだけど、細身で華奢な彼は、ホントに女性と遜色なく着こなせているように見えた。
「あ~いいじゃん。ピンクの方も着る?青いのめっちゃ似合ってる気がするけど。」
俺がそう言うと、芹沢くんが何か発する前に店員さんがさっと現れた。
「いかがですか~?え、めっちゃ素敵です!お似合いになってますよ~。」
芹沢くんは少し不安そうに女性店員さんを見て呟いた。
「あ、あの・・・・俺男なんですけど・・・・大丈夫・・・ですか?」
「え、全然いいですよ~?最近は男の子でもスカート買う方いますし~、男性に売っちゃダメなんて規定ないですから。」
店員さんの明るい笑顔にほっとした様子の彼は、ピンクの方も気になっているけど、自分に似合う色がわからないとアドバイスを求めた。
「ん~・・・お客様色白ですし~ぶっちゃけどっちも似合うと思うんですよねぇ。彼氏さん的にはどう思います?」
「えっ・・・」
「あ!あ!あの!か、彼氏じゃないです・・・えっと・・・」
俺がポカンとしていると芹沢くんは慌てて否定して、その様子が可愛くて店員さんはホッコリしたように微笑んだ。
「俺的には青が好きだよ?」
口を挟むと、芹沢くんは観念したようにまた赤面して顔を伏せた。
「えと・・・・じゃあこっち買います。」
「ありがとうございます~!」
お会計を済ませて、芹沢くんはまだドキドキした様子で渡された紙袋を大事に持った。
「あ、ああの・・・ホントに変だと思ってない?」
「何が?」
「えと・・・俺・・・前からその・・・女の子の格好したくて・・・女の子のっていうか、レディース服が好きで・・・化粧とかはしたことないんだけど・・・」
「そうなんだ。いいじゃん、着たいと思うもの着れる方が。ホントに似合ってたよ?」
「あ、ありがとう・・・・よかった・・・。」
安心した笑みを見せた芹沢くんは、今度はカフェのソフトクリームに目を奪われていたので、二人で休憩がてら買って食べることにした。
店外のテーブルでゆっくり腰を据えて食べ始めると、芹沢くんも一口味わってから言った。
「円香くんは夏休み毎年バイト多いの?」
「あ~・・・ん~まぁそうかなぁ。去年は彼女と同棲してたから、稼げるときに稼いでちょっとは生活費の足しにと思って・・・。でもあんまりデート出来なかったんだよね~。向こうは社会人だからお盆休みくらいで、実家にも顔出さなきゃって帰っちゃってたし・・・。あ、そうだ、忘れてたけど、いつもつるんでる友達と4人でさ、夏休みは小旅行行く予定あるんだよ。」
「そうなんだ、いいね。」
「うん、来年は4回生だし、インターンとか卒論とか就活で皆忙しくなっちゃうからさ。」
「そう・・・だよね・・・。」
「芹沢くんは夏休みまだまだ何回もあるからさ、いっぱい色々予定立てられるね。」
芹沢くんはそっと一口アイスを食べて、少し考え込んだ。
「円香くん・・・あの、前の彼女さんとお別れしたのは・・・その・・・どういう理由でとか聞いてもいい?」
「ん?あ~・・・何だろ、一言で言うとすれ違いかな。向こうが仕事熱心でめっちゃ忙しい人でさ、俺も気を遣い過ぎるし、生活面支えてくれてることもあって自分の気持ち上手く言い出せなくて、別に相手はすごくいい人なんだけどね、こういう付き合い方続くのは嫌だなぁって俺が思っちゃったから、別れようって言ったんだ。」
「そうなんだ・・・。」
「まぁでも・・・好きで好きでたまらないっていう気持ちがあり続けてたらさ、どういう生活形態だろうと一緒にいたいって思うだろうから、仕事がどうのとか関係ないんだよ。ただ・・・色んなちょっとしたことの積み重ねで、気持ちが冷めちゃった感じかな。」
芹沢くんはじっと俺の話を聞きながら、また静かに口を開いた。
「円香くんは・・・好きになる相手の共通点って、何かを一生懸命頑張ってる人・・・だったりする?」
そう指摘されて、沙奈や桐谷のことを思い返した。
「ん~・・・確かにそうかも?リスペクト出来る人間性とか・・・そういう部分に感動すると惹かれるのは事実かもなぁ・・・。後・・・最近友達と話しててやっぱそうなのかなぁって自覚したのはさ・・・その・・・美人な子とか、美形な人にちょっとキュンときやすいかもなぁって・・・。」
「・・・それは・・・面食いってこと?」
可愛く小首を傾げる芹沢くんが、今日一可愛かった。
「うん・・・たぶん。というかあれなんだよぉ・・・なんていうかなぁ・・・その人のふっと気持ちが緩んだ時の笑顔っていうか、キラキラした笑顔とか、優しい顔に弱いんだよ~。」
テーブルに突っ伏しながら言うと、ソフトクリームの上部を食べ終わったコーン部分を持ちながら、芹沢くんはクスクス笑った。
「そうなんだぁ・・・。そっか・・・。俺・・・何にも得意なこととか、一生懸命頑張ってることとかなくて・・・部活もやってないし・・・。色んな事が未経験で、円香くんに好かれる要素ないかも・・・。」
「好かれる要素・・・・・。芹沢くん可愛いじゃん。」
「あ・・・りがとう・・・」
芹沢くんに対しても、佐伯さんに対しても、会話していて可愛いなと思う部分は多い。
でもなんというか・・・恋愛をしているっていうトキメキを求めていないし、そういう曖昧な気持ちですらない気がした。
「・・・前話した友達とちょっと付き合ってる関係でさ・・・俺は思いのほか本気で好きになっちゃって・・・でもそれを終わらせたくてバッチリ振られたんだよね。それが一区切りついたせいか、今誰かとお付き合いしたいとか、誰かを好きになりたいっていう気持ちが薄いかも・・・。」
「・・・そうなんだ。」
芹沢くんはじっと俺を見つめて、また決心したように口を開く。
「それでもいい。俺は円香くんと、これからいっぱい仲良くなりたいから。親友だって思ってくれるところまで、いっぱい話聞いていっぱい色々出かけたりしたい。・・・何年かかっても・・・何年かかかったら、俺もその時は大人だし。・・・円香くんに好きになってもらえる魅力的な男になってみせるし・・・。」
先の長くなる話をしながら、それでも芹沢くんの気持ちは十分伝わってきた。
「はは・・・ありがと。色んな事話せる友達が多いってのは嬉しいからさ、普通にありがたいなぁ。」
たったひと月ちょっとの付き合いで、桐谷に心を奪われて振られて・・・
1年半も付き合って将来を考えながら、一緒に住んでいても沙奈とは別れて・・・
ちょっとのことで終わることもあれば、長く時間をかけて始まることもあるかもしれない。
自分がこうあればこうなる、なんて正確な答えを持っていなくて、俺も芹沢くんも、相手のことを少しずつ知ろうとしながら歩み寄ってる。
今はこういう形が心地いいと思えるから、きっとこれでいいんだろうな。