第30話
週末の土曜日、芹沢くんとデートの日がきた。
佐伯さんとのデートの時もそうだけど、俺はあんまり特別着飾ろうと気合を入れたりしない方だ。
というのもそもそも、自分にファッションセンスがあるのかどうかわからないし、桐谷のようにファッション雑誌を見てトレンドを・・・なんて読み込む趣味もなければ、さして興味も湧かない。
何となく友達と出かけた時に買ったり、何となくネットサーフィンついでに気になった物を購入したりする程度だ。
「あ、芹沢くん、お待たせ~。」
その日は待ち合わせ場所の駅前で、先に待っていた彼を見つけたので声をかけた。
「あ・・・!・・・ま・・・円香くん、こんにちは・・・。」
パッと笑顔を向けた後に、一生懸命俺の顔を見つめて名前を呼ぶ彼は、一緒に出掛けるのは二度目なのにガチガチに緊張していた。
「ふふ・・・そんな緊張する?」
そう言うと芹沢くんは若干頬を赤らめて、キョロキョロと視線を泳がせた。
「だ・・・だって・・・円香くんが・・・・・」
「・・・・?なに?」
「何着ててもカッコイイから・・・」
「またまた~、そんな気ぃ遣わなくていいって~。俺全然ファッション興味ないから適当なもん着てるし。買い物には付き合えるけど、アドバイスは期待しないでね?」
そう言って歩き出すと、芹沢くんは慌てて俺の隣に駆け寄った。
並んで歩いてると、俺的には兄弟で出かけてる感覚が強いけど、芹沢くんにとっては頑張って色々考えてきたデートなんだろうなぁ。
切符売り場で二人分購入して片方を渡すと、案の定芹沢くんは遠慮してお金を払おうとしたけど、何となくあまりお金を使わせたくなくて、適当に話を逸らしてなだめた。
エスカレーターや電車に乗り込む時、譲るように彼を先に誘導していると、芹沢くんは車内で窓に寄っかかりながら、俺をじっと眺めた。
「なに~?」
前みたいに離れた彼が痴漢に遭わないように、芹沢くんを隠すように立っていた。
「いえ・・・・・・・。なんかまだ二人で出かけるの緊張しちゃって・・・」
「・・・・ふ・・・まぁ・・・芹沢くん高校生だし、誰かとお付き合いした経験ないなら、デートは毎回緊張するもんだろうね。別にそれは悪いことじゃないよ。」
「はい・・・・」
規則正しい電車の走行音と、心地のいい揺れを感じながら、時々よろけそうになる芹沢くんの肩に手を置いて支えていた。
彼は時々チラチラと上目遣いで俺の顔を見て、目が合う度に恥ずかしそうに照れている。
少しも日焼けした様子のない白くて細い首筋が、男くささを感じさせない小さくて可愛らしい顔立ちが、見れば見る程「何でこの子が俺を好きになるんだろう・・・」と疑問ばかり湧いてくる。
響き渡るアナウンスと共に電車の扉が開くと、ドッと人がたくさん押し寄せるように乗り込んできて、芹沢くんを扉の角に寄せて、追い詰めるように人を避けた。
「ごめんね、次で降りるし・・・ちょっと我慢してて。」
彼はコクリと頷いて、密着しているからかさすがに目を合わせようとはしなかった。
身長差がありすぎて、まるで芹沢くんを追い詰めていじめてるみたいだな・・・。
申し訳なく思いながら、わずかに見える窓の外を眺めると、近くにいた女子高生数名とこちらを見ていることに気付き、チラっと視線を送ると、途端にニコニコしながらコソコソ内緒話をしているのが見えた。
やがて目的の駅に到着して車内から降りると、芹沢くんは「ふぅ」と息をついた。
どやどやと戸口から人が吐き出されていく流れに巻き込まれないように、目的の出口へとゆっくり歩き出す。
「芹沢くん大丈夫?ちょっと休む?」
俺が屈んで顔色を伺うと、彼はシャキっと背筋を伸ばして言った。
「大丈夫です。これでもそこそこ体力はある方なので。」
「ふふ・・・そう?」
人並みの流れが速くて、俺は何気なく彼の手を取った。
「一番近い出口こっちだね。」
階段を上がって、はたと飲み物を買っていなかったのを思い出してコンビニに寄った。
水のペットボトルを買って、店の前で待つ芹沢くんの元へ戻ると、俺と同じ年頃の男性に声をかけられていた。
ん・・・?
「お待たせ。・・・どした?」
「え・・・あ・・・えっと・・・」
男 「え?彼氏?え~デート中だった?」
西田 「・・・そうだけど、何か?」
男は適当に言い訳を述べてさっさと消えて行った。
そして大量に待ち合わせしている改札前で、また違う人に声をかけに行っている。
「もしかしてナンパされてた?」
俺が心配になって尋ねると、芹沢くんは申し訳なさそうに眉を下げて俯いた。
「ご、ごめんなさい・・・」
「・・・?なんで謝るの??」
「いあ・・・えと・・・俺小さいし、こういう皆が遊びに行くところの待ち合わせ場所にいると、いっつも男の人に声かけられて・・・男だって言ってるんだけど、オロオロしてるからあんまり話聞いてもらえなくて・・・。一回怖そうな人に無理やり連れて行かれそうになったことあって・・・合流した友達が助けてくれたんだけど・・・お前めんどくさいって言われちゃって・・・。」
「あ~・・・そうなんだ・・・。俺は思わないよ?それにまぁ・・・ここ渋谷だし、誰でも適当にナンパする人いるからさ、しょうがないよ。芹沢くんは特に悪くないから。」
切り替えるようにまた彼の手を取ると、そっと握り返す力が返ってくる。
女の子のように小さくて少し冷たい手は、自分の自信の無さを理解しながら、頑張って勇気を出そうとしている手だ。
「俺はさぁ・・・」
「え?はい・・・」
「芹沢くんと違って、好きな人に対して勇気を出すの苦手なんだよね。いや、芹沢くんも得意なわけじゃないと思うけど・・・俺はいっつも肝心な時に気ぃ遣っちゃったり、考えすぎて一歩を踏み出せなかったり、大事なことを言えなかったりして失敗してきたんだ。」
何を言うのが正しかったのか、いつ伝えればよかったのか、そんなことを後々考えては、未練を引きずるパターンなのが俺だ。
芹沢くんの歩幅に合わせながら、また思いふけるように言った。
「自分がモテることくらい自覚してるよ?でもそれはさ・・・愛想がいいとか、顔がいいとか、表面上で過大評価されるからで、自分が何か特別なわけじゃないんだよね。だってこういう見た目に産まれたのは、俺の努力じゃなくて遺伝子だしさ・・・。芹沢くんだって、これから成長して大きくなる過程であって、今小柄なのは芹沢くんのせいじゃないでしょ?せめて堂々としてろよ!っていう性格とか性質の問題ならさ、言い分としてはわからなくもないけど、正論がいつだって相手に必要なわけじゃないし、余計なお世話な時もあるじゃん。」
「うん・・・」
「自分を傷つけるだけの意見だったとしたらさ、言い返していいんだよ。もしくは関わらなくていいんだよ。本当に大事にしたい友達なんだったら、俺に好きだって言った時みたいに、自分の気持ちをぶつけてみればいいよ。」
駅構内から出てギラギラした日差しを受けると、思わず汗が滲んでくる。
芹沢くんは大きく深呼吸して、安心したような笑みを向けた。
「ありがとう円香くん。」
少し自信を取り戻したような表情に、俺もつられて笑みを返した。