第3話
「俺はホント・・・いい友達持ったわ・・・」
もぐもぐと咀嚼しながら、桐谷とチョロス的な甘い何かを食べていた。
「なんか・・・思ってた味じゃねぇな・・・。」
「そう?俺はそれなりに好きだな・・・」
「西田は拘りが少ない方か?」
「あ~・・・そうかも。これはこれでよくない?シナモンの香り強めだけど、紅茶に合いそうだなぁ。」
「オシャレな解釈しやがって・・・。そういうとこだぞ。」
ゴクリと飲み込んで、脇に置いていた別で買ったアイスコーヒーを飲んだ。
「何がだよ」
桐谷はがぶっと残りを頬張って、食べ終わってからまた口を開いた。
「これはこれでいいところがあるしなって・・・自分が本当に必要だと感じてることを、お前は無意識に後回しにしてんだよ。」
彼女と別れたばかりの俺には、あまりにもグサリと刺さる言葉だった。
「改めないと、これからもお前は必要な相手を探すんじゃなく、必要としてくれる相手に合わせる羽目になるぞ。」
「・・・はぁ・・・時々・・・桐谷の達観したアドバイスがこえぇわ・・・。」
桐谷はさっと立ち上がって歩き出したので、俺も飲み物を手に取って後を追った。
人込みに辟易しながらも、俺をここへ連れ出してくれた優しさは確かにあるんだけど・・・
「お前は友達相手なら自然に接してるように見えるのにな。」
「あ~・・・んじゃあれかな・・・友達くらい気軽に気兼ねなく、自然な自分で居させてくれるような・・・そういう相手がいいってことかな。」
「そうなんじゃねぇか?」
「・・・んでもさ・・・友達だと思って接してた子とかにさ・・・急に好きだから付き合ってほしいって言われたことあるけど・・・何かその時点で気遣いスイッチ入っちゃうんだよなぁ。」
桐谷はちらっと俺の顔を見て、歩幅を合わせるようにゆっくりの速度で歩き始めた。
やがて地下に潜る階段を降りて、最寄り駅へと向かう。
「西田の親はどんな人だ?」
「え・・・普通だよ?父さんも母さんも会社員。」
「職業は聞いてない。どんな人だ?どういう家庭環境だった?」
「え?ん~・・・若干母さんは行儀に厳しい人だったけど、二人とも真面目でそこそこ仲はいい感じだし、俺に対しても世話焼きな普通の親だよ。」
「・・・そうか。」
「ふふ・・・なんで?」
俺が聞き返したけど、右に立っていると桐谷の表情が良く見えないので、立ち入りを入れ替わった。
「わかんねぇのか?お前をカウンセリングしてんだ俺は。」
「はは!そうかそうか。家庭環境悪いかどうかの確認だったんか。マジでふっつーだよ。でもそういう愛情ある普通の家庭に生まれてホント良かったわ。」
桐谷はまた俺を片目でじっと見て、ふいっと前を向いて歩く。
「西田はもっと・・・自分自身の根底にある望みとか、考えて実行した方がいいんじゃねぇかな。」
「根底にある望み・・・ねぇ」
「来年はもう就活だし、色々動けるのは今年までだろ。」
「ふ~ん・・・。桐谷ってさ、こういう職業に就きたいとか、何になりたいとかハッキリ決まってる?」
「ん~・・・・具体的に言うなれば・・・ファーストフード系の商品企画的な仕事がいい。」
「へぇ!そうなんだ!あれか・・・甘え物好きだからか・・・」
「まぁな・・・。」
色んな店が立ち並ぶ賑やかな地下街で、あれこれ眺めながら考えた。
「・・・俺はさぁ・・・ないんだよねぇ・・・。職種も夢も・・・特に希望がさ・・・。もちろんボーッと過ごしてきたわけじゃねぇから、こういう系が向いてるだろうなぁっていうのは、何となくわかってるから調べたりはするんだけど。これだ!って重点置いて見てるものがないからか、無難に就職しちゃうだろうなぁって・・・」
好みがハッキリしていないのかもしれなかった。
行列が出来ているケーキ屋さんも、静かな佇まいでポップが並ぶ本屋さんも、カラフルな野菜が美味しそうなスーパーも、しいて言うなら全部興味があるにはある。
「ま、お前基本オールラウンダーな感じあるもんな。」
「はは・・・そうかも?」
いつも早足で歩く桐谷が、まったり俺に歩幅を合わせて歩くスニーカーを何となく眺める。
「ただハッキリした意志があるとしたら・・・しばらく恋愛したくないなぁってことくらいかな。」
「ふ・・・切実・・・。」
「・・・まぁ、真面目にやりたいこと考えながら残りの2年間過ごそうかなぁ。・・・根底にある望みってのは、もしかしたらあったけどわかんなくなったのかもしんないし・・・卒業までに見つけられるようにするわ。なんかありがとな、色々と。」
改めて礼を言うと、桐谷は前を向いて歩いたまま何か別のことを考えているのか、ボーっとしていた。
視線の先を追うと、いい匂いを漂わせているシュークリーム屋が見えた。
同時に大人数の若者集団が歩いてくるのが見えて、店に目を奪われている桐谷の肩を掴んだ。
本人はそれを気にすることなく、尚も店を凝視していたので、彼らにぶつからないように誘導しながら歩いた。
するとすれ違った集団の中の女性が、声を抑えているんだろうけどあまり抑えられていない声量で話が聞こえた。
「えっ!見た?見た!?めっちゃイケメン二人くっついて歩いてた!やば!え、カップルかな!?」
聞こえてるってぇ・・・
そっと桐谷の肩を離して声をかけた。
「そんなに気になるなら買って帰るか?」
「おう。」
桐谷は短く返事をして、少し並んでいた客の最後尾に一緒に立った。
すると桐谷は、ニヤニヤしつつ俺を見てポケットに手を突っ込んだ。
「・・・なに?」
「カップルだって・・・。付き合う?俺ら。」
「・・・・・え・・・・は!?何言ってんの!」
桐谷は堪えるように口元に手を当ててくつくつ笑う。
「ちょ~変な冗談やめろってぇ。友達にそういうこと言われんの一番心臓に悪いわ!」
「・・・俺は好きだぞ西田のことは。」
桐谷は何の調子の変化もなく言葉を続ける。
「だから・・・お前の言い方は冗談か本気かわかんないから・・・」
「そうか。別に俺もわかって言ってないな。咲夜が言ってたぞ。友情と愛情は紙一重だって。」
「・・・思い出したわ、お前言ってたよな?男色の気はないって。もうそういう冗談やめて。」
後ろ髪をかきながら言うと、桐谷は淡々と財布を取り出して6個入りのシュークリームを注文した。
「買い過ぎじゃね・・・?」
俺が小声で漏らしたけど桐谷は無視して会計を済ませた。
俺の記憶が正しければ桐谷は一人暮らしだ。
さすがに注意しようかどうか迷って駅の改札くらいまで来ると、桐谷はまたぶっきらぼうに問いかけた。
「何で西田は「そういう冗談」をやめてほしいんだ?」
改札口を抜けて、気だるそうに髪の毛をかき上げる桐谷の、薄青い右目がチラっと見えた。
「・・・何でって・・・ちょっとでも冗談で言ってなかったら、いい加減な答えで傷つけちゃうじゃんか。俺は別に同性愛に偏見はないし、そこに差別も区別も特にしてないからさ。」
「いいや、人間は心の内でちゃんと区別はしてる。子供を残せるか、残せないかっていう圧倒的な違いがあるからだ。後、日本では婚姻が認められてないっていうのもあるし。俺が西田に聞きたいのは、そういうお前の気遣い前提の答えじゃなくて、本心とか本音だよ。建前なしの。」
階段を降りてホームに降り立って、人もまばらな生臭い空気の中、少し曇った空が見える。
「・・・本音かぁ・・・。」
桐谷をチラリと見ると、髪の毛に隠れた右目さえもじっと逸らさず見つめられてる気がした。
「じゃあさ・・・語弊は多少生まれるかもしれないし、桐谷がどう感じるかとか考えないで言っていいの?」
「ああ、いいよ。」
俺は一つ息をついて肺を大きく膨らませるように吸い込んだ。
「桐谷も咲夜も翔もそうだけど、俺にとってはさ・・・きっと恋人と大差ないくらい大事な存在なんだ。だから・・・その友達に付き合う?とか言われたらさ、え・・・俺のことそういう風に見てくれてたのか?って・・・ちょっとはさ、嬉しくなんの。男だろうと女だろうと、俺は人から好かれるのが嬉しいよ。ただタイプじゃない人と、友達関係であった時に告白されるとショックだけど・・・。桐谷のさっきのは告白とは違うだろ?そういう風に俺が見たとしたらお前はどうする?っていう質問だったと思うからさ・・・。んで・・・俺はお前のこと大事な友達だし好きだからさ、そんな風に言われたら悩んじゃうし・・・やめてほしいなって思ったんだよ・・・。んなわけねぇだろ?冗談だよって言われたら、逆に俺が傷つくんだから。」
正直につらつらと言葉を並べると、何だか自分勝手で自己嫌悪もついてきたけど、桐谷は黙って聞いていた。
「ふぅん・・・なるほどな。確かに咲夜の言う通り、お前にとって紙一重なんだな。」
「ふ・・・そうだろうね。もちろんそんな試すような言い方する桐谷に、そんな気は毛頭ないことは理解してるよ。お前は恋愛に無関心だし、恋人を望んでないだろうから。」
からかわれているわけではないし、桐谷は俺の本心を引き出したかっただけだろうけど、何だか振られたようなショックを覚えてしまった。
「・・・それはなにか?お前は興味ないから大丈夫だろって、自分が悩まないために俺の気持ちを制限したいのか?」
「え・・・」
特に変わりない口調で言われて真顔で見つめるもんだから、確かにそういう言い方に思えるし、そういう気持ちがなかったとは言えない。
「ごめん・・・自己防衛な言い方だったとは思うわ・・・。」
すると桐谷はふっと口元を緩めた。
「・・・こういう会話で追いつめられると、すぐ謝れる西田はすごいな。俺はのらりくらりかわそうとするし、咲夜はどうあっても口で勝とうと裏をかいてくるからな。」
「ふふ・・・そうだね。じゃあ翔は?」
「あいつは何でそんなこと言うんだよ~って子供っぽく噛みついてくるだろうな。」
「はは!確かに・・。まぁそういうところが可愛いけどあいつ・・・。」
まだ電車がやってくるには数分の猶予があって、俺は桐谷にも質問をしてみることにした。
「なぁ・・・桐谷は何で恋愛とか恋人を作ることに興味ないの?」
「さぁ・・・?味わったことがないからじゃないか?恋に悩むことも、恋人と甘い時間を過ごすことも、脳へ与える興奮材料だろ?それを味わったことあるなら、またしたいなぁって思うものかもしれねぇけど。俺はないから。未経験のことにそこまで踏み出して興味はないな。」
「はぁ・・・そうか・・・。興奮材料かぁ・・・。」
桐谷の感性や考え方は自分にないもので、話してるとやっぱり面白いと感じてしまう。
「そういや・・・こないだ講義室で声かけられてたけど、あの女の子とはなんかあったん?」
「いや・・・翔に付き合って行った飲み会にいた女子で、その後家まで送って行ったら泊ってって言われて、雨まで降り出したから仕方なく泊まった。」
「おおん?ほう・・・へぇ・・・」
桐谷はニヤつく俺をじろりと見た。
「言っとくけどヤってねぇぞ。」
「あはは・・そうなんだ。」
そのうち電車が目の前に到着して仲良く乗り込んで、席は空いていたけど、座らずに同じようにドアに寄っかかって立つ桐谷を見て、やっぱり何となく気は合うんだよなぁと思った。