第29話
佐伯さんとデートを終えた俺は、送り届けるためにしばらく一緒に歩いて、彼女が住むマンションの前に着いて言った。
「じゃ、また機会があったら遊びに行こ。」
「・・・・うん。ありがとう送ってくれて。」
何故か佐伯さんは少し元気を失くした様子で視線を落とす。
「・・・どうかした?」
彼女はぎゅっと両手を組んで握りしめて、不安そうにして呟いた。
「あの・・・変なこと言ってるように聞こえるかもしれないんだけど・・・その、玄関の前まで来てくれない?」
申し訳なさそうに俺を見上げる彼女は困った様子で、決して部屋に誘おうとしてる女性のそれじゃない。
「いいけど・・・」
「ありがとう・・・。」
佐伯さんはぎこちなく笑ってゆっくり歩き出した。
俺も後に続いてマンションの入り口に向かいながらいると、彼女は訳を話し始めた。
「・・・こないだ話したストーカー被害のことなんだけどね?あの時・・・バイト先から帰ってきて、いつも通り普通に自宅の鍵を開けて部屋に入ろうとしたの・・・そしたらなんか・・・人がいる気配がして、わずかに物音がして・・・怖くなってね?気のせいかなって思っても、なんか家に入る勇気が湧かなくて・・・電話がかかってきたフリしてまた外に出たの。そしたらやっぱり家の中から物音がして、慌ててエレベーターに向かいながらお父さんに連絡したの・・・。」
佐伯さんはわずかに指先を震わせながらエレベーターのボタンを押した。
「そうなんだ・・・」
「・・・一人で家に入るの怖くなっちゃって・・・。実家に戻った方がいいって言われたんだけど、大学から結構遠いし・・・。いっぱい心配かけちゃったんだけど、お父さんのツテでここに住めるようにしてもらったの。」
佐伯さんは逃げるように自宅を去ったその後、警察官であるお父さんが到着するまで、近所のコンビニで怯えながら待っていたらしい。
特に犯人を目撃することはなく、後々かけつけたお父さんと、別の警官が彼女の自宅で息をひそめていた男を逮捕したのだとか。
不幸中の幸いか、彼女は危害を加えられることなく事件は解決したみたいだけど、それでも家に入るのが怖いというのは、十分トラウマを生んでしまったのだろう。
厳重警備のエントランスがあっても、侵入出来そうにない高層階に住んでいても、玄関のドアを開けると、「誰かいるんじゃ・・・」と身構えてしまうらしい。
「西田くん、ありがとう。ごめんね・・・関係ないのに・・・」
ドアの前まで来て彼女は振り返りながら鍵を回した。
「いいよ、別にこれくらい。」
佐伯さんはそっとドアを開けて、自動でついた玄関の明かりの向こうを眺めてから息をついた。
怖かったろうな・・・
実際もしその時何も気に留めず、そのまま部屋に入ってしまっていたら、佐伯さんはどうなってたかわからない。
西田 「ホントに・・・」
「・・・え?」
「本当に何もなければそれでいいし、大丈夫な時もあるんだろうけど、やっぱり女性の一人暮らしは危ないこともあるだろうからさ、さっきも言ったけど何かおかしいなと思うことがあったら、お父さんでも友達でもすぐに相談するんだよ。」
「・・・うん、ありがとう。」
佐伯さんは少し無理して笑顔を作って、俺に手を振ってゆっくり部屋に入った。
それから大学で佐伯さんとたまに顔を合わせると、前より親し気に会話してくれるようになった。
そこそこ親しいな、と思う人はゼミの知り合いでもたくさんいるけど、飲み会や合コンの誘いを大概断ってしまっているので、だいたい絡むメンツは決まってるようなもんだった。
翔の恋人で佐伯さんとも親友ということで、椎名さんも前より話すようになった。
そんな或る日、桐谷と咲夜がお昼時に大学にいなかったこともあり、4人でカフェテリアのテーブルを囲んでいた。
「な~な~西田~~。」
ドライカレーを掬って口に運ぶ翔が、徐に俺に声をかけた。
「ん~?」
「西田ってさ~特技なに?って聞かれたらなんて答える?」
隣に座っていた佐伯さんは、向かいに座る椎名さんと何となく小声で会話しながらも、俺と翔の話を少しずつ聞いてくれていた。
「特技ぃ・・・」
俺は以前佐伯さんとデート中に話したことを思い出していた。
自分にはさして優れた技術はなくて、そこまでハマっている得意なことはない。
あったとしてももう辞めてしまってるとか・・・そんな調子だ。
頬杖をついて、食べ終わった皿の隣にあるお茶を煽る。
「昔だったら・・・スノボって答えてたかなぁ。今はなんだろ・・・料理?」
「うぇ!?スノボ!?初耳!」
「そう?前もなんか話した気がするけど・・・。でもあれだよな、ウインタースポーツって機会を逃すと全然やらなくなるし・・・」
「え、冬休みになったら行こうよ。俺車出すし。」
フッ軽な翔は二言目にはそう言った。
「え~いいなぁ私も行きたい。」
椎名さんが続いて答えると、翔も嬉しそうに笑顔になって言った。
「じゃ決まりな!佐伯さんはどう?ウインタースポーツとか興味ある?」
大人しく話を聞いていた彼女は、突如話を振られて少し慌てていた。
「え、あ~・・・ん~、スノボはやったことないかなぁ・・・。あ、でも小学生の時、学校の行事とかお父さんと一緒にとかで、スケートとかはやったことあるね。」
「いいね!スケート!スケートも4人で行かない?」
目をキラキラさせて椎名さんが提案すると、翔も便乗するように言った。
「俺もスケートはちょっとやったことある!スノボはないけど、だいじょぶ!西田が手取り足取り教えてくれるよな!?」
「え・・・ん~・・・」
どうしたもんかな・・・
3人から期待の眼差しを受けて、遊びに行くのはまだしも、今更滑れるのかどうか定かじゃない。
「あんま期待しないでよ?行くのはいいけど・・・滑ってたの中学生の時とかだから。」
「やったぁ!西田は咲夜より腰重くないから助かるわ!佐伯さん、未経験でも西田が手取り足取り教えてくれるから!」
「え、うん。頑張るね。」
若干セクハラ発言な気がするけど、特に佐伯さんは気にしてない様子だからいっか・・・。
「まだ夏休みも始まってないってのに・・・気が早いんだから翔は・・・」
スマホを眺めながら言うと、また椎名さんが持ちかけるように提案した。
「じゃあさ・・・来月末に4人でお祭り行かない?リサ、初詣行こうとしてたあそこの神社、今年もお祭りあるよね?」
「ああ、うん、やるんじゃないかな。」
西田 「ん?どこの神社?」
椎名 「大学から歩いて行ける距離にあるよ。こっから20分?くらいかな。そこまで広くない神社なんだけど、屋台の食べ物も美味しくて、ちょっと高台に上ったら、遠くの方でやってるお祭りの花火とかも見えたりするんだぁ。」
「へぇ・・・」
翔 「行く!」
翔が元気よく答えると、椎名さんも佐伯さんもニッコリ可愛い弟を見るような目で見た。
「俺はバイトのシフト次第かな。」
椎名 「じゃあまた日程連絡するね。」
俺が頷くと、翔はまた唐突に言った。
「そういや西田、今週末空いてる?」
「え、何だよ急に・・・」
すると翔は軽くため息をついて、スマホを取り出した。
「合コン誘われて・・・俺はもう行かないって言ってんだけど、代打で西田がいいって。」
気乗りしない誘いが来てしまった・・・。
「俺もパス。週末は予定あるし、合コン行く気分にはたぶん当分ならない。」
「マジか~。わかった断っとく。」
「ん・・・。」
「・・・ちなみに週末バイトなの?」
「バイトもだし、出かける予定も入ってる。」
何気なく口にすると、翔はさらに話に食いついた。
「え、デート?」
芹沢くんとショッピングモールに出かけて服を見に行く予定なので、確かにデートだ。
「まぁそうだね。」
俺が同意すると、目の前にいた翔と椎名さんは同じポカンとした顔をして黙った。
「・・・え・・・なに?」
翔は少し問い詰めるような目をして口を尖らせる。
「ほ~~?誰と~~?」
「えぇ?誰でもいいじゃん。どうしたのさ・・・」
二人は少し佐伯さんに目配せして、翔は気を取り直したように言った。
「俺ともたまにはデートしろよ!!」
よくわからん悪態の付き方に、俺は困惑するしかなかった。