表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/63

第29話

佐伯さんとデートを終えた俺は、送り届けるためにしばらく一緒に歩いて、彼女が住むマンションの前に着いて言った。


「じゃ、また機会があったら遊びに行こ。」


「・・・・うん。ありがとう送ってくれて。」


何故か佐伯さんは少し元気を失くした様子で視線を落とす。


「・・・どうかした?」


彼女はぎゅっと両手を組んで握りしめて、不安そうにして呟いた。


「あの・・・変なこと言ってるように聞こえるかもしれないんだけど・・・その、玄関の前まで来てくれない?」


申し訳なさそうに俺を見上げる彼女は困った様子で、決して部屋に誘おうとしてる女性のそれじゃない。


「いいけど・・・」


「ありがとう・・・。」


佐伯さんはぎこちなく笑ってゆっくり歩き出した。

俺も後に続いてマンションの入り口に向かいながらいると、彼女は訳を話し始めた。


「・・・こないだ話したストーカー被害のことなんだけどね?あの時・・・バイト先から帰ってきて、いつも通り普通に自宅の鍵を開けて部屋に入ろうとしたの・・・そしたらなんか・・・人がいる気配がして、わずかに物音がして・・・怖くなってね?気のせいかなって思っても、なんか家に入る勇気が湧かなくて・・・電話がかかってきたフリしてまた外に出たの。そしたらやっぱり家の中から物音がして、慌ててエレベーターに向かいながらお父さんに連絡したの・・・。」


佐伯さんはわずかに指先を震わせながらエレベーターのボタンを押した。


「そうなんだ・・・」


「・・・一人で家に入るの怖くなっちゃって・・・。実家に戻った方がいいって言われたんだけど、大学から結構遠いし・・・。いっぱい心配かけちゃったんだけど、お父さんのツテでここに住めるようにしてもらったの。」


佐伯さんは逃げるように自宅を去ったその後、警察官であるお父さんが到着するまで、近所のコンビニで怯えながら待っていたらしい。

特に犯人を目撃することはなく、後々かけつけたお父さんと、別の警官が彼女の自宅で息をひそめていた男を逮捕したのだとか。

不幸中の幸いか、彼女は危害を加えられることなく事件は解決したみたいだけど、それでも家に入るのが怖いというのは、十分トラウマを生んでしまったのだろう。

厳重警備のエントランスがあっても、侵入出来そうにない高層階に住んでいても、玄関のドアを開けると、「誰かいるんじゃ・・・」と身構えてしまうらしい。


「西田くん、ありがとう。ごめんね・・・関係ないのに・・・」


ドアの前まで来て彼女は振り返りながら鍵を回した。


「いいよ、別にこれくらい。」


佐伯さんはそっとドアを開けて、自動でついた玄関の明かりの向こうを眺めてから息をついた。


怖かったろうな・・・


実際もしその時何も気に留めず、そのまま部屋に入ってしまっていたら、佐伯さんはどうなってたかわからない。


西田 「ホントに・・・」


「・・・え?」


「本当に何もなければそれでいいし、大丈夫な時もあるんだろうけど、やっぱり女性の一人暮らしは危ないこともあるだろうからさ、さっきも言ったけど何かおかしいなと思うことがあったら、お父さんでも友達でもすぐに相談するんだよ。」


「・・・うん、ありがとう。」


佐伯さんは少し無理して笑顔を作って、俺に手を振ってゆっくり部屋に入った。


それから大学で佐伯さんとたまに顔を合わせると、前より親し気に会話してくれるようになった。

そこそこ親しいな、と思う人はゼミの知り合いでもたくさんいるけど、飲み会や合コンの誘いを大概断ってしまっているので、だいたい絡むメンツは決まってるようなもんだった。

翔の恋人で佐伯さんとも親友ということで、椎名さんも前より話すようになった。

そんな或る日、桐谷と咲夜がお昼時に大学にいなかったこともあり、4人でカフェテリアのテーブルを囲んでいた。


「な~な~西田~~。」


ドライカレーを掬って口に運ぶ翔が、徐に俺に声をかけた。


「ん~?」


「西田ってさ~特技なに?って聞かれたらなんて答える?」


隣に座っていた佐伯さんは、向かいに座る椎名さんと何となく小声で会話しながらも、俺と翔の話を少しずつ聞いてくれていた。


「特技ぃ・・・」


俺は以前佐伯さんとデート中に話したことを思い出していた。

自分にはさして優れた技術はなくて、そこまでハマっている得意なことはない。

あったとしてももう辞めてしまってるとか・・・そんな調子だ。

頬杖をついて、食べ終わった皿の隣にあるお茶を煽る。


「昔だったら・・・スノボって答えてたかなぁ。今はなんだろ・・・料理?」


「うぇ!?スノボ!?初耳!」


「そう?前もなんか話した気がするけど・・・。でもあれだよな、ウインタースポーツって機会を逃すと全然やらなくなるし・・・」


「え、冬休みになったら行こうよ。俺車出すし。」


フッ軽な翔は二言目にはそう言った。


「え~いいなぁ私も行きたい。」


椎名さんが続いて答えると、翔も嬉しそうに笑顔になって言った。


「じゃ決まりな!佐伯さんはどう?ウインタースポーツとか興味ある?」


大人しく話を聞いていた彼女は、突如話を振られて少し慌てていた。


「え、あ~・・・ん~、スノボはやったことないかなぁ・・・。あ、でも小学生の時、学校の行事とかお父さんと一緒にとかで、スケートとかはやったことあるね。」


「いいね!スケート!スケートも4人で行かない?」


目をキラキラさせて椎名さんが提案すると、翔も便乗するように言った。


「俺もスケートはちょっとやったことある!スノボはないけど、だいじょぶ!西田が手取り足取り教えてくれるよな!?」


「え・・・ん~・・・」


どうしたもんかな・・・


3人から期待の眼差しを受けて、遊びに行くのはまだしも、今更滑れるのかどうか定かじゃない。


「あんま期待しないでよ?行くのはいいけど・・・滑ってたの中学生の時とかだから。」


「やったぁ!西田は咲夜より腰重くないから助かるわ!佐伯さん、未経験でも西田が手取り足取り教えてくれるから!」


「え、うん。頑張るね。」


若干セクハラ発言な気がするけど、特に佐伯さんは気にしてない様子だからいっか・・・。


「まだ夏休みも始まってないってのに・・・気が早いんだから翔は・・・」


スマホを眺めながら言うと、また椎名さんが持ちかけるように提案した。


「じゃあさ・・・来月末に4人でお祭り行かない?リサ、初詣行こうとしてたあそこの神社、今年もお祭りあるよね?」


「ああ、うん、やるんじゃないかな。」


西田 「ん?どこの神社?」


椎名 「大学から歩いて行ける距離にあるよ。こっから20分?くらいかな。そこまで広くない神社なんだけど、屋台の食べ物も美味しくて、ちょっと高台に上ったら、遠くの方でやってるお祭りの花火とかも見えたりするんだぁ。」


「へぇ・・・」


翔 「行く!」


翔が元気よく答えると、椎名さんも佐伯さんもニッコリ可愛い弟を見るような目で見た。


「俺はバイトのシフト次第かな。」


椎名 「じゃあまた日程連絡するね。」


俺が頷くと、翔はまた唐突に言った。


「そういや西田、今週末空いてる?」


「え、何だよ急に・・・」


すると翔は軽くため息をついて、スマホを取り出した。


「合コン誘われて・・・俺はもう行かないって言ってんだけど、代打で西田がいいって。」


気乗りしない誘いが来てしまった・・・。


「俺もパス。週末は予定あるし、合コン行く気分にはたぶん当分ならない。」


「マジか~。わかった断っとく。」


「ん・・・。」


「・・・ちなみに週末バイトなの?」


「バイトもだし、出かける予定も入ってる。」


何気なく口にすると、翔はさらに話に食いついた。


「え、デート?」


芹沢くんとショッピングモールに出かけて服を見に行く予定なので、確かにデートだ。


「まぁそうだね。」


俺が同意すると、目の前にいた翔と椎名さんは同じポカンとした顔をして黙った。


「・・・え・・・なに?」


翔は少し問い詰めるような目をして口を尖らせる。


「ほ~~?誰と~~?」


「えぇ?誰でもいいじゃん。どうしたのさ・・・」


二人は少し佐伯さんに目配せして、翔は気を取り直したように言った。


「俺ともたまにはデートしろよ!!」


よくわからん悪態の付き方に、俺は困惑するしかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ