第28話
「西田くん知ってる?イタリア料理ってすごくドルチェが少ないの。」
デザートメニューを眺めながら佐伯さんはそう言った。
「ドルチェ?」
「デザートのこと。代表的なイタリアのドルチェと言えば、アフォガードとか、ティラミスがそうね。」
「へぇ・・・そうなんだ。」
「もちろん時代の流行に合わせて今はデザート増えてるだろうけど、元々はその二つくらいだったらしいの。ティラミスとかジェラートとかはまだしも、アフォガードはそんなに日本人が好んで食べるイメージないけど・・・ここはメニューとしてあるんだね。西田くん食べたことある?」
「いや・・・アフォガードはないなぁ。ティラミスとかジェラートは確かに外でよく売ってるもんね。・・・そういや・・・うちの店長が昔イタリアに修行に行ってたって言ってたから・・・もしかしたらわりと拘りあるのかもなぁ・・・。」
「そうなんだ!アフォガード頼んでみようかな♪」
佐伯さんは嬉しそうにしながら店員を呼んで注文した。
西田 「アフォガードってさ、アイスにコーヒーかけてるから・・・そもそも持ち歩きとかに向いてないから外で売ってないのかな。」
「そうだねぇ。・・・でも本場では紅茶とかリキュールをかける感じだけど・・・。」
「あ、そうなんだ。さすが詳しいね。」
「うふふ♪イタリア料理に関しては叩き込まれてるからね。ちなみに、アフォガードの意味は『溺れる』だよ。」
「へぇ!あ~確かに、アイスがコーヒーに溺れてる感じだもんね。」
佐伯さんはまた楽しそうにニッコリ微笑む。
可愛い笑顔がまたグサリと胸に刺さる気がした。
「・・・さっき話してたけどさ・・・俺も佐伯さんは髪色とかファッションとか・・・派手目でも似合ってたと思うな。明るくて目を引いたし、佐伯さんの周りは皆笑顔になってた気がするから。あ、別に今はそうじゃないとか否定してるわけじゃないからね。」
俺が付け加えて言うと、佐伯さんは気を遣わせまいとまた笑顔を見せてくれる。
「ふふ、そうだね・・・なんていうか・・・派手目な格好だったのは、その方が好きって付き合ってた人に言われて流された感じだったの。別に私も好きだったし、女子受けも男子受けもよかったからいいんだけど・・・。さっき話した大学に入ってから好きになった彼は、何となく私みたいに流されて自分を作る人じゃなかったし、綺麗な黒髪で読書が好きで・・・学部で一番の成績の子で・・・いわゆる優等生に見える子だった。その子の好き嫌いじゃなくてね?派手で目立つ私がデートしたりして、その子が周りから変な目で見られたりするんじゃないかなって、余計な心配をしてたの。もちろん私が今みたいな地味目な髪色にしても、それはそれで似合ってて素敵だって言ってくれたけど、内心どうして大人しめな格好をするようになったんだろうって思ってたと思う。」
だんだんと佐伯さんが好きだったその人のイメージが、俺の中で出来上がってくる。
「ホントはね・・・もっともっと仲良くなりたくて、並んでて恥ずかしくない自分になりたかったの。私の見た目がどうとか・・・そんなことを気にする子じゃないのに・・・。人の目ばっかり気にしちゃう方で・・・。」
「・・・そうかなぁ・・・?」
聞き返すような表情を向ける彼女に、何となく思っていたことを並べた。
「派手な格好でも、大人しめな格好でも、それは佐伯さんが好きだと思ってやったことでしょ?自分で選んで自分に似合うものを身に纏ってたわけじゃん。そりゃきっかけは誰かだったかもしれないけど、テーマを与えられて自分をデザインしたってことだし、家にあったぬいぐるみ見ても思ったけど、佐伯さんはちゃんと自己表現出来る芸術家だと思ったよ。料理だって芸術でしょ?きっと佐伯さんは他の何をやったとしても、自分が作りたいものを作れる人だよ。それって俺からしたら十分すごいことなんだよなぁ・・・。俺は料理はまだしも、自分で何かを一から手作りしたことなんてないしさ・・・拘り持った趣味なんてないし・・・。」
そう思えば思うほど、いかに自分に技術がないかわかる。
ある程度のことをこなすくらいは出来ても、自己表現なんて考えて来なかった。
「・・・ありがとう。西田くんはね、相手のいいところを見つけられる天才だよ。」
「ふ・・・え~・・・そうなんかな。」
アフォガードがテーブルに到着して、佐伯さんはスプーンを取った。
「皆自分自身が出来ることとか、いいところっていうのは、自覚しにくいのかもしれないね。西田くんはさ、好きになった相手とか、お付き合いした人に、何か決定的な落ち度や、悪い所があったとか思ってないんだよね?」
「そうだね。だって俺より優れた人たちだから。」
沙奈にしても桐谷にしても、何かに対して一生懸命でプロ意識がある人だった。
佐伯さんは一口美味しそうにアイスを食べて、またニッコリ微笑む。
「ふふ・・・素直にリスペクトを口に出来るって凄いことなんだよ?」
「・・・そうなのかな」
「そうだよ。皆誰でも自分が一番大切で、自分が一番可愛いもの。自分が優れてると思いたいし、自分を立ててくれる人には優しく出来るし、建前で控え目な態度を取っていたとしても、自分と誰かを比較してましだと思ってる。見下す相手を必要としたり、劣等感を隠すために誰かを貶めようとしたり、自分の悪い所を指摘されたら、激高して下の立場の人を犠牲にする政治家とかたくさんいるよ。」
「急な現実・・・」
「ふふふ、ごめんね変なこと言って・・・。」
口元を抑えて笑う彼女は、少し気恥ずかしそうな顔をした。
「だってねぇ?普段から私は思ってるのそういうこと・・・。世の中そういう人が多いから・・・。西田くんは間違いなく優しくていい人だよ。」
佐伯さんの中で、どうして俺の評価が高いのかはわからないけど、この子の欠点はやっぱり警戒心が薄いところだと思ってしまう。
「・・・確かにそう言われたらそうなのかもしれないね。でも誰かにとってそうでも、佐伯さんにとってはそうじゃなくなることもあるかもよ?」
「・・・というと?」
「・・・例えば俺が、今の今まで優しいフリをしてて、家でゆっくり話そうかぁって佐伯さんのうちへ行ってさ、なんやかんや言いくるめるようにして襲ったりしたら、それはもう良い人ではないじゃん。」
俺が言い切ると、彼女はまた考え込むように視線を泳がせた。
「ん~・・・そうなのかなぁ・・・。でも言いくるめられたならまだしも、私がハッキリしたくない!って西田くんに言ったとしたら、西田くんはそういうことしないと思うなぁ。」
「ま~た・・・。そんなだから警戒心ないって言ってんだよ・・・。」
思わず本音が漏れてため息をつくと、佐伯さんはまた鈴を転がすように笑う。
「わかってるよ、男の子だもんね?そういうことすることもあるよ!って警告してるんでしょ?だから言われた通り、二人っきりの部屋に呼んだりしないから。・・・前にも好きだった子に注意されたことあるしねぇ。」
「あんのかよ!じゃあこないだの時点で警戒するべきでしょ。俺結構ソワソワしてたよ?」
「ごめんなさい・・・。」
佐伯さんはまた怒られた小型犬のように、見えない耳が垂れたような可愛い表情をする。
「あ~・・・もう・・・別に叱ってるわけじゃないからさぁ・・・。ていうか個人的な話だけど、俺が誰かの誘いを受けても遊びに行ったりしないのはさ、欲に流されちゃいそうだからしないだけなんだよ。別にさしていい奴ではないよ俺は・・・」
「ふふ、そっかぁ。」
何故だか佐伯さんはまた楽しそうにしながら、アイスを口に運んだ。
「ていうか、佐伯さんが好きだった人の話はもうおしまい?」
デザートを食べ終えそうな彼女に聞くと、大事に残りのアイスをスプーンで集めて言った。
「ん~・・・とにかく素敵な人なの。」
「端折ったねぇ・・・。」
「んふふ・・・。私ね、ずっと男の人を見る目ないなぁって反省してたんだけど、その子に関しては人間としても男性としても素敵な人だった。」
「・・・ちょっと気になったんだけどさ、どうして佐伯さんはその人のこと『その子』って言うの?」
俺が指摘すると、彼女は意外そうな顔をして俺をじっと見た。
「あ~何でだろう・・・あ・・・なんていうかその、その子が男くさい感じじゃなくて、中性的な子だからかな。最初見た時一目惚れしてね?なんていうか・・・物語に出てくる王子様みたいな子で、西田くんみたいに背が高くてイケメン!って感じじゃないんだけど、細くて髪の毛サラサラで、可愛い顔をしてる子。」
「・・・へぇ、なるほど・・・。そういう雰囲気の人が、佐伯さんの好みどストライクなの?」
「ふふ、そうなのかも。好きになった人皆タイプ違う感じだったけど・・・その子に関してはなんていうか・・・ズキューン!ってね?ビビビ!っときたというか・・・青天の霹靂というか・・・。」
「え~そういうのホントにあるんだね。」
「ね!疑うよね!本当にあるかどうか。自分でもそんなことなかったからビックリしたもん。」
照れくさそうに恋バナをする佐伯さんは、少し幼い笑顔をしながら嬉しそうだ。
「薫くんは、きっとたぶん一生忘れられない人だと思う。叶わなかった恋だからっていうのもあるかもしれないけど・・・。」
薫・・・
俺はどこかで聞き覚えがある気がした名前を、どこで聞いたのか思い出そうとしても記憶を引き出せなかった。
佐伯さんは食べ終わったスプーンを器にそっと置いて、物思いにふけるような表情をしてから、苦笑いを向けた。
「あ~・・・何か話してたら会いたくなっちゃう。元気にしてるかなぁ・・・。」
「元気にしてるかどうかくらいは連絡して聞いたら?友達なんでしょ?」
「ん~振られてからは友達関係も無くなっちゃったし・・・特に話したいとは思ってないだろうし、私の自己満足に付き合わせたくないの。」
「切ないなぁ・・・」
「んふふ・・・振られて半年以上もまだ考えてるってヤバイよね・・・。」
「ん~・・・時間は特に関係ないんじゃないかな。好きなもんは好きじゃん。しょうがないよ。」
佐伯さんは無難な笑みを返してお手洗いに立った。
何となくしか知らなかった佐伯さんの人間性が、だんだんと浮き彫りになってきた。
彼女が戻る前に会計を済ませて、ついでに自分たちが食べた食器を厨房に返しておいた。
ゆっくり食べてはいたけど、まだ13時半。
「あ、おかえり。」
「お待たせ、お店出る?」
「うん、そうしよっか。」
本格的に外は暑い時間帯だ。直射日光が歩き出す気持ちを削いでくる。
「西田くん、ご馳走様。ありがとう、わざわざバイト先で・・・。」
「いいよ、こないだのお礼だしね。」
「ふふ・・・また皆で食べに来てね。・・・バイト先にそのままいる?」
佐伯さんはまた可愛く小首を傾げて俺を見上げた。
「ん~・・・さすがに何時間も暇つぶせる自信はないから。佐伯さんがどこか出かけたい所がなければ、一旦帰ろうかなって思って。」
「・・・そっかぁ・・・。」
一応デートではあるし、彼女の行先に付き合うつもりで来たけど、佐伯さんはどうにも気乗りしない様子だ。
「もう帰りたいなら家まで送るよ。俺は適当に近くで暇つぶすから。」
佐伯さんは少し迷うように視線を落としたけど、また俺を見上げて頷いた。