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第24話

何も考えずに起き上がって歩き出して、合鍵を握りしめて、電車に乗るために財布を持った。

桐谷が在宅かどうかもわからないのに。スマホを持たずに家を出た。


俺はどうしたいんだろう。


その一つだけが電車の中、自分の心の内に浮かび上がる。

桐谷は何も悪くないのに・・・

けど喉元にずっとつっかえているものが、次第に滲んでまた泣きそうだった。

どうしようもなくて、どうしたらいいのかもわからず、ただただ最寄り駅で降りて歩を進めた。

桐谷のうちに着くまでの道のりは、いつも心のどこかで浮かれて歩いていたんだ。

桐谷がいる場所に行けるのが嬉しかった。初めて訪れた時から。

それ程じゃないだろって、浮かれている自分を無意識に押し込めてた。

だって・・・今まで普通に友達だった男と付き合うとか突拍子もないし、元々女の子が好きだし、桐谷がいまいち何を考えているか予想もつかない奴だから。

どこか桐谷を警戒していたんだと思う。

けど彼は飄々としていて、咲夜程笑顔を見せる奴でもないのに、さらっと俺の心を動かすことをする。

的確な指摘をして、俺の悪い所を直せと言ってくる。

それと同時に、誰よりも俺の良いところもわかってくれていた。

咲夜や翔と天秤にかけるわけじゃない。二人も大事な友達であることは間違いないのに・・・

それでも俺は桐谷を特別扱いしていたんだ。

確かな理由は頭でわからないのに・・・


そのうち桐谷の部屋の前に着いて、ガチャリと鍵を回した。

わずかに見えたドアの隙間からでもわかった、いつも履いている桐谷の靴。

何も言わずに入室して、ドアを静かに閉めて鍵をかけた。

桐谷が現れる気配はなくて、俺はそのままリビングに入って辺りを見渡した。

わずかに寝室から物音がしていて、迷いなく引き戸を開ける。


「・・・・・」


そこにいた彼は、こちらを見ることもなく、汗をかきながら生け花に向き合っていた。

額やこめかみから流れる汗が顎を伝って、それでも気にすることなく夢中になって花を生けていた。

長い前髪が右目を隠して、左目には目の前の作品が映るばかりで、俺なんて眼中になかった。


そっと静かに近寄って、生け花の前にしゃがみ込んだ。

するとようやく桐谷は俺に気付いて顔を上げた。


「・・・西田・・・」


「・・・・俺も花になりたいなぁ・・・。」


言葉を発した瞬間、涙がボロボロと頬を伝った。

もう止められなかった。

嗚咽を漏らしながら膝を抱えると、桐谷は目の前の生け花の器ごと脇に押しやって、俺の前に座った。


「・・・こんなはずじゃなかったんだよ・・・。別にそれ程でもないって思いながら忘れたかったんだよ・・・。忘れられると思ってたんだよ。好きだったのは俺だけで、桐谷がそうじゃないなら・・・そのうち気持ちは消えてくれると思ってたんだよ・・・。」


桐谷の顔を見ず俯いたまま、そんな言葉を並べた。


「けど・・・・・・苦しい・・・。」


こんな気持ち、さっさと思い出にしてしまいたかった。

言うつもりなんてなかった。


桐谷はそっと俺の背中に触れて、宥めるように撫でた。

桐谷が俺を好きになることはなくて、その理由もきちんとわかっていて、きちんと振られていて、未練なんて断ち切れると思いながら、俺は引きずり倒していた。

たった1カ月と少しの関係で、俺だけ恋をしていた。


「西田・・・」


いつもと変わらない桐谷の声に、鼻水をすすりながらそっと顔を上げると、珍しく表情を歪めて、何かを堪えるように口を結んでいた。


「苦しめてごめん・・・。お前の気持ちがわからなくてごめん・・・。お前を慰めるろくな言葉も知らなくてごめん。俺は真面目に好きになってくれた相手に、報いることも、受け止めて断るやり方も知らない。お前を苦しめて手放すことしか出来ない。お前の恋心を解ってやれない。傷ついたお前に、好きにしてくれとも言えない。」


熱くて痛い涙がまるで頬を焼くように流れる。

そっと抱きしめられて、桐谷の中にある後悔が伝わってくる。


「・・・春・・・好きだよ・・・。好き・・・俺と同じくらい傷ついてよ・・・・。それでいいから・・・何もしなくていいから・・・。」


わずかに震えていた桐谷が、すすり泣く声が聞こえた。


「ごめん・・・。」


「・・・謝んないでよ・・・。」


ずっと痛かった。形のない心が、自分の体の中で痛みを覚えるのが不思議で仕方ない。

きつく抱きしめ返す桐谷に、俺は少し満足していた。

何を言っても、何をしても意に介さない桐谷の心を、やっと動かせた気がした。

そっと体を離して、彼の涙を拭った。隠れた右目からも涙が流れていた。


「・・・春ぅ・・・好きだよ?」


何も言い返さない桐谷にそっとキスした。

相変わらず受け止めるばかりの彼は、激しくなって床に押し倒されても何も抵抗しなかった。

何度も好きと言いながら、桐谷の首筋に吸い付いて痕を付けた。

俺が傷ついた分だけ、理不尽に繰り返した。

けど俺が服に手を入れて脱がそうとすると、さすがに手首を掴まれた。


「・・・満足したろ?お前とセックスはしねぇよ。」


「・・・あっそう・・・」


いつも向けられている意地悪な笑みを返して、硬くなった自分のモノをキスしながらこすりつけた。

桐谷のは反応しやしないけど、涙の痕が残った頬をそっと舐める。


「おい・・・犬じゃねぇんだから・・・」


「発情した犬だよ俺は。」


また口をふさぐようにキスを繰り返した。

気持ちよくてやめられない。舌を絡めて柔い桐谷の唇を堪能した。

やがて音を立てて唇を離すと、いつもと変わらない無表情の彼が俺を見つめていた。


「・・・何年何十年経っても・・・俺のこと忘れないでほしいな・・・。もうそれだけでいいや。」


見下ろしながらそう言うと、その時初めて・・・愛おしそうな笑顔を向けてくれた。


「ん・・・わかった。」


その後ぎゅ~っとまた強く抱きしめた。

愛おしさを吐き出すようにキスして、抱きしめて終わりにしたかった。


「桐谷・・・生け花やってるとこ・・・見てていい?」


「・・・ああ・・・別にいいよ。」


「桐谷・・・好きだよ。」


「うるせぇな・・・もうわかったわ。」


「・・・でももう今度こそ終わりにしたい。」


「・・・・わかってる。」


「合鍵返すな。手伝いに来てるとさ・・・気持ちがぶり返すから。大学でたまに顔合わせてだべるだけの、普通の友達に戻れるように努力したいから。」


また目を合わせると、桐谷はじっと見つめ返してから頷いた。


「わかった。・・・前俺がいない時に来てたろ、金払ってないから待って。」


「いらない。」


「うっせぇ黙れ。」


「体で払ってもらったからいらないよ。」


「っち・・・妙な言い回しすんな。ヤってねぇだろ。お前それ外で言ったらぶっ飛ばすぞ。」


「はは・・・わかったよ。」


桐谷から茶封筒を受け取って、「ありがとう」と感謝を返した。


妙に心の中はスッキリしていた。

最初からちゃんと認めて、好きと言えばよかった。


「俺また・・・相手のことばっか考えて、自分の気持ち吐き出せてなかったんだなぁ・・・。」


「・・・ふん・・・不器用な奴・・・。・・・けど俺はそういうところも好きだぞ。もちろん友達としてな。」


また苦笑いを返すと、桐谷も同じように笑ってくれた。


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