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第21話

昔から興味が湧いたものは何でもやってみることが好きだった。

料理や裁縫、ダーツにビリヤード、バスケットボールにフットサル、お菓子作り、ギターなどなど・・・

ある程度そこそこ出来るようにはなるけど、何かを突き詰めてやり続けたことはなかった。


その日はバイトがなかったので、桐谷のうちへ行って溜まっていた洗い物を済ませた。

昼前に講義が終わって家に来たけど、桐谷はまだ大学にいるんだろう。帰ってくる前に出来るだけの家事をこなしておくことにした。

洗濯機のスイッチを入れて、寝室を開けて掃除機でもかけようかと思った時、そう広くないそこには乱雑に作りかけっぽい生け花が置いてあった。

ハサミやその他の道具も置きっぱなしで、床に葉っぱや茎も散らばっている。

途中まで剣山に刺さっている花も一つ二つで、さっきまでそこに桐谷が座っている姿が目に浮かぶようだった。


一応メッセ入れておこう・・・たぶん触っちゃいけないだろうけど、落ちてるものは捨てても大丈夫なのか確認を・・・。


その後買い出ししてきた材料で新たに作り置きおかずを拵えた。

約4、5日分を作って、その後リビングの掃除をしていると、桐谷から返信が来た。

確認すると、どうやら切り落とされた葉っぱとかは捨ててもいいらしい。

講義は終わったけど広報部の人達と打ち合わせがあるようなので、ある程度片付けて帰ることにした。


桐谷が花を生けてるところ見たいな・・・絵になるんだろうか

というかそもそも右目見えてないのに、全体のバランスとか測るの大変そうだよな・・・


桐谷のうちを出て鍵をかけて、試しに右目を自分の手で覆ってみた。


う・・・距離感が分からない程じゃないけど・・・これ階段降りるの怖いな・・・

視界が半分になるってこんなに不便なのか・・・


マンションのエレベーターに向かいながらゆっくり歩くものの、普通に歩いていても何だか心もとない。

けど桐谷はもう10年以上片目で生活してる・・・。

そもそも左目の視力どれくらいあるんだろう・・・桐谷は毎回講義室で前の方に座ってるわけじゃない。

それで板書が見えているなら左目の視力がいいから?

普通に生活していて桐谷が不便にしているところを見たことがない。

出来ないことを頼まれたこともない。

けどそんな桐谷が、必ずしも不便を感じていないかと言ったらそうじゃないと思う。

余計なことは口にしないけど、自分の力ではどうしようもないこと、と諦めることもあるはずだ。


今度色々聞いてみよう。俺にはわからないことばっかりだし。


マンションを出て歩き出すとスマホから通知音が鳴った。翔からだ。

そこにはゼミのグループ課題について、椎名さんと佐伯さん含めた4人でやることになっていたので、近いうちに佐伯さんのうちでやろうという話になった、とのこと。


そういえば佐伯さん、今度是非遊びに来てって言ってたな。


こないだ話したことを思い出しながらいると、翔から再度メッセージが届いた。

そこには『女の子のうちに行くんだから、バッチリカッコイイ格好できめてくること!』と書かれていた。


「・・・はぁ?」


何だそれ・・・気を遣って『手土産持って行こう。』だったらわかるけど・・・


どういうことかいまいちよくわからないまま、翌日講義室であった3人と予定を決めて、数日後の土曜日に集まることになった。

お昼以降に佐伯さんのうちに伺う予定だったけど、俺は急遽バイトが入ってしまい、夕方から合流することになった。

幸い以前聞いた通り、彼女のうちは俺のバイト先から近く、椎名さんと翔は夕飯をご馳走になるとのことなので、何を食べるのかは知らないけど駅前で手土産を買って行くことにした。


スマホで送られた地図を確認しながら、少し歩いてマンションに着いた。

桐谷が住んでいる普通のマンションと違って、高層マンションというほどじゃないけど、入り口のセキュリティがしっかりしているタイプのマンションだ。

エントランスも広くて、部屋番号を押す機械が見える位置に、しっかり警備員が立っている。

番号を押して佐伯さんに開けてもらい、自動ドアが開いてエレベーターへと入る。


なんか緊張するな・・・


やっと部屋の前に辿り着いてインターホンを押すと、ガチャリとドアから翔が出てきた。


「よ~!バイトお疲れ!」


「おう、悪いな遅くなって。」


部屋から女性陣二人の声が聞こえる中、「お邪魔しま~す。」と玄関を上がった。

綺麗な玄関・・・靴箱の上に花瓶や可愛い動物の小物が置かれている。全然汚れが見えない上に、目に入るどこもかしこも真新しい。

引っ越してきたばっかりとかか?


「あ、西田くんお疲れ様。」


「あ、お邪魔します。これ、後で皆で食べよ。」


俺が駅前で買ってきたデザートを手渡して、佐伯さんはお礼を言いながら冷凍庫にしまってくれた。


「あ、そういえばリサ、さっき誤魔化されたけど何でこんないいとこ引っ越したの?」


椎名さんはソファに座ってじゃれつく翔に抱き着かれながら、俺のお茶を淹れてくれている佐伯さんに尋ねた。


「あ~・・・えっと・・・」


佐伯さんは言いづらそうにしながら、同じくソファの隣に座る俺にグラスを手渡した。


「あ、西田くんこの座布団どうぞ。」


「ありがとう。」


「さっき買い物行ってきて、夕飯生姜焼きにしようと思うんだけど・・・西田くん大丈夫?苦手なものとかアレルギーとかある?」


「ああ、大丈夫だよ。」


にこやかに尋ねる彼女に、椎名さんはジトっと視線を返した。


「ねぇ、リサ!はぐらかさないでよ。」


何かその言い方が翔に似ていた。親しい友人に対する甘えた言い方というか。


「え~?もう・・・今度話すからいいじゃん。」


苦笑いを返す彼女に、翔が重ねて言った。


「え、高級マンションに住んでる理由俺も気になるんだけど・・・」


いい意味か悪い意味か空気を読まない翔が発動して、佐伯さんは複雑そうな顔をした。

そして観念したように俺の隣にちょこんと正座して言った。


「・・・えっとね?その・・・前住んでたアパートに・・・或る日普通に帰ったら、知らない人が不法侵入してて・・・」


それを聞いた一同は凍り付いた。


「え??」


ほぼ口を揃えて俺と翔が言うと、椎名さんは次第に青ざめて問いかけた。


「え・・・・ストーカー?それとも空き巣?」


「たぶんストーカー・・・。あ、でもその前からの1カ月くらいしか目立った被害なかったし、ちゃんと被害届出したし、現行犯で捕まったんだよ?」


西田 「・・・それは・・・良かったけど・・・」


少し安心して一同がため息をつくと、椎名さんは腕組みして言った。


「なるほどねぇ・・・それでお父さんが無理やりこのマンションに引っ越しさせた的な?」


「うん、まぁ・・・」


「・・・佐伯さんお嬢様なん?」


翔が問いかけると、椎名さんは翔の手を取って握りながら答えた。


「お嬢様って程じゃないよね?ただね、ほら・・・結構お偉いさんというか。でもリサ所謂箱入り娘だからさ、そんなことあったんなら、お父さんがこういうマンションに住まわせたのも納得だなぁ。」


佐伯さんは苦笑いを落としてテーブルに置いたパソコンを開いた。

するとじっと考え込んだ翔が思いついたように口を開く。


「こっから一番家が近いのは西田だからさ、もしなんかあって男手がほしいってなったら呼びつけたらいいよ!」


「はは・・・近いっつっても電車乗るぞ?」


「んでも地元が同じの俺よりかは駅から近いし、と思って。」


そう言ってニカっと笑う翔に、佐伯さんも笑みを返した。


「ありがとう翔くん。それ以来は特に困った事とか起きてないし、大丈夫だと思うよ。」


厳重なマンションに住む理由がわかって、その後4人で課題を進めた。

粗方終わって休憩した後、夕飯作りを始める女性陣たちを横目に、テーブルの上を片付けていると、翔がトンと肘でつついた。


「・・・おい彼女いないイケメン、カッコイイ格好してこいっつったよな?」


「・・・えぇ?なんでだよ・・・」


「可愛い佐伯さんとお近づきになるチャンスだろうが!」


「いや・・・1年の時から同じゼミだし・・・それなりにお近づきではあるだろ。」


翔は唇を尖らせて彼女をチラっと見た。


「まぁいいけど・・・。俺さ、ずっと思ってたんだけど、西田と佐伯さんは何となく雰囲気似てるっていうかさ、だからお似合いなんじゃないかなぁって。」


「ええ?そう?」


「だからって他人が無理やりくっつけようとしてもあれだからさ、別にいいんだけど。美羽がさ、一番の親友だってよく話聞かせてくれるんだ。いい子だなぁって改めて株が爆上がりしてんの。」


「ふふ、そうなんだ・・・」


椎名さんと仲睦まじく料理を始める彼女を何となく眺めた。

雰囲気が随分変わったことも含めて、佐伯さんには興味あるけど、仲良くなれるかどうかはまだわからない。


「まぁ・・・仲良くなれそうだなって思ったら、関係は変わるかもね。」


翔はお菓子の箱をゴミ箱に放り込んで、何か期待したような笑みを浮かべた。



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