第19話
週末、うちに呼んだ咲夜がやってきた。
「お邪魔します。」
「いらっしゃい。どうぞ~。」
飲み物やお菓子を持参した袋を持って玄関を上がり、咲夜は綺麗な所作で自分の靴を揃えた。
少しキョロキョロとして俺の後をついて階段を上るので声をかけた。
「うちの親今日買い物行ってるから。いない日を狙って呼んだだけだけど・・・気にしないで寛いで。」
「そうなんだ、わかった。」
自室に入って二人してダラっとソファに腰かける。
「ふぅん・・・西田の部屋って感じだな。」
「そう?・・・翔は来たことないけど、桐谷は1年の時一回来たことあんだよ。」
「そうなんだ。」
「その時はうちの母親いたんだけど・・・イケメンに目がないから桐谷気に入られちゃってさ・・・ホントミーハーだから・・・咲夜呼ぶときはいない時にしないとって思って・・・。」
「はは、別に気ぃ遣わなくていいのに。」
咲夜はあっけらかんと笑ってペットボトルに口をつけた。
「で?改まっての相談ってなに?桐谷のこと?」
「え?桐谷?なんで?」
俺が聞き返すと、見当が外れて咲夜は困ったような顔をした。
「いや・・・前予定立てようとした時、桐谷には聞かれたくない風だったし・・・。本気になっちゃったからどうしよう、みたいな相談かなと思って。」
「ああ・・・・・はは・・・そんなわけないよ・・・。本気になったとしても、咲夜に泣きついたりしないって・・・。」
「そ?俺に相談してもどうしようもないから?」
「いや・・・・あんま俺人に恋愛相談はしないかも・・・。だから前もダメになっちゃったんかもしんないけどさ。」
「そっか・・・。じゃあ今日は恋愛相談じゃないわけね。」
「ん~・・・ある意味そうなんかもしんないけど、特定の人とどうしようみたいな話じゃないんだ。桐谷に関してはさ・・・もう無理なんだなって諦め着いたから、あっさり振ってもらったよ。それに・・・桐谷は元来優しい奴じゃん?俺が傷つかないように接してくれてたし、今も普通に友達してくれてるし、気まずくなったりもしてないんだ。」
「そっか。」
何となくボーっと言いたい事を考えようと、何も映さないテレビを眺めた。
「でもさ俺・・・桐谷とちょっと恋人ごっこしてわかったんだ。相手の心の内に触れて、どういう人間か知って、その人の魅力がわかると好きになるんだなって。見た目とか雰囲気とか、そういうことにはあんま左右されてないっぽい。そりゃ美人で可愛い子だと印象はいいかもしんないんだけど、桐谷も綺麗な顔してるし見惚れてる時はあったけど・・・」
「ふ・・・それは十分惹かれる条件として見た目が入ってるよ。」
「そ・・・そうなんかなやっぱり・・・」
チラっと咲夜を伺うと、相変わらずどこからどう見てもイケメンな顔が、俺を無表情でじーっと見つめていた。
「まぁいいんじゃない?西田も十分イケメンだし、見た目重視で選り好みしても、分不相応だとは思われないよ。」
咲夜のその堂々たる言い方に、少し物怖じする。
「・・・そういう咲夜みたいな、ハッキリ言える意志とか、堂々としてるところが羨ましいなぁってたまに思うなぁ。桐谷に関してもそうだけどさ・・・まぁある意味翔もハッキリ言う方なのかな?俺はこうだからこう思うって、相手に真っすぐ伝えられるとこ・・・俺はなんかな~・・・」
「・・・自分の劣等感を俺に話したかったの?」
「いや・・・・これだなって話したい事があるとすれば・・・流されちゃうんだよね俺・・・好きって言われると。」
咲夜は持ってきたお菓子の箱を開けながら言った。
「あ~・・・西田は誰にでも合わせられるタイプだから、どういうタイプの人でも付き合えちゃうんだろうな。相手の色に染まるタイプっていうか・・・。西田自身の好みのタイプがふわっとしてんの?」
「そうかも・・・。あ、でも最近わかったんだけどさ・・・相手の可愛い笑顔に弱い!俺は!」
「ふ・・・そうなんだ。まぁドキっとするポイントではあるだろうね。」
咲夜が差し出すお菓子を一つ取って、口に放り込む。
「でもま、流されそうならさ、じっくり吟味したらいんじゃないかな?あまり気を遣い過ぎずに積極的に会話してさ、相手がどういう価値観なのか知ったり、自分の言動でどういう態度を取るかとか、そういうのよく見てたらいいよ。それで自分が嫌だなとか、好きだなって思う部分があれば、合うタイプがハッキリしてくるんじゃないかな。」
「なるほど・・・」
「気を遣えるって女性にとっても男性に対しても好感度高くはなるけどさ、ある意味こいつちょろいのかな?とも思われやすいよ。気遣いを持ってても、俺はこういう人間だからって示してないと、あっさり誘惑されてそれに本能で応えたら、もう合意の上だし・・・ってズルズル恋人になる変なパターンが生まれたりするね。」
「・・・・・・・ぐうの音のでねぇ・・・。俺は自分の意志をハッキリ言えないふわふわ野郎なんだ・・・・。」
ソファにずる~っともたれると、咲夜はケラケラ笑って俺の頭に手を置いた。
「はは!そこまで言わなくても・・・。周りに気を使えて仲良く出来るっていうのは、俺からしたら十分えらいなぁと思うよ。俺はあえて交友関係限ってるけど、西田は周りから印象いいじゃん。損はしないよ。」
ポンポンと俺の頭に触れる咲夜も、十分いい奴だとは思う。
「桐谷からは、お前は損するタイプだって言われたけどなぁ。」
「ふぅん?西田は自分でどう思うの?」
「・・・・損なんてしてないよ。関わった相手からは、色んな考えや気持ちをもらいっぱなしだから、別れた沙奈にもちゃんとお礼を言えたし、イケメンのくせにとか言う奴らにも、損してんなぁってたまに言われるけど、うるせぇボケって心の中では思ってるよ。」
「ははは!そうなんだ。それはホントにそうだな。失礼なことしか言えない奴は、相手にする価値ないしね。」
「言いたいことはわかるんだけどさ、僻みでしょ?女に困らねぇんだから遊べばいいのに~っていう考え方滅びないかなぁ。」
咲夜は足を組んで頬杖をついて、またお菓子に手を伸ばした。
「ふん・・・まぁ許してあげなよ。人間は浅はかで愚かな生き物なんだよ。」
「怖い怖い・・・」
「周りに毒されてほしくないって、桐谷が言ってたよ。」
「え・・・?」
急に切り替えるように咲夜はそう言った。
「西田にとって桐谷がどういうポジションなのかはわからないけど、桐谷はさ、お前のこと心底大事だと思ってるよ。友達としても、それ以上にも。」
「・・・・え~?それは・・・どういう・・・」
「なんていうのかな・・・目をかけてるって言えばいいのかな。本人は自分の細かい感情に関心がないから、この気持ちがどういうものなのかとかはいちいち考えないんだと思う。けど俺が見てて感じてる限りじゃ、俺や翔相手とは明らかに特別意識があるんじゃないかなって、前々から思ってるよ。」
「・・・・そうなんかな。そうだとしても、桐谷を好きでいたいなっていう自分はもういないけど・・・。」
「ふ・・・まぁ向こうもそういう気持ちは気付かないうちに捨ててるだろうね。心に引っかかってるものがあるなら言えばいいけど、そうじゃないなら無為にかき乱すのは可哀想かも。桐谷にとっちゃ恋愛感情は未知なもので、それが大事な友達から向けられたとなると、傷つけないように神経使うだろうから。」
「そうだよなぁ・・・。うん、大丈夫・・・もう桐谷とはそういう関係辞めたし、あいつを困らせたくないから。」
「ふ・・・絶妙なタイミングで手ぇ離したのかなぁあいつ・・・。」
「え?なに?」
「何でもない。桐谷は相手の心境を読むのが得意なんだよ。ハッキリ言ってそれは普通の勘がいいを超えてる。メンタリスト並みだよ。」
咲夜はそう言って何かちょっと苦々しい表情をした。
「俺は細かい自分の話とかしてないつもりだし、家のことも極力話さないけど・・・仕草とか言葉の節々から、桐谷は絶妙に気持ちを読み取ってたりするんだよね。生け花を突き詰めてた表現者だからかな?表面じゃない奥にある気持ちみたいなのを感じ取れるのかも。もちろん芸術と人間じゃ話が違うから、そこそこ勉強したのかもしれないけどね。」
「咲夜・・・桐谷が生け花やってたの知ってたのか・・・。」
「まぁね、御三家の人間で華道や茶道を嗜む人はいたし、同世代で注目されてる人だって義姉から聞いてたから。」
咲夜と教養の差を感じながらいると、もぐもぐお菓子を頬張る彼はソファにもたれて言った。
「あ、てか聞いてくんない?個人的な話で思い出したんだけどさ~」
「え、なに?」
「俺、腹違いのお姉さんいるんだよね~。」
「急な爆弾発言こわ!!!」
俺の反応に咲夜はまたケラケラ楽しそうに笑った。