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第18話

日の沈みかけた帰り道、最寄り駅から家まで歩いていると、不意に背中から声がかかった。


「西田さん!」


振り返ると、笑顔で駆けてくる芹沢くんがいた。


「あ・・・芹沢くん、おつかれ。」


「はぁ・・・はぁ・・・お疲れ様です。」


制服姿で息をついた彼は、また嬉しそうにパッと顔を上げた。


「駅から出て来られるのが見えたので・・・思わず・・・」


「そっか、帰り道一緒になるのは初めてだねぇ。」


笑み返すと、一緒に歩き出しながら芹沢くんは緊張したような素振りで言った。


「はい・・・・。あの・・・今度また・・・デートしませんか?」


「デート・・・」


俺が少し考えていると、芹沢くんは小さな声で言った。


「あ・・・別にその・・・他の方と一緒にいる時間を優先したいんだったら構いません。・・・・いやあの・・・やっぱり、都合がつくなら是非デートしてください。」


彼の中でなんの葛藤があったのかわからないけど、芹沢くんは視線を泳がせながら勇気を出していた。


「ふふ・・・一生懸命だなぁ。」


前みたいに頭をそっと撫でると、芹沢くんは照れながら続けた。


「消極的になっちゃダメだと思って・・・。他の誰かに西田さんを取られたくないです・・・。」


芹沢くんと過ごした時間は短いけど、話せば話す程この子はなんて純粋な子なんだろうと思う。


「なんか・・・俺なんかに芹沢くんはもったいない気がしちゃうな・・・。」


俺がポツリとそうこぼすと、視線を感じて彼を見た。

ふんわり短くなった前髪の下から、大きな瞳を上目遣いさせて、きゅっと口を結んで見つめ返していて可愛かった。


「そんなことないです・・・。立場が違っても、年齢差があっても・・・お互いが好きだと思って一緒にいたいなら、相応しくないとか誰が決めることでもないと思うので・・・。」


思いの外しっかりした意見に面食らったけど、真っすぐな芹沢くんらしい言葉だった。


「あ、もちろんその・・・元々パートナーがいる場合は例外ですけど。」


「そうだね。・・・・ねぇ、芹沢くんさ、一度しか名乗ってないけど俺の下の名前覚えてる?」


「はい。まどかさん・・・ですよね。」


芹沢くんは少し恥ずかし気に、でもどこか嬉しそうに言った。


「うん・・・。名前の話は前もしたけど、芹沢くんには教えないって言われちゃったからさ~。あれから結構気になってるんだよね。答えがわからないクイズみたいで。・・・どうしても教えてくれない?」


そろそろ自宅に着こうかという頃になって尋ねると、芹沢くんは少し困ったように視線をあちこちにやって、悩んでいた。


「別に教えてくれても気安く呼んだりしないよ。もちろん変だなぁなんて思わないし。」


芹沢くんは次第に顔を赤らめながらも、ボソッと呟いた。


「・・・・ゆきです。」


「ゆき?」


彼はコクリと頷いて目を伏せた。


「ゆきくんかぁ。どういう漢字?」


「・・・・えと・・・癒す喜びって書いて・・・癒喜です・・・。」


「癒す喜び・・・・・」


「ふ、復唱しないでください!恥ずかしいんです説明するのも・・・。ある意味キラキラネームですし・・・画数多いし・・・。」


芹沢くんは学生鞄の持ち手をぎゅっと握って言った。


「うわぁ・・・めっちゃいい名前じゃん!語感は馴染みあるけど、そんな漢字使うなんて目から鱗だなぁ・・・。親御さんの愛情感じるね。」


俺がそう言うと、芹沢くんは益々堪えるように赤面して何も言わなくなってしまった。


「あ、そうこうしてると着いたや。ありがとね、一緒に帰ってくれて。」


「い、いえ・・・・・。」


自宅の前でじっと立ち止って、恐る恐る俺を見上げる彼は、何か言いたげだった。


「どうした?」


「西田さ・・・あの・・・・」


芹沢くんは確かめるように夕日に染まった住宅街をキョロキョロした。


「だ・・・抱きしめてもいいですか・・・」


俯いて返事を待つ彼の、細い肩が震えていて、何だかまた父性が湧いた。

遠くの方でカラスが鳴く人気のない住宅街で、小さな体を抱き寄せた。


「ふふ・・・あ~あ、可愛いなぁ・・・。」


ぎゅっと腕を回して密着すると、芹沢くんの鼓動が体に伝わってきた。


「・・・好きです・・・大好き・・・」


思わずまた頭を大事に撫でた。

芹沢くんはそっと顔を上げてじっと目を合わせた。


「・・・・そんな風にさ、じーって見つめられたらさ・・・軽率にキスしちゃうよ?・・・さすがに外でしないけどさ。」


「・・・じゃあ今度デートしたら・・・してくれますか?」


「こら~・・・だからさぁ・・・も~・・・ダメだよそういうの。絆されちゃうからやめてほしいなぁ・・・。も~・・・ごめん、ちゃんと考えさせて。」


本能に走らないように体を離すと、近くを車が通りすぎて、遠くで子供たちがはしゃいで帰る声が聞こえた。


「じゃあ、またね。都合がつく日は連絡するよ。」


芹沢くんはまた振り絞るように、ニコリと微笑んで頷いた。


「はい、よろしくお願いします。」


丁寧にお辞儀をして一人歩いていく背中を見送っていると、曲がり角に差し掛かって彼はまた振り返って手を振った。

振り返して静かに家に入って、まだ両親が帰宅していないリビングでお茶を飲んだ。


芹沢くんにとっては、自分の今の恋愛がいわゆる青春ってやつなのかもしれない。

成人してある程度女性を知って、何だか大人の人付き合いや汚さを知り始めた俺が、あんないたいけない少年に手を出すことが想像出来ない。

好きで好きでしょうがないっていう同じ気持ちがあったなら、何も躊躇わないと思う。


「けどなぁ・・・流されてるだけなんだよなぁ俺・・・」


桐谷の時と同じだ。

何となくそういうことをして、何となくそういう雰囲気だから好きかもな、みたいな・・・。

別にそれが悪いわけじゃないし、そうやって始まる恋もあると思うけど、自分の中で「なんか違う」と思っている。

そうじゃなくて・・・そうじゃないんだよ・・・。

この人じゃなきゃダメだなっていう確固たる意志が・・・どうしようもなく好きっていうそれがほしいのかもしれない。

好きになってくれたから付き合ってみよ~っていうのは・・・もう沙奈としたし・・・。

いや、結果的に俺は沙奈のこと心底好きになったけど・・・


悶々と考え込みながら自室に戻って、鞄を下ろした。

ああ、後ちょっとでバイトに行かないと・・・。

ダラダラしてたら起き上がれなくなるから、早めだけどもう行こう・・・。


そう思って荷物を持ち直してスマホをポケットに入れた。

すると通知音が鳴ってまたポケットから出すと、咲夜からだった。


あ、そういえば、行ける日あったらうち来ないかって誘ってたんだっけ・・・。


何となくな気持ちで流されないためにも、咲夜に恋愛の心得をご教授いただきたいもんだ。



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