第17話
それからは何も変わりなく日々が過ぎていた。
桐谷と顔を合わせても相変わらず、他愛ない下らない話をする普通の友達。
時々だけど、キスしたことや体に触れあっていたことを思い出して、またしたいな・・・なんて思うことはあっても、日常の時間経過で、どんどん薄れていくものだった。
或る日講義室に早めに着いて、人もまばらな窓際に座った。
すると不意にパタパタと2、3人の女の子がこちらに来た。
「西田先輩、おはようございます。」
恐らく1年生だろう、何故か丁寧に挨拶されて一瞬ポカンとしてしまった。
「お・・・おはよう。」
知り合いでもないので頭の中が「?」で溢れていると、彼女たちはニコニコ照れくさそうにしてお互いを見やった。
「西田先輩ってぇ・・・彼女いるんですか?」
「いやぁ・・・・いないよ。」
「え!そうなんですかぁ!?え、連絡先とか聞いちゃダメですか?」
恥ずかしそうにキャッキャする様を見て、なんか初々しくて可愛いなぁと他人事のように思った。
「えっと・・・俺あんまマメに連絡とかしないほうで・・・交換しても返さないだろうから・・・ごめんね。」
正直に断ると彼女たちは残念そうにしながらも、「また話しかけてもいいですか?」と可愛らしく尋ねるので、了承するとにこやかに去って行った。
一つ息をついてスマホを取り出しながらいると、今度は小さな声で話しかける声がした。
「西田くん・・・おはよ。」
同じゼミの佐伯さんだった。
「ああ、おはよ佐伯さん。」
「明日までの課題やった?・・・結構量多くて大変だよね。」
「あ~・・・あ~・・・・・忘れてた。」
「えっ!・・・言ってよかったね?」
彼女は苦笑いしながらそっと隣に腰かけた。
「マジ・・・忘れてたやっば・・・今日頑張るわ、ありがとね。」
「ふふ、うん。」
佐伯さんとは翔も含めて、同じ仲のいいゼミの連中と話すことが多い方だ。
そういえば二人っきりでそんなに話したことはなかった気がする。
グループ課題で連絡を取り合うこととかはあったな・・・。
チラっと彼女を伺うと、同じく視線を返して少し遠慮がちに言った。
「あ・・・私隣座ってたら邪魔?」
「え?いや、そんなことないよ。翔たちもまだ来てないし。別に毎回一緒に座ってるわけじゃないからさ、気にしなくて大丈夫。」
「そっか・・・ならいいけど。」
佐伯さんの印象としては、俺に勝るとも劣らない気遣い屋っぷりだなぁということ。
周りをよく観察していて、空気を読んであまり自己主張しない子だ。
頭の回転が速くて賢い子でもあるので、キッチリした優等生なイメージもある。
サークルに入っていることもあって、手作りの編みぐるみを作るのが好きなのだとか。
それ以外は特にないな・・・ゼミ連中の飲み会とかで少し話す程度だったけど・・・。
また彼女を盗み見るように視線を向けると、スマホを眺めて時々画面に指を滑らせていた。
去年までは結構派手な髪色と服装だったけど、今年になって髪の毛の色も暗いし、というか・・・椎名さんがずっと前みたいな元気が戻らないって心配してたっけ・・・。
何か心境の変化があったのかもしれないけど、ちょっと話す程度のゼミ仲間である俺が、ずけずけ聞くのも違うなぁ。
大人しく授業までの時間を待つ彼女は、確かに以前よりかなり静かな子になった気はする。
端正な横顔は色白なこともあって黒々した地毛と、ロングヘアの下だけ残った茶髪がより一層目立って見えなくもない。
あまりじろじろ見てもあれなので、俺もスマホに視線を戻すと、彼女は何気なく言った。
「そういえばさ・・・翔くんから聞いた?美羽と付き合ったって話・・・」
「あ~うん、報告受けた。めっちゃ有頂天になっててウケた。」
「うふふ、美羽もニヤニヤを抑えきれない様子で面白かったよ。」
「そうなんだ、まぁ良かったよね。椎名さんは結構前から翔のこと好きだったみたいだし・・・。」
「そうだね、応援してたから実ってよかった。」
「・・・佐伯さんは・・・彼氏いるんだっけ?」
「・・・・・ううん、いないよ。」
「あ、そうなんだ。」
答えるまでにわずかに見せた沈黙から、もしかして別れたばっかりとかかなぁと思った。
気を遣い過ぎるのも失礼だし、触れないでおこう。
「西田くんは・・・好きな人いる?」
「え・・・」
思いもしない質問に一瞬思考停止した。
「え~っと・・・好きな人かぁ・・・・・・ん~・・・」
何となく頭の中に浮かぶ桐谷と芹沢くんの顔。
一方は俺のことを恋愛対象とすらしていなくて何とも思っていないし、一方はハッキリ好意を伝えてくれているけど、意中の相手かというとそうじゃないかもしれない。
「去る者追わず来る者拒まずなのがダメなんかなぁ・・・」
ポツリと言うと佐伯さんは何となくの笑みを返した。
「そうなの?」
「あ~・・・ん~・・・好きな人ほしいなとか、彼女ほしい!とか、今積極的には思ってないのかもしんない。どちらかというと、友達がほしいのかなぁ。」
「そうなんだぁ。・・・・そっか、私もそうかもしれないなぁ。」
「そうなの?佐伯さんでも・・・友達というか、知り合い多いイメージだけど。」
「そうだね、サークルの人達とも仲いいし、友達は多い方かも・・・。」
彼女はそう言いながらも、何か心の中でつっかえているけど言えない、という印象を受けた。
「あんまそこまで話してはなかったけどさ、俺は新しい友達として仲良くなれそう?」
そう言うと、佐伯さんは柔らかい笑みを向けた。
「ふふ、うん、出来れば仲良くなりたいよ。あ、でも・・・さっき話してたのちょっと聞こえたんだけど、私もあんまり連絡マメに返す方じゃないかも・・・」
「あ~そうなの?俺はさぁ・・・文字でぱっぱ返すより、会ってじっくり話したい派なんだよね・・・。」
どうでもいい拘りを口にすると、佐伯さんはパッと明るい表情に変わった。
「わかる!私も結局二人でじっくり話したいってなって、友達と家で宅飲みになるし・・・そのまま相談聞いたりすること多いよ。」
「そうなんだ。俺も一緒だわ~。外だとさ、別に個室の居酒屋とかでもいいんだけどさ、なんか周りが気になっちゃうからさ・・・結局はどっちか一人暮らしだったら友達のうちがいいよね。」
「うんうん、その方が好きなもの食べに行くにしても、作るにしても自分たちの都合でいいもんね。」
「そうなんだよ、外食してて話し込んじゃうと時間も限られるしね。店の人とかに気ぃ遣っちゃうし・・・。マジでさ~・・・それ思うとホント一人暮らしがいいけど・・・俺今実家なんだよね。」
「そうなんだ。え~西田くんの恋バナとかじっくり聞きたいかも。」
「俺の恋バナとかしょうもないよwそんなに恋愛経験豊富じゃないしねぇ。」
「え、意外!そうなんだ。」
「意外って言われるんのちょっと解せないけど・・・。佐伯さんはどうなの?」
「私は・・・ん~付き合った人は3人くらい。でも中高生の時とかはすぐに別れたから、そんなに付き合ったって言えないかも・・・。」
「あ~まぁ他愛ないことで別れちゃうとそうだよね。って言ったら言い方悪いけど・・・」
「ううん、ホント他愛ないことで別れたの。結局歴代の彼氏全員浮気してて・・・振られた~みたいな。」
苦々しい過去を冗談交じりで言う彼女は、傷ついたことを隠しながら笑っていて、その笑顔が少し痛いけど、可愛いなとも思った。
「え~・・・浮気された側が振られんのって意味わかんないじゃん・・・。でもまぁそういう奴とは離れてよかったね。」
「そうだね・・・。私は一人暮らしだからさ、良かったら遊びに来て?○○駅最寄りなんだけど、知ってる?」
「え、知ってる!ていうかバイト先がそのへん。」
「ホントに!?偶然だね。え~遊びに来てね♪」
楽しそうに言う佐伯さんは、下心というより本当に新しい友達ができて嬉しそうに語るそれだった。
「ありがと、一人ではさすがに行かないけど、それこそ翔と椎名さんと行けたら宅飲みしたいね。」
「うん!是非~。」
講義が始めまるまで思いのほか会話が盛り上がって楽しかった。
気遣い屋同士、気が合うのかな。
その後何人か佐伯さんの知り合いが挨拶してきていたけど、彼女は席を替わる様子がなかったので、本当に俺と仲良くなりたいと思ってくれてるのかもなぁと嬉しく思った。
やがて講義を終え、帰り支度をしながら言った。
「佐伯さんも今日終わり?」
「ううん、私もう1限あるの。」
「え、マジで?5限目きつくない?」
「ん、遅くはなっちゃうけどその分人も少ないし受けやすいよ。バイトがない日だからその後はゆっくり出来るし、今日詰め込んでるけど明日は少ないから。」
「そっか、まぁ取り方それぞれだよね。帰る時暗くなるし気を付けてね。」
俺がそう言うと、彼女はまたニッコリ可愛い笑顔を見せた。
「ありがとう。」
ふんわりした髪の毛と、薄化粧だけど美人だとわかる笑顔に、ぐっと胸を掴まれた。
我ながらちょろいな・・・。