第13話
だんだんと昼間の気温が上昇してくるようになった頃、俺は週末に芹沢くんと遊ぶ予定を立てていた。
今度は、いつも遊んでいるところがあれば一緒に行きたいと言われてしまったけど・・・そもそも最近は桐谷のうちに寄るか、家でゆっくりしてるかなので正直提案に困った。
昼から遊びに行こうとのことだったので、急に外も暑くなったし、部屋にはゲーム機もあるので、家で遊ぶのはどうかとメッセージを送った。
芹沢くんのうちは実家から徒歩3分程のご近所だ。部屋で遊んで出かけたくなったら一緒に行ったらいいし、晩飯だけ外食しようって手もありだ。
連絡した日、大学を終えて家路に着く頃返信が来て、了承してくれたので予定は本決まりした。
バイトまでだいぶ時間があったので、うちに帰ってまったりしている最中、たまにプレイしていたスマホアプリゲームが、コンビニでコラボ食品を出すのをSNSで知った。
おにぎりや菓子パンもあれば、スイーツやジュース、おまけが入っているお菓子まで色々だ。
「これはちょっと・・・気になるなぁ。」
グッズを収集する趣味はないものの、食品に関してはコラボ用でしっかり作られているようで、食べてみたさがある。
「このコラボスイーツ・・・桐谷好きそうだな。」
クリームやフルーツが乗ったプリンアラモード・・・俺は食べようと思わないけど、桐谷は言わずもがな。
今日から開始しているコラボ商品・・・バイト帰りに買わない手はない。
桐谷にメッセージを送って、今日も家に行っていいか連絡した。するとタイミングが良かったのか、すぐ返信が届いた。
そこには「合鍵持ってんだからいちいち聞かずに来い。」とのことだった。その返信に思わず頬が緩む。
自由気ままに友達と遊べて、自分のお金を自分のために使えて、自分の時間を、自分が仲良くしたいと思う人たちに使うことが出来る。
これはこれですごく幸せだ。
もちろん沙奈と同棲している間も、それはそれで幸せだった。
毎日好きな人と一緒に居られて、自分の元へ帰ってきてくれる。
好きな人のために料理をして、美味しいと言って食べてくれる。
誰にも邪魔されることなく、まったりイチャつきながら時間を過ごせる。
合わせられる時間がどんどん減っていってしまったけど、それはそれで本当に心底幸せだった。
ただ俺だけが、沙奈のことを考え過ぎていたんだ。
もっとこうしたいっていう気持ちを、伝えられなかった俺の失敗。
その日は決まった予定に内心ウキウキしながら働いて、時間の経過も早かった。
そして帰り道、コンビニで目当ての商品をいくつか買って、今度こそ夜道の中を迷わずにマンションまでたどり着くことが出来た。
桐谷のうちのドアの前まで来て、合鍵を取り出してガチャリと開けた。
「お邪魔しま~~す。」
部屋に上がるとバスルームからシャワーの音がしていたので、どうやら風呂に入っている最中らしい。
とりあえず買ってきたものを冷蔵庫に入れさせてもらって、コラボ商品のペットボトル飲料を持ってソファに座った。
荷物を置いて一口ジュースを飲む・・・うん、美味い。変わった味だけどいい。
手を洗おうと、洗面所兼脱衣所に入ると、シャワーが止まったので俺は慌てて声をかけた。
「桐谷!待って!今俺いる!」
「・・・あ?いるからなんだよ。」
いつものようにぶっきらぼうに返事がきて、手を洗いながら答えた。
「いや・・・真っ裸で出て来られたらちょっと・・・」
一応そこは配慮すべきかなと思いながら言ったけど、次の瞬間桐谷は、気にすまいと言った出で立ちで風呂の扉を開け放って現れた。
「ちょ~・・・・。」
手を拭きながら目を逸らしていると、桐谷は黙ってバスタオルを取って体を拭き始めた。
「男同士で何が恥ずかしいんだお前は・・・」
「いや、男女関係なく恥じらいは持ってていいと思うけどなぁ・・・。」
さっさと脱衣所を出ようとすると、桐谷はホカホカした手で俺の腕を掴んだ。
「待て、すぐ着替えるからドライヤーして。」
濡れた髪の毛がオールバックになって、綺麗な顔した桐谷の水色と黒のオッドアイがこちらをじっと見ていて、一糸身に纏わぬ姿を視界に入れないように気を配った。
「ど・・・らいやー・・・はい・・・わかった。」
「・・・何固まってんだよ・・・。」
桐谷は手を離してガシガシ適当に髪の毛をタオルで拭きながら、服を着始めた。
俺はドライヤーを戸棚から取り出して、コンセントに差し込みながら、何だか解せない気持ちが渦巻く。
そのうち着替え終わった桐谷が側にやってきて、俺に背を向けた。
「ん・・・。」
ん・・・って・・・・・・・!
そのぶっきらぼうな振る舞いにすら、キュンとしてる自分に気付いて、なんか俺やばいな・・・と我に返る。
「あ~・・・てかその前にちゃんと拭けてないって・・・」
かけてあったバスタオルをもう一度手に取って、桐谷の細い灰色の髪をほぐすように拭いた。
わしゃわしゃと拭いていても、桐谷は何一つ発することなくされるがままで、ほんの少しだけ俺より背が低いその頭から、シャンプーのいい香りが漂って来る。
根元までしっかり染まった灰色が綺麗で、少し混じる黒髪がいい感じに味を出していた。
「桐谷って髪の毛綺麗だよな・・・」
思わずそうこぼすと、彼は少し間を置いてから答えた。
「そうか?」
「うん・・・行きつけのとこで染めてんの?」
「まぁ・・・俺のバイト先の近くに美容院があって、そこでやってる。」
「ほ~ん」
拭き終わってドライヤーをしながら、そういや全然聞いたことないけど、桐谷って何のバイトしてんだ・・・と気になった。
入学してからの付き合いで、ここまで個人情報を知らないのって・・・なんか逆に面白いな・・・。
もしかして聞いたけど俺が忘れてるだけか?
ガンガン質問していくタイプの翔の方が知ってるんじゃねぇか?
色々考えつつドライヤーを終えると、桐谷はパッと振り返って言った。
「泊ってくんだろ?着替え置いといてやるからお前もシャワー入れよ。」
「あ~オッケ。待って、じゃあ親に一報だけ入れとくわ。」
帰ってくるのか来ないのかくらい連絡しろといつも言われているので、リビングに戻ってメッセージを送ると、瞬間的に母から既読がついて「ん?」と思った時には着信画面に切り替わった。
「え・・・?もしもし?」
「円香?あんた彼女のうちなんでしょ?友達友達って・・・変な嘘いいわよ。」
「うわ・・・うざ・・・友達だって言ってんじゃん。」
苦笑いしながら返すと、桐谷はキッチンで飲み物を淹れながら俺の状況を察したのか、側にやって来て電話を代われというジェスチャーをした。
俺がスマホを手渡すと、いつも気だるく話している桐谷が、妙なハキハキした口調で話し始めた。
「お母さんどうも、こんばんは、桐谷です。・・・はい、ご無沙汰してます。そうなんですよ・・・最近泊ってんのマジで俺んちなんで。・・・いや全然・・・別れてからまったく女の影ないですよ。・・・・はい、ありがとうございます、また遊びに行かせてもらいます。いえ・・・全然そんな・・・こっちこそ円香くんにはお世話になってるんで。・・・はい、代わりますね。」
名前を呼ばれたことに少しニヤつきを堪えていると、スンと真顔で桐谷からスマホを返された。
どうのこうの言う母をあしらって、桐谷に礼を言うと、窘めるような視線を返された。
「何ニヤニヤしてんだ・・・」
「何でもないで~す。シャワー借りま~す。」
畏まって話す桐谷もいいな・・・