第12話
「色々と不躾に聞きたい事がある。」
スイーツを口に運ぶ桐谷を眺めながら、彼が淹れてくれたアイスコーヒーをグビっと飲んだ。
「・・・んあ?」
食べてても特に嬉しそうな表情にはならねぇんだな・・・
若干残念に思いながら、また桐谷のサラサラな髪の毛に触れた。
「な・・・美味しい?」
「おん・・・美味い。当たりだ。」
そう言いながら口元についたクリームをペロっと舐める様が、何かぐっと胸を掴まれるもんがある。
「んで?なんだ聞きたい事って。」
「・・・えっとさぁ・・・桐谷の・・・身の上話が聞きたいなぁって・・・」
桐谷はカランとプラスチックのスプーンを容器に置いて、口元をグイっと拭った。
「身の上話ねぇ・・・。具体的にどういうこと?」
「小さい頃からの話だよ。どんな子だったんかなぁって。」
桐谷はポリポリと頭をかいて、自分で淹れたカフェオレを飲んだ。
「・・・話し長くなるぞ?」
「いいよ、今日は泊るんだし・・・ゆっくり出来るじゃん。」
髪の毛から首筋をす~っと伝うように触ると、くすぐったいのか桐谷はクスっと笑って俺の手を握って止めた。
「じゃあ面倒だから簡潔に話すわ。」
「うん・・・」
密着するように桐谷に寄って、握られた手を恋人繋ぎしてみた。
彼は視線を落として、頭の中で話すことをまとめる間を取ってから、すぅっと息を吸った。
「俺の母親は元々京都の人間で、江戸時代から続く華道の家元だった。父は横浜の人だけど、母はいいとこの息子を婿養子に貰う予定を、祖父母に立てられてたらしい。けど後を継ぐことも、家のやり方にも疑問を抱いたまま大人になって、たまたま知り合った父と結婚したい意志を伝えたら、案の定猛反対された。それでも譲らない母に、祖母はこう言ったらしい「息子を産みなさい、その子を跡継ぎにさせる。結婚するのは構わないけど、産んだら連れて帰りなさい。」ってな。」
「・・・・それが桐谷ってこと?」
「ああ。母はもちろん了承したわけじゃなかったらしいが、半ば駆け落ちして行方をくらまそうと考えたらしく、横浜に越して俺を授かった。けど実家の者たちはあらゆる伝手でそれを知ると、直接家にやって来て俺を連れて行こうとした。母は連れて行かれるくらいならと、俺と一緒に父を置いて京都に戻った。それから英才教育を受けながら5年程暮らしていた時、いとこ数人が同じ部屋で遊んでいて、俺が生けた花の隣に置いていた鋏をおもちゃにしていた。止めもしなかった俺も悪いが、振り回していたそいつが、運悪く俺の右目を切り裂いた。」
「マジか・・・」
「あり得ない量の出血に俺もさすがにヤバイと思ったのを覚えてる。幸い母は家にいたから騒ぎを聞きつけて、すぐ病院に搬送された。だが思ったより傷は深くて、視力は取り戻せないと言われた。手術も難しく、将来的には完全に見えなくなると。俺自身はやった奴はただの同じ年頃の子供だし、母も事故だとわかっているからその子を責めたりはしなかったようだけど、我慢の限界だったようで、祖父母に無理やり話をつけて、俺と横浜に帰る旨を伝えた。すると祖父母も痛々しい見た目になった俺を怪訝な目で見て、そんな子はもういらないと言われた。まぁその後はたぶん、いとこの誰かが跡継ぎにはなっただろうと思う。そんな話を何となくしてるのを聞いたしな。っていう今の全貌は、つい数年前にハッキリ聞いたことだ。正直今の俺にとってはどうでもいいことでしかないし・・・それ以上家の事情に興味がない。」
なかなか重めな過去を聞かされて、押し黙るしかなかった。
「他に何か?」
「・・・生け花とか出来るんだな、じゃあ・・・」
「まぁな。大した腕じゃねぇよ。3年くらいしか習ってないしな。」
「桐谷はさ・・・ご両親のことは好き?」
「ああ、普通に良い人だからな。西田と同じだよ。」
「ふ・・・子供は嫌い?」
「いや?どういう印象抱かれてんのか知らねぇけど、子供は俺でも可愛いと思ってるよ。」
「じゃあ~・・・将来結婚して家庭を築きたいなぁとかは?」
「さぁなぁ・・・俺はアセクシャルよりだからな・・・。そもそもセックスをしたいという気がない。」
「それは・・・何かきっかけがあったとかじゃなくて、元から?」
「そうだな。俺に起こった不運は、右目を失ったってだけだよ。」
「・・・まったく見えてない?」
「ああ、明暗くらいは何となくわかる。」
「もう手術とか受けらんねぇの?」
「・・・受けても回復する見込みがない。俺は特に治したいとも思ってない。」
「そっか・・・。もう痛くねぇの?」
「ない。」
「そっかそっか・・・」
何だか自分の話をしてくれたのが嬉しくなって、思わず桐谷を抱きしめた。
すると耳元で、いつものその低い声が響いた。
「西田は・・・本当にどうしようもなくいい奴だな。」
「・・・桐谷・・・俺の名前知ってる?」
「・・・あ?」
「下の名前だよ。」
咲夜には何となく知られてしまったけど、翔と桐谷には教えたことはなかった。
名前を書くようなプリントを出すときも、さっとわからないように書いていたし。
「・・・まどか」
桐谷の声でそう呼ばれて、ドクンと心臓が跳ねた。
「確か・・・円と香りっていう字。」
ゆっくり体を離すと、相変わらず真っすぐ俺を見据えて、それがなんだとでも言いたげだった。
「ああ・・・さっきの話の続きか?」
「へっ・・・ああ・・・いや・・・」
妙に恥ずかしくなって視線を逸らせた。顔がめっちゃ熱い・・・。
「なんかさ・・・桐谷が呼ぶと・・・途端に俺の名前めちゃくちゃカッコイイ名前に聞こえるなぁ・・・。」
「そうか?・・・まぁでも・・・濁点が入ってる名前ってのは語感がよくていいよな。」
そんなこと言われたこともなかった。
呼ぶ人によって印象が変わるのも知らなかった。
皆からかって呼ぶだろうと思い込んでた。
中高生の時、ずっと面白半分で呼ばれていたからか・・・
「春・・・」
俺がそう声をかけると、桐谷はまたすっと俺と目を合わせた。
清涼で、簡潔でわかりやすくて、男性にも女性にも使われる名前だ。
「なに?」
桐谷は特に何でもなく、表情も変えず返事をした。
どうでもいいと思われてるとしても、何か嬉しくてにやけるのを堪えた。
「俺が呼ぶとなんか変わる?印象・・・」
すると桐谷はまるで小さな子に向けるような、柔らかい笑顔を向けた。
「印象というよりは、ああ・・・こいつ俺のこと好きなんだなってわかる。」
え・・・好き・・・なんだな・・・?
「は・・・え?いや・・・そりゃ友達として普通に好きだよ?」
「ああ、知ってるよ。んで・・・お前の聞きたいこととやらはもうおしまいか?」
頭の中が混乱してそれどころじゃなかった。
いや・・・そりゃ桐谷のことは好きだけど・・・
「待って・・・もう話しかけないで・・・」
「・・・あ?」
おかしくなった心臓を掴みながら、とりあえず深呼吸を繰り返した。




