第10話
GWが終わってまた大学とバイト先に足を運ぶ日々が戻った。
たまに芹沢くんから連絡が来て、他愛ない話題で盛り上がったり、時間があればまた遊びに行きたいと言われていた。
そんな或る日、俺は珍しく・・・というか初めて桐谷の家を訪れて、お互い観たかった映画を部屋で鑑賞した。
別れたダメージと向き合いながらも、男の子に対して恋愛感情を抱く可能性がある気持ちを持て余している俺に、桐谷はいつも通り鋭くメンタルにメスを入れてきた。
比喩表現じゃなく、桐谷は本当に俺の心を覗くように切り裂いて、核心をついては精神を揺さぶってくる奴だ。
けどそれは面白半分とか、悪戯精神でしていることではないとは思う。
むしろ俺の方が酷いもので、そういう気持ちになりうるものなのかと、桐谷にキスしてみたりした。
彼は何とも思わない奴だし、嫌だとも思っていないようで、何となくそれで終わるはずだった。
けど・・・
「特別に少しの間付き合ってやるよ。」
「え、何に??」
「だから・・・恋人ごっこしてやるって。んで、西田が自分から本気で好きになる相手が出来たら、適当に俺を振ればいいよ。正しい自分であろうとすること、相手を傷つけないために考えすぎる自分・・・自分が我慢してしまえばいいと思って気遣う癖・・・そんなもんを考えずに付き合って、いらなくなったらもういいって手放す。それが出来たら、少しは西田も変われたことになるな。」
あろうことか桐谷はそんな提案をし始めた。
ハッキリ言って意外だった。
桐谷は俺自身がもっと生きやすい考え方を持つようになればいいという理由だと言ったけど、それは桐谷に何のうまみもない話だ。
結局話し合いながら考えて、俺の中で桐谷と一緒にいることや、話している時間が面白いので、もう少し内面的なところを近くで知りたいという理由をつけて、彼と付き合うことになった。
けどお互いきっと心中で、興味本位が強いのだと思う。
何か面白いことが起こるかもしれない・・・そんな期待を込めて付き合うという手段を取ったんだ。
お互いがお互いを実験体にすることになった。
そんな中、またいつものように学食で桐谷と向かい合って食事をした後、芹沢くんから遊びに行く都合を伺う連絡が来た。
スマホを眺めた後、チラリと桐谷の様子を伺う。
課題をこなしているようで、ノーパソに向き合ってカタカタとキーボードを弾いていた。
作業中だし後で聞こうかな・・・とも思ったけど・・・気遣い過ぎる殻を破らなきゃと思い立った。
「なぁ桐谷・・・」
「・・・あ?」
彼は手を動かしながらも、耳を俺に傾けたようで、僅かに瞳を動かした。
「あのさ・・・俺に好意を持ってくれてるっぽい男の子にさ・・・遊びに誘われたんだけどさ・・・行ってもいい?」
桐谷はパチっとエンターキーを弾いて、俺を不思議そうに見た。
「何で俺に聞くんだ・・・?」
「いやだってほら・・・一応・・・付き合ってる・・・から・・・」
俺は出来るだけ小声で言いながら、返答を待った。
「あ~・・・。別に俺は何とも思わないからどうぞ。」
「・・・ですよねぇ。」
半ばわかっていたことだし想定内だったので、またスマホに視線を落とすと、桐谷は続けて言った。
「西田ひで~俺とあ~でこ~で色々あれなのに~他の友達とお前~・・・遊ぶのかよ~。俺のことは遊びだったのかよ~。」
桐谷は周りに聞こえない程度の声量で、ふざけて言った。
「ふふ・・・なんだそれ・・・・・ふ・・・」
「いや、そういうこと言うのがあれなのかなぁって思ったから、やってみたわ。」
口元をニヤリとあげて桐谷も笑いをこらえていた。
「く・・・はは・・・お前が言うと違和感で死ぬ・・・」
桐谷が焼きもちなんて想像もつかないし、俺も期待したわけじゃない。
一応の確認をしただけだけど、思いもよらないふざけ方をされて妙にツボに入った。
「笑い過ぎだば~か。」
「ふふ・・・あ~お腹痛い・・・。桐谷がそうやって時々ふざけてくんの面白くて好きだわぁ・・・。」
桐谷はふんと鼻を鳴らして得意気に笑うと、またパソコンに視線を戻した。
きっと・・・俺は桐谷と恋人関係であっても何か付き合い方が変わるわけじゃない。
恋人という権限を振りかざして、キスやセックスを強要する気は毛頭ないし、桐谷の中身をどんどん知って行った上で、自分が最終的に彼とどういう関係で居たいのかはハッキリするはず。
心の内では本当はわかってる。
俺は好きだという気持ちに応えてくれて、正直に気持ちを返して笑ってくれる可愛らしい子が好きだ。
桐谷がそんな風になってそうなるとは到底思えない。
けどそれは沙奈の記憶を追っているだけかもしれない。
好みのタイプはこうだと、決めつけるのは早計過ぎる。
だって実際桐谷に対しても、心動かされる瞬間は何度もあったから。
キスをして気持ちいいと思ったし、一番近くで桐谷の綺麗な顔を見てると、抱きしめたりそれ以上をとか・・・考えなくもなかったわけだし・・・
頬杖をついてボーっとしていると、桐谷はパソコンを静かに閉じた。
「おい、時間大丈夫か?」
「はっ!ああ・・・もう次行かないとな。桐谷もう講義ないっけ。」
「ああ、帰る。」
「そっか、おつかれ。・・・・ああ・・・のさ・・・」
「あ?」
立ち上がって言おうか言わまいか間を置いていると、桐谷は鞄にパソコンを入れながら言った。
「考え過ぎ・・・」
「・・・ふ・・・えっと、俺今日講義終わったらバイトなんだけどさ・・・帰りに家行っていい?」
バイト先は大学の近所で、桐谷のうちは俺の実家最寄り駅よりも手前の駅だ。
桐谷は同じく立ち上がりながら聞いた。
「それは・・・夜の話か?」
「うん。夕方から夜まで・・・22時まで働くから、それ以降になるけど・・・。金曜日だしどうかなって思って。」
「ああ、泊まりたいってことか。」
「・・・あ・・・あ~~いや別に、しばらく居て、泊ってほしくなかったらもちろん帰るけど。」
何となく週末だし遅くなっても問題ないと思って提案したけど、もろ俺が下心丸出しで言い出したみたいに聞こえなくもない。
「・・・?いや泊るなら別に好きにしろよ・・・。」
まぁそう言うよな・・・桐谷は危機感ないんかな・・・いや、そもそも俺を警戒してないのかな。
いや、そういうことが起きても別に普通だろって思ってるってことか・・・
「じゃあ・・・泊ります。」
「おう、急げよ、予鈴鳴るぞ。」
「ん、ありがとう。」
急ぎ足で校舎に戻りながら思った。
やっぱり桐谷って・・・俺には普通に優しいよなぁ・・・。
そりゃ恋人になってもいいって提案しだすくらいなんだから、普通よりは好かれてるんだろうけど・・・
あいつにはきっと、友達だと判断することはあっても、こういう気持ちが恋心だとか、そういう風に思うことがないんだろうな。
ときめかないというか・・・興味もなくて・・・
今の俺が友達として、人間として好きだと思ってくれてるなら、桐谷に対して気持ちが動き始めたり見返りを求めるようになったら、そういう俺のことは嫌いになるんだろうか。
けどそれはそれでいいのかもしれない。
そこまでを求められたくないんだと線引きをしてくれたら、恋人関係としてはやっていけないなという判断も出来る。
というか・・・そもそも、恋人関係でも見返りを求める関係っていうのは、当たり前なんだろうか・・・。
無事講義室に着いて、俺はまだモヤモヤと考えていた。
適当に知人や友人に挨拶されて話しかけられても、尚頭の中は色々と考えを巡らせていた。
ん~・・・理想の付き合い方とか、そういうことは・・・婚約までしてる咲夜に聞いた方がいいかもしれないな。
あいつから惚気話を聞くことはあっても、彼女とどういう関係でいることを心掛けてるとかは、改まって聞いて事ない。
咲夜は俺よりずっと大人な考えを持っているように見えるし、飄々としているようで実はしっかり周りを見ている。
今度会った時、また二人で時間を作れないか聞いてみよう・・・。




