夢オチ
「……ちゃん、けんちゃん」
「ん……」
また誰かに呼ばれてる……?
俺……の名前は、けんちゃん?
「早く起きなさい!
ずばっと布団を剥がされた。春の空気はまだ冷たい。身体の芯まで凍りつくようだ。
「うぉ、さっむぅ」
目をあけると、そこには低学年くらいの女の子が……
じゃなくて、白髪混じりのしわくちゃ老婆がいた。
うわぁ!
「なんだよ、ばあちゃんか。びっくりした」
(あの女の子は誰だっけ?)
布団を奪って二度寝を試みる。あぁ、温もりが戻ってくる。
極楽、極楽──
意識がとおのく中、またしてもずばっと布団を剥がされた。冷気が体温を奪う。
「何すんだよ! どういう権利があって俺の睡眠を邪魔すんだ! ばあちゃんと言えど、怒るよ」
「今日早く起こしてって頼んだのは、けんちゃんでしょ!」
「もう9時よ、遅刻するわよ!」と言い残して、ばあちゃんは部屋を出てった。
そうだったー。今日は、冬川と商店街に行くんだった。あれは、鬼の子じゃ。脳裏に一昨日の邂逅が浮かび上がる。明らかに、俺を嫌っていたな、あの目は。なぜ俺を嫌うのか、いくら考えてもその答えは出なかった。
「あー、面倒くせ」
頭をボリボリ掻いてストレス発散。
「やっぱ、面倒くせ」
そもそも、こうなったのはあの教師のせいだ。脳内で蛇崩先生をサンドバックにする映像を投写しつつ、急いで服を着替えて部屋を後にする。先生が殴り返して、俺がダウンしたのは内緒だ。
この家は亡くなったじいちゃんの家で、今は、ばあちゃんと俺の2人で暮らし。
両親は小さい頃に離婚して、俺はばあちゃんに預けられた。生粋のばあちゃんっ子だ。
両親についての記憶は余り思い出したくない。父は仕事で家にいなかったし、母も男友達と遊びに出掛けていた。
父と母は昔から馬が合わず、じゃあ何で結婚したんだ、と思うがそれは俺を産んだからだそう。つまりデキ婚。小4の時に、婆ちゃんから伝えられた。当時はまだ子供でショックが大きかった。今考えれば、畜生である。
だが、そうした愛あるスパルタ教育が打たれ強く、楽天的な俺を作った。鬼教師に怒られても、鬼ババアにしごかれた俺には通用しない。ありがとう、鬼ババア。
吹き抜けの階段を降りると、パンの焼けた香ばしい匂いが漂う。
「けんちゃん、ご飯できてるよー」
「ごめん、ばあちゃん。食べてる時間ないや」
洗面所でバシャバシャ顔を洗い、シャカシャカ歯を磨く。ついでに、眼鏡のフレームも洗っとく。
この時点で午前9:10分。
集合の時間まで、1時間もない。もし遅刻したら──
何されるか考えたくもない。
「じゃあ、行ってくるね!」
見送りに来るばあちゃんを尻目に玄関を飛び出した。ほんと、ごめん。
4月上旬。ぽかぽか陽気と裏腹に俺の胸中はさむざむしていた。
陰謀に巻き込まれ、商店街の偵察を命じられた俺。よりによって、パートナーがむっつり美少女。恐らく、彼女の座右の銘は「沈黙は金、雄弁は銀」に間違いない。出る杭は打つタイプと見た。そうか。俺を問題児と認めて、出る杭を牽制しているのか!──
「はっ、くだらね」
しょうもない思考を止め、電車の時刻表を確認する。10分後の電車に乗らなければ、遅刻確定。地獄確定。これ以上嫌われたら、俺はどうなってしまうのだろうか。想像しようとする脳みそを切り替えて、桜舞うなか猛ダッシュ。途中、犬に吠えられ、こけそうになった。
10分後。発車ベルが鳴り響き、扉が閉まるぎりぎりに、滑り込みセーフ!
駆け込み乗車はおやめ下さいのアナウンスとともに電車が出発する。車内はの日曜の早い時間で、人が少ない。端っこの席に座り小休止。どっと疲れが沸いて応急処置。座席のヒーターが暖かい。窓から見えるビル群をながめつつ、微睡みに沈んでいった。
******
「どうして泣いてるの?」
ぐすん、ぐすん
暮れなずむ夕方、燃えるような茜色の空。
顔をうずめて泣くぼくに、明るい声がささやいた。
「ねぇ、どうしたの? 顔を上げてよ」
ぐすん、ぐすん
「ずっと泣いてても分からないよー?」
誰? 放っておいてよ。
ぐすん、ぐすん
ぐすん、ぐすん……
突然、体育座りの隙間から誰かが覗き込んできた。まんまるな瞳と目が合う。
「うわぁ」
思わず、後ろに飛び退けた。目の前には1人の少女が立っていた。
「うふふふ」
「だ、誰だよ、君は!」
「わたしはカヲル。あなたは?」
「ぼ、ぼくは……」
「っていうか、君は何をしてるんだ!」
女の子はにこにこ笑っている。ワンピースに麦わら帽子。季節外れの格好だった。
「泣いてたから、気になったの」
「ぼくに構わないでくれ。放っといてくれ!」
「どうして?」
女の子は不思議そうに首を傾ける。
「そ、それは……」
「とにかく、1人にしてくれよ!」
「あなたは、それでいいの?」
「え?」
急に女の子は笑うのをやめた。
「あなたは1人でいたいの?」
「そ、そういうわけじゃ、ないけど」
その時、夕焼け小焼けのチャイムが鳴りわたる。辺りは急に暗くなり始めた。風が強くなる。
「あなたの名前は?」
「……けんと。みやじまけんと」
「ケント君。一緒に帰ろう!」
******
「次は〇〇です。お出口は右側〜、お降りの際は足元に注意して….」
「ん?」
どうやら寝てしまったようだ。くかぁーと伸びをし、目を覚ます。
さっきの夢、あの女の子と昔どこかで……
「〇〇、〇〇。お出口は右側です」
まあ、いっか。いつか、思い出すだろう。
地下鉄を出ると、春の到来を告げる穏やかなが風が吹いていた。