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そして、誰もいなくなった

     2年7組 31番 宮島賢人


【商店街の利点は、そこが一つの商圏を形成している点にある。GMS(総合スーパー)は商品別カテゴリーは広い。だが、商品内のアイテム数には限りがある。その点、商店街は広範囲に渡って商品数の確保ができ、GMSでは補えないバラエティー豊かな品物数が差別化の鍵になるのではないか。………】


それは確か、先月あった道徳の授業で書かされたレポートだ。でも、何故それが? 説明を求め顔を上げると、


「誰だって良いわけじゃない。テーマに対して深く考え、問題解決能力の高い生徒に参加してもらいたい」


まさか──


「まさか、この課題はそのための?」


道徳の課題にしては、実学的で奇妙に感じていたが、それが選抜テストだったなんて。確かに、テーマは『商店街の利用法』とか、そんな感じだったと思う。50分暇なので、割と真剣に考えた奴だ。

ただの老害鬼教師だと思っていたが、老獪な要素も持ち合わせていたとは、脱帽だ。そう言えば、老害と老獪は響きが似ている。実は、老害は曲者なのかも知れない。確かに、背中が曲がってる者は多い。


「先生達もな、色々苦労してるんだ。特に、お前らみたいな奴に」


眉間に皺を寄せ辟易した様子の先生。その瞳に敵意を感じるのは、気のせいだろうか。


「えてして、頭の良い奴ほどよくサボる。必要か否か、効率よく物事を考えるからだ。『レポート優秀者は会議に参加してもらう』なんて言えば、お前ら手を抜くだろ」

「そりゃあ、まぁ面倒くさいんで」


授業で伝えられたら、間違いなく手を抜いた。完璧すぎず、手を抜き過ぎず、その中間を狙う。


「優秀な者に協力願いたくても、彼らは逃げようとする」

「だからこそ、手間のかかる手段に出るしかなかった」


ははぁ、なるほどね。だから、授業を使って秘密裏にテストしたのか。全員にレポートを書かせ、優秀な者を炙り出すために。


ん? だが、ちょっと待てよ。


「ということは、最初に話した内容は?」


冒頭で、募集が集まらない、遅刻が云々かんぬん長々聞いたが、その説明は何だったんだ。レポートで選んだのなら、遅刻は関係ないはずだ。


「ふん。感が鋭いな。では、宮島に尋ねよう」


そう言うと、俺を試すような質問を投げてきた。


「レポートの内容が優れているから、会議に参加してくれ、と私は言うだろうか?」


考えろ。顔を下に向け、口に手をやり思考の体勢をつくる。

蛇崩先生はどういう人間だ? 蛇崩先生は策士だ。俺たちの行動を読んで常にその裏をかいてくる。「会議に参加してくれ」と言われたら俺はどう動く? 答えは決まってる。Noだ。何かと都合をつけて逃げる。なんなら、学校をサボる。


そして、先生はそれを見越して、行動した。

次に取る手は、俺を参加せざるを得ない状況を作ること。つまり……『遅刻の罰』を口実に餌を釣るということ。


──そうか、俺はまんまと教師たちの手玉に乗せられていたのか。やり方が汚い! 


「な、なるほど。最初の話は俺を誘導するための嘘ってことですね」

全て計算されていた。妙なレポートを書かされたのも、ここに呼び出されたのも、全て計画のうち。俺は操り人形のように操作されていたのだ。


先生は短く首肯する。


「で、でも、俺じゃなく他の生徒だったらどうしたんですか?


「考えるまでもない。俺の頼みを断れる図太い奴はお前以外居ない」


なんて恐ろしい…… 見た目も怖いが、中身はそれ以上に怖い。


そして、先生はふぅーと長い溜息をついて天を仰いだ。それから「おめでとう。君は選ばれた」と立ち上がり、不揃いにパチパチパチと手を叩く。

静寂に不協和が干渉する。

うぜぇ、絶対俺のこと煽ってるよ。教師不適格だろ。


「だが、お前が俺の話の本質を読み取れるとは、思わなかった。存外、お前みたいな奴ほど、出来る奴なのだろうな」

「ま、冬川は最初から気づいて俺に文句を言ってきたがな」


そうかよ。そりゃあ、優秀なことで。

それにしても、隣の美少女は冬川というのか。名が体を現すとはよく言ったものだ。まさに、その通りじゃないか。

見てみろ、その冬川某サンは涼しい顔をして急須に入れたお茶を飲んでいる。コクッ、コクッと。いつ入れたんだ、そんなモン。


先程からの余裕は、すでに事の顛末を把握していたからか。それなら、俺に教えてくれたって良いのではないか?

非難の視線を向けるも、やはりシカトされる。その変わり、先生が手助けに入った。


「実はな、俺が黙っててくれと頼んだんだ」


そうなのか。グルだったのかよ。じゃあ、俺を嫌ってるわけじゃないのかな。よかった、よかった。


安心したところで、一つ疑問がわいた。

ところで、俺のレポートはそんなに優れていただろうか?


「どうして俺のが選ばれたんです? ただ本の知識を聞き齧っただけなのに」


「それで充分だ。高校生で経営の知識を身に付けてる者は滅多にいない。知識があると無いとでは、雲泥の差だ」

「俺より、もっと優秀な人が……」

「幸い、会議は2人で参加することになっている。隣の冬川は秀才だ。もし困ったら彼女が助けてくれる」

「さっき無視されたんですが……」

「それに、お前は自覚してないが、宮島は優秀な部類に入る。問題行動は多いが、期待しているぞ」


先生の暖かい目が俺の瞳に写った。なんだ、この先生実は優し……


「だが、妙な気は起こすな。卒業出来なくなるぞ」


くなかった! 微笑ましい師弟愛かと思えば、おぞましい警告だった。俺の感動はどこへ行った。


「汚いですよ! 卒業を条件に持ち出すのはやり過ぎですよ。俺はまだ学生で──」

「お前だって生徒の癖に教師を脅したろ」

「それは、正当防衛であって先に僕を巻き込んだ先生が悪いんです」

「減らず口を叩くな。お前は上祐か。大人の社会は汚いんだ」


そう言うと口角が吊り上がり、奥の歯がきらりと黄金に輝いていた。

ゾクっとする寒気に襲われだ俺は、しぶしぶ「分かりました」と降参を認めた。



******


その後、俺は親睦を深めようと冬川さんに話しかけた。無論、多少下心はあった。

「冬川さんは、どんなレポート書いたんです」


カツィ、カツィ、カツィ、カツィ


乾いた機械音が時を刻む。


「……」


居た堪れない気持ちになったのは言うまでもない。なぜかこの美少女は何も答えない。我関せずと、俺の質問をシカトする。あれ? もう話してもいいんですよ? もう黙らなくていいんですよ。そうですよね? 思わず、自問自答してしまった。相変わらず、空気の一点を見つめ、空虚な瞳が虚空を彷徨う。


心なしか、鼻の頭が熱い気がする。滑走路を見失った視線が周囲を泳ぐ。その視線は、先生を指していた。


呆れたのか、面白かったのか、何か複雑な表情の先生が彼女について教えてくれた。

彼女の名前は冬川薫。校内模試で250人中、3位に入る秀才らしい。だが、俺も負けてはいない。数学と物理は苦手だが、総合順位では30番目に優秀だ。

そして、俺と同じで対人関係が得意で無いらしい。別に俺は苦手ではないが、先生からはそう思われていた。訂正するのも面倒なので、黙っていた。

あと、クラスは2年2組とのこと。予想通り理系クラスであった。

予想外だったのは、解散前に先生が放った一言。


「おまら2人で商店街に行ってこい」

唐突に、突然の一言。

さっきの惨状を見なかったのか?

馬鹿なの? 死ぬの?


そして、不意の一撃は冬川をも驚かせた。それまで、地蔵のように動きがなかった彼女が初めて人間らしい挙動を見せたのだ。急にガタンと大きな音を鳴らして立ち上がった。

そして、俺の顔を見て、物凄く嫌そうな顔をしたのだ。俺はびっくりした。16年間の人生で、あんな嫌悪感を向けられたのは初めてだ。アーモンド型の目は極限まで細められ、中途半端に口が開き、白い歯が剥き出しになっていた。


人間、驚きすぎると逆に冷静になるもの。美人もこれ程に醜くなるものなんだ、と落ち着いて状況を客観視する。そして、冷静に客観的に見たことで、俺は完全に嫌われていたことが分かりました。

そんなに、俺のこと嫌いなのか……


そして先生は無情にも続ける。フォローしてくれても良いではないか。


「事前に商店街について勉強しておけ。会議は2人で参加するわけだから、2人で行けばいい」


そう話すと、俺を睨んできた。「サボするんじゃないぞ」とドスの効いた声で。東大寺の金剛力士像に匹敵する迫力があった。ただの木のくせに、あの生々しさは異様だ。


先生の顔を見て、俺は痛感した。人の顔は男も女も、年齢も美醜も関係なく、酷い顔は皆同じなのだなぁと。


間も無く、唖然とする俺を横目に、蛇崩先生と冬川薫は早々に出て行った。


教室には倒れた椅子がぽつんと残されていた。

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