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それは、罰と言うには、あまりにも重もたすぎた

気楽、適当をモットーに生きております、わたくしも、さすがにはこれは驚きですわ。


という冗談は置いといて。


冗談を言えるほど元気だ、という文句があるが、冗談を言わないと精神的にアレだから、冗談を言うのだ。


つまり、元気でもなんでもない。

そして、俺の心中は逼迫していた。


16年の歴史を振り返っても、挨拶を無視されたことはあっても、存在そのものを無視されたことはなかった。嫌な顔をしたり、睨みつけたり、中指立てられたり、そうした経験は幾度かあるが、いない者扱いは初めてだった。


まだ、中指立てられる方がマシだ。

むしろ、中指立てられるだけ、優しい。

よし、落ち着いた。


次は状況の整理だ。

俺は挨拶をした。だが、彼女は無視をした。この事実から分かることは3つ。


1つ。彼女は難聴持ちの可能性がある点だ。一見、補聴器らしきものは見当たらないが、目立たない種類もある。それなら、俺の声が小さくて聞こえなかったのかもしれない。


2つ。彼女は他人が苦手なのかもしれない。

コミュニケーショ能力が不得意な子も一定数いる。人を前にすると、緊張して声が出せなくなる場合があるそうだ。


3つ。1と2の両方を持つ場合。難聴でコミュニケーションが苦手の子だ。可能性としては、少ないが無いことはない。


4つ目……の可能性を考えないこともないが、これはあまり考えたくない。だから蓋をする。


前提として、挨拶したらお返しするのがマナーだ。従って、お返ししない彼女はマナー違反であり、本来なら糾弾されるべきだ。でも、聴覚や対人関係に苦手があれば、仕方ない。


よし、結論は出た。彼女は1か2か3のパターンだ、多分。注意するのは、やめておこう。このまま、先生が来るまで、そっとしておくのが紳士的だ。



しかし、狭い教室に2人だけ。これは、危機意識が足りないんじゃないか。同じ学校の生徒とは言え、赤の他人であることに変わりはない。


ちらっ、と横を確認すると相変わらず冷たい表情のまま、静止している。その姿は悟りを開いた高僧のよう。そのまま、即身仏になる勢いだ。


もし、ここであんなことやこんなことをしても、この空間にいるのは俺たちだけ。周囲から隔絶されたこの部屋に助けは来ない。


犯罪のシチュエーションとしては完璧だ。実は、生徒指導室とは、そういう意味での指導なのかも知れない。ブラウスの上からも視認できる膨らみに目を奪われていると、再び革靴の乾いた音が響いてきた。名残惜しくも、慌てて邪の思考を捨て、平常心を心掛ける。無駄にブレザーの襟を掴んでシワを整えたのは、罪悪感を打ち消すためではなく、先生に対して失礼が無いようにと思ったからだ。


そして今度こそ、革靴の音が部屋に吸い込まれた。

入ってきたのは、生徒指導の蛇崩先生。普段よりも、しかめっ面が僅かに強張っていた。


「よし、ちゃんと集まってるな」

ドサッと椅子に腰掛けた先生は、続けて口を動かす。

どうせ、学校周辺を1時間掃いたり、ゴミ拾って終わりだろう。だが、先生の口から出たのは、思いも寄らない内容だった。


「お前達には、地域交流の一環として、商店街の活性化に尽力してもらう」


は?


瞼をぱちぱち、口をぱくぱく。こんなアホ面を晒した醜態はこれが初めてだった。商店街の活性化? 尽力? 一体、何を言ってる?


「その顔は何だ、宮島。文句があるのか」


俺の不承を察してか、高圧的に畳み掛けてきた。蛇崩先生は簡単なことのように言ってくるが、それは予想外に厄介な代物だった。


「学校近辺の清掃じゃないんですか?」

「逆に聞く。いつ俺が清掃と言った?」

「前は清掃でしたよね、今回だってそうだと」

「甘いな、宮島。前回清掃だからって、今回もそうだとは限らん。バイアスに引っ掛かったな」


にやにや笑いながら高みの見物を楽しむ先生。怒りがこみあげできた。何するのか明言しなかったのは、俺を大人しくさせるためだったのか。

怒る気持ちをグッと堪え、質問した。


「商店街の活性化ってどういうことですか?」

「そのままの意味だ。高校の近くにに鶴橋っていう商店街がある。そこの会長さん達の会議に出てくれ」


それから10分くらい、俺たちは長々と説明を受けた。先生の話をまとめると、どうやらこういう事らしい。


鶴橋商店街は高校から歩いて15分程度の距離に位置し、街の流通を発展させてきた歴史ある商店街。だが、国道沿いにショッピングセンターが出来てからは、客足は遠のく一方の閑古鳥。地元常連客のおかげで、どうにか経営は成り立っているものの、水面下では負債が積み上がっている。現状を打破する為に、若い高校生の視点を運営に取り入れたい、という商店街会長の考えがあるそうだ。


また、学校側としても、地域•社会貢献という理念が求められる昨今、この話を断る理由が無かった、という事らしい。

ここまでは、とんとん拍子に話が進んだ。


だが、人選を誰にするかという点に問題が集約した。そこ

で、まずは学年別に考えた。1年生は入学して間も無いから却下。3年生は受験が控えてるから却下。従って、その間をとった2年生の中から候補者を募集することに決められた。しかし、いくら待っても、一向に応募してくる学生が現れない。期限が迫る中、焦った教師たちは、強制的に参加させることを決断した。だが、善良な生徒に無理苦理行かせるのは忍びない。先生も心が辛い。でも、問題事を起こす生徒だったら──

そうして、強制徴集しても問題がない生徒、俺と冬川に赤紙が配られた。「罰として、社会活動を学んでこい」と。


事の成り行きを知った俺は、心に誓った。「みんなの高校情報」の口コミに星1、そしてありとあらゆる罵詈雑言の嵐をぶつけてやると。やられたら、やり返す。100倍返しだ。さぁ、どんな悪態を突いてやろうか。


********


全く、迷惑な話だ。

経営学の専門家でも雇えば良いものを、なぜ素人の高校生に頼むんだ。そんな責任の重そうな仕事を誰がやりたがる。ダメ元で悪足掻きをすることにした。


「先生、これは責任が重すぎじゃないですか。第一、意見を聞きたいならアンケート調査で間に合うでしょう」


俺の意見を参考にしたいだなんて、それはダメだ。もし下手なことを喋れば、相手の期待を裏切ることになり、ひいては学校への信頼低下に繋がる。そして、その責任は俺に。

これはなんとしても、回避しなければ。

だが、俺の不安を先生がさらに掻き立てた。


「アンケートくらいじゃ、地域貢献とは言えないな」

「でも安心しろ。向こうも、当然革新的アイデアが出るとは考えてないだろう。でも進学校なこともあって、かなり期待されてるらしい」


どこが安心できるんだ! 思わず心の中でツッコんだ。一筋の光明はないのか、蜘蛛の糸でも良いから、俺は救ってくれ!


すると、初めて隣から反応があった。


キョロキョロ見回す俺が余程滑稽だったのだろう、隣の美少女が訝しげな目で見てきた。黙ってないで何とか言ってくれ、と目で訴える。だが、すぐ視線を逸らし無視されてしまった。蜘蛛の糸が切れた。


「で、では、マーケティングや経営科学のプロを呼ぶべきなのでは?」

「俺に聞かれてもなぁ。ただ、古い商店街は村社会的な考え方もある。外部の人間より、地域に根差した学生の生の意見を好む人もいるのだろう」


いやいや、俺はこの地に縁もゆかりも無い、他県出身なのだが……そして、大学は東京で、ひいては、外国で働こうと思っている。鶴橋商店街とは、全く関係がない。そんな、俺の意見が欲しいというのか?


それに、商店街には行ったこともないぞ。駅とは正反対だからな。本当に、俺の意見が欲しいのか?? 知らないぞ俺は。


「話はそのくらいで良いか?」


腕時計を確認し、大人しく認めろと催促してくる。

だが、まだだ。何か、突破口があるはず。たくっ、何で俺がこんなことに。


──とその時、腑に落ちない違和感を覚えた。知らない場所を歩く時の「この道で合ってるのかなぁ」という心細さ。「一度戻ろうかなぁ」という恐ろしさ。

何か間違っている気がする。でもそれは何か。

思案の後、ようやく歯車が動き始めた。


「そもそも、なぜ俺が選ばれたんですか」

「遅刻をした罰だからだろう」


何を今更、と先生は涼しげな顔で答える。

だが待て、冷静に考えろ。地域交流は、生徒が媒介となる。つまり、橋渡し役が肝心だ。


「大事な会議に来たのが不真面目な問題児だったら、相手は困るでしょうね。それは、学校への不信感に繋がるのでは?」


大事な地域交流だ。普通は俺みたいな非常識な生徒を選ばない。それにこれは、ある意味脅しになる。もし俺を選んだら、どうなるか分かってるか、と。俺の態度一つで学校の評判が落ちるぞ、と。この指摘に先生は、ほぉと呟き、感心するようにうなづいた。


「なるほどな。視点はおもしろい。だがな、募集しても生徒が集まらんのだから、仕方ない」


いやー困った、困ったと首を振っていけしゃあしゃあと答える蛇崩先生。白々しい。


「そんなはずは、ありません。この学校は評定が厳しい。指定校推薦を狙う人にとって今回の募集は好機です。人が集まらないとは考えにくい」


実際、内申目当てでボランティアに参加する生徒はかなり多い。落ち着いて考えれば、違和感にすぐ気付くはずだった。

何か裏があるはずだと指摘すると、先生はつまらなそうな顔に戻って、腕を組み直して言った。


「ふん。さすがの洞察力だな」

さすがの?

「無論、先生達も宮島と冬川の品行が良くないことは重々承知の上だ」

「だったら、──」


俺が発言し終わる前に、先生がスーツの胸ポケットから紙を取り出した。



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