1-6 甘え方の補習
本日5話目の投稿です。
静まった研究室の中。
ガラス片を手にとって暫く黙り込んでいたルヴァイは、ほんのり光って見える紅い目で私をじっと見つめた。
「……こういうの、いつから?」
「こんなの、ずっと前からよ。あんまり気にしてないけど」
「ずっと、前から……?」
笑みを消して紅い目を細めたルヴァイが、じっと何か考えるようにガラス片を見つめる。
「ほ、ほら、私のパパって革命家でしょ?うちの国は割と平和に民主化したけど、怨みつらみがゼロかっていうと、どうしてもあるからさ。このぐらいの嫌がらせで気が晴れるならまぁいいかなって」
「いいわけ無いだろ」
ルヴァイはペーパータオルの上にガラス片を置くと、私をまたじっと見た。
「父親は知ってるのか?」
「……いちいちこんな小さい事言わないわよ」
「小さくないだろ」
視線を落とす。
でも、仕方が無いのだ。
「…………学生っていっても半分職業研究員だし……成人になって随分経つのよ?いつまでも親の足引っ張れないわ」
自分の机に飾ってある両親の写真を見る。
ピチピチのシャツを着てニカッと笑っているマッチョでチャーミングな父親。
真っ黒に日焼けして満面の笑みを浮かべる無医村を渡り歩く母親。
私が成人したと同時に再び夢を追いかけて家庭を旅立った二人の邪魔を、私はしたくない。
なんだかんだ、私を育てるために、色んな物を犠牲にしてきたんだ。
成人した子供の面倒なんて見させたくない。
「………じゃあ、誰かに相談した?」
「…………変に巻き込みたくないから、してない」
「………………」
心配するようなルヴァイのまっすぐな眼差しを受け止め切れなくて、視線をずらす。
もちろん傷つくし、辛くないなんてことは無い。
だけど。
私はニヤリと笑って顔を上げた。
「大丈夫よ!こんな地味ないやがらせぐらいでへこたれる弱い精神してないから。これでも二つ名は悪女だからね」
「全然悪女じゃないくせに」
「そ、そんなことない、よ……」
うっかりグッと手を握りしめてしまって傷口が開いた。
またポタリと血が垂れてくる。
「……ごめん、先に手当しよう」
「あ、うん、そうだね……」
この位なら簡単なガーゼとテープで良さそうだけど、指は動くから包帯のほうが良いだろうか。
あれこれ取り出した所でルヴァイに手を取られた。
「なんで自分でやろうとすんだよ」
「いや、ほら、自分でできるから……」
「利き手のケガだろ」
ルヴァイはそう言うと少し怒ったように勝手に手当を始めた。
それなのに、手付きが壊れ物を扱うようで、触れた手の温もりが妙に生々しくて、なんだか落ち着かない気持ちになる。
「………ありがとう」
「……うん」
妙に静かな部屋に、すっかり存在自体忘れていた時計の音が響く。
「エリィ」
「………はい」
「お前はもうちょっと人に頼るって事を覚えろ」
包帯を巻き終えた手を優しく握って、ルヴァイが心配の滲む目で私をじっと見た。
何だか胸がギュッとなって、思わず視線をずらす。
「………でも、あんまり、迷惑かけたくないし……」
「アホか」
はぁ、とルヴァイがため息を吐いて、でも優しく私の傷付いた手を撫でた。
「お前さ、自分の家族とか友達とか大切な人が苦しんでるときに、お前に迷惑かかるからって何も言われなくて、頼ってもらえなかったら、辛くない?」
「……辛いね」
「そういう事だろ」
「……でも、そんな人ばっかりじゃないでしょ?」
「…………」
誰かを頼って、うまくいかなかった過去が胸を掠める。
見るからに強そうな私が弱さを見せた時の、みんなの残念そうな顔。
拒否の態度。
そんなんで泣くなよっていう、冷たい声。
面倒くさそうな様子。
お前はダメだなという視線。
強くなければ、しっかりしなければ。
そうでなければ、仲間には入れてもらえない。
愛されることも無い。
幸せにしたい人も幸せにできないし、守れない。
だから、私は強くならないと。
「大体私みたいな強い女を守ろうとする人なんてなかなかいないわよ」
うん、大丈夫。
私は強くなった。
「なんたって、おっさん悪女だからね!男なのか女なのかももはやわからないけど」
「……………」
ここは、笑うとこだったんだけど。
ルヴァイはそのまま読めない顔でじっと私を見つめている。
そして今度は私の包帯を巻いた手に視線を落として、傷付いた場所を包帯の上から優しく撫でると、また私の目をじっと見た。
「俺には甘えていい」
想像以上に心配が滲んだ目は、何だか良くわからない熱を持っていて、思わず息が止まる。
また目を逸したいのに、熱く絡む視線を逸らすことが出来ない。
胸の奥が甘く痺れて動けなくなる。
「人に頼らない強さは本当の強さじゃない。共に手を取り立ち上がる、しなやかな強さが本当の強さだ」
思っても見なかった強さを提示されて、そういうこともあるのだろうかと思考を巡らせる。
しなやかな強さ。
そんな私を見て、ルヴァイは今度はやたら優しい顔で、しょうがないな、みたいな顔で笑った。
「だから、ちゃんと人に頼ること、覚えろよ。大丈夫、その気持ちには、絶対応えるから」
優しいその言葉に心が解けていく。
自分の弱さが出てきて狼狽える。
思わず逃げるように手を引っ込めようとして、クッと掴まれた。
動揺する私を見て、今度は何だか嬉しそうに、そしてちょっと面白そうにルヴァイは笑った。
「ということで、これは補習だな」
「ほ……ほしゅう………?」
「行くぞ」
「は!?まって、どこに……」
「飲みに」
「…………………飲みに?」
そして。
連れてこられた、いい感じにこなれた雰囲気の、料理も美味しいバルのカウンター。
まさかの迎え酒に乗り気じゃなかったのに。
逆にいつもよりちょっと悪い事をしているようでテンションが上がってしまった。
そして、美味しい。
お酒も料理も、とても美味しい。
ルヴァイの店選びのセンスは確かだった。
そして、とてもたのしい。
つまり。
私はすっかり、酔っ払っている。
「いたかったよおぉぉ」
「だから言っただろ」
「だれよ!あんなとこにガラス入れたの!!」
「ほんとだな」
「シャワーの時しみるの嫌だぁぁ」
「あぁ……痛そう」
「代わりに洗ってよルヴァイ!」
「………酔いすぎじゃないエリィ」
ケラケラ笑う私を見て、呆れた顔したルヴァイも、面白そうに笑う。
「俺には甘えていいって言ったじゃない!」
「ちょっと意味が違うような……」
「何がちがうのよー!!」
「………ほんとに洗いに行くぞ」
「へんたい!!」
「酷くないか………」
楽しい。
ほんとに楽しい。
こんなに楽しいのいつぶりだろうっていうぐらい楽しい。
変なの。
ケラケラ笑う。
そして世界がちょっと揺れてる。
「ちょっと一回落ち着け、エリィ」
ルヴァイは何だか優しい顔で笑うと、私の頭を撫でた。
そのままくらりとルヴァイの肩に頭が乗っかる。
私の頭を撫でるルヴァイの手が気持ちいい。
ルヴァイの香りに包まれて、ホッとした気持ちになる。
ルヴァイが柔らかさのある低く響く声で私に問いかけた。
「……なぁ、なんでそんなに人に甘えたくないの」
「だって、こんな見た目も気も強い女が弱音吐いたって誰も助けないでしょ」
「そんなことないだろ」
「……昔から背も高くて、運動もできて、頭も良かったのよ、私」
「………イケメンだな」
「でしょう」
優しく撫でられて、ポロポロ言葉が溢れだしていく。
「そんな私が困って泣く姿は、守ってあげたくもならないし、面倒なだけだったみたいだし」
民主化で貴族をイジメる革命家の娘だって、クラスで仲間外れにされた時もそうだった。
私が泣いても、別に誰も助けてくれなかった。
やっぱり、助けられるのは、小さくて可愛い弱い子たちばかりで。
普段から強い私は、守られる存在じゃなかった。
「期待通りの働きができないと幻滅されたし」
革命家の娘なら政治もバッチリだよなって、質問攻めにされた事もある。
答えられずバカにされて悔し泣きしたことだってある。
だけど。
「私が強くなれば、全部まるっとおさまるのよ」
イジメに屈せず政治も学び、運動で男に勝ち、もちろん大好きな科学もトップになって、そして流行りのボードゲームで最強となってからはリスペクトされるようになった。
得意のナイフ投げを見せてニヤリと笑えば切り刻まれるぞと恐怖され、いじめっ子を体術で返り討ちにしたら『悪女』の二つ名の完成だ。
仲いい子もいじめられなくなったし、イジメっ子とも仲直りできたこともあった。
それは、高等部になってもそうだった。
陰湿な嫌がらせもあったけど。
負けたことなんてなかった。
みんなが見たいのはそんな革命家の、『悪女』のような、強い娘。
「ということで、私は強くあらねばならないのよ!」
「……強くていいけど、誰かに弱さ見せたらダメなんてこと、無いだろ」
「だって、弱い悪女とか変だし、受け入れられないでしょ」
「そんなことない」
ルヴァイがコンっと自分の頭を私の頭に寄せた。
ふわりとルヴァイの、何だか甘いような香りがする。
「そのまんまのエリィに、価値があるんでしょ」
「その、まんまの……?」
「そう。俺にとっては、エリィはただこうして生きてるだけで、十分価値のある人だよ」
ルヴァイの優しい声が響く。
なんだか温かい気持ちになって、安心して、眠くなってきてしまった。
「俺は、こうして俺の横でエリィが生きてるってだけで、神に感謝できる」
「ふふ……なにそれ……大げさ………」
「そんなことない」
そして私の顔を覗き込む。
「ちょっと、ここで寝るなよ」
「うーん……寝ない………」
「ほら、帰ろ」
「お会計……いくらか計算できない……」
「アホか。要らないからお金」
「えぇ?」
手を引かれて外に出る。
深夜の月明かりの、人通りの少ない街の中。
ルヴァイの手が私の手を握っている。
何だか変な感じだ。
自分の手とは違う男らしい、少し硬い感触。
「ふふ、ほら、私だって甘えられるじゃない」
「どこが?」
「子供みたいに、手引っ張ってもらってる」
「……………こんぐらいじゃ甘えてるって言わないでしょ」
「えぇ……?」
フラフラだし十分頼ってるし甘えてると思うけど。
これ以上どうしろというのか。
「……わかんない……」
「…………」
ピタリと立ち止まったルヴァイが、私を見下ろしている。
「……じゃあ、甘えさせていい?」
「んん?うん、いいよ??」
でも、どうやって?
そう言おうとする前に、ふわっとルヴァイの香りに包まれた。
優しい腕の中、柔らかく頭を撫でられる。
思ってたよりずっとしっかりしている腕と胸の感触になんだかホッとして。
私は暫くそのまま、ルヴァイの腕の中で、穏やかな気持ちで目を瞑った。
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