1-2 魔王の教育方針 (sideミリアル)
「ま……誠に!!申し訳ございませんでしたぁ!!!」
防音処理を施した室内で、巨体の男、そして革命家で、エリィの父親であるレイコフは、ガバリとその頭を下げた。
シーンとした室内では、黒髪の男が呆然と窓の外を見たまま、ピクリとも動かない。
その背中からは表情は分からないが。
明らかに。
そう、明らかに絶望している。
「ちょっとルヴァイ……流石にウンとかスンとか言いなよ………」
「………うん……」
「えっちょっと、ほんとにウンで返さないで」
私はあまりにも居た堪れない状況に笑顔を引きつらせた。
まさかのエリィに好きな人がいる事がわかったその日。
私達は今後のことを話し合うためにルヴァイが防音処理をしたこの部屋に集まっていた。
「まさか……まさか、娘が、あの娘が、色恋沙汰に興味があったなんて………」
巨体を縮こまらせたこの革命家の男は、数ヶ月前にバーンと革命を成功させた威厳の欠片もないほどに萎れていた。
それはそうだ。
革命が無事成功したら、二人を引き合わせるという約束のもと、一緒に革命を進めてきたのだから。
まぁ、ルヴァイは人の手を借りるつもりは無かったと思うけど。
レイコフとしては、リスクだらけの革命にのってくれたルヴァイに、何か少しでも恩返しがしたかったはずだ。
沈む部屋の空気から逃避するようにこれまでのことを思い出す。
この国の守り神であり驚異でもあった魔王――ルヴァイ・エラナリアは、900年前に旧エラナリア王国に湧き出た瘴気を止めた王族だ。
瘴気を止めた時、魔族の長からルヴァイが受けた呪いは、国が存続する限り死ぬことができない呪いだった。
そして、妻の転生者が、すべての記憶を無くしたまま、魔王ではない他の男と添い遂げる姿を見せ続けるという、最悪の呪いだった。
呪いを解く方法は一つ。
国を滅ぼすこと。
だけどルヴァイは国を滅ぼすことはせず、妻を見守りながら900年もの永い時を生きてきた。
そして今。
王家が長年進めてきたルヴァイの呪いと瘴気の研究が実を結び、懸念していた魔族の血の封印も成功。
王政を放棄するという革命も、各国の要人や国内の協力者に恵まれ、遂に達成することができた。
無事に王政放棄と政権交代を行い、事実上エラナリア王国は消滅して、『国が滅ぶ』という呪いが解ける条件が揃った。
ルヴァイも普通の人間に戻ることができ、新しいエラマルシア連邦共和国の時代に入った、のが少し前のこと。
ルヴァイはこれまでただ遠くから眺めるだけだった妻の生まれ変わりのエリィと同級生になりたいと言って大学へ編入。
きっと、もとから同じ医学部の友達だった私が紹介するんだろうなーと思っていたんだけど、まさかいきなり隣の席に座ってさっさと仲良くなるとは思わなかった。
さすが900年とちょっとの経験値をもつエリィの前世の夫だなと思った。
そして流れでちゃっかりエリィの呪いも消えたことを確認し、順調にルヴァイとエリィの仲も深まってきたなという今日という日。
ずっとルヴァイに恩を感じていた議会長でありエリィの父親のレイコフは、どーーーしても娘とルヴァイを引き合わせたい!間を取り持ちたい!家族ぐるみで仲良くしたい!という熱量のもと、ルヴァイの遠慮を押しのけて、エリィに「紹介したい奴がいる」と連絡を取ったらしいのだが。
まさか、エリィに好きな人がいたなんて。
聞いてない。
自称エリィの親友であるこの私には言ってほしかった……と切ない気持ちになる。
……多分、エリィのことだから恋バナなんてする頭など働かず、なんの意図も無く言い逃していただけなんだと思うけど。
そうやって意識を彼方に飛ばしている間に、レイコフが勢いを取り戻してきたのか、ガバリと起き上がった。
「こうなったら、どこの馬の骨なのかすぐに調査してー!!」
「……止めろレイコフ」
ルヴァイは静かに、でも有無を言わせない強い口調でレイコフを止めた。
「別にエリィ欲しさに革命に協力したんじゃない。それがこの国のためだと思ったから、協力したんだ」
「しかし………」
「………いくら俺の妻の生まれ変わりだからって、もう俺に縛られる必要もないだろ?」
その優しさが滲む静かな声に、何だか私まで泣きたくなってきた。
そんなお前は、一体何年……いや、何百年その妻の魂を追いかけてきたと思ってるんだ。
革命が起こる少し前。
呪われた紅い目を少し寂しそうに細めて、遠くからエリィを見守っていた頃のルヴァイを思い出す。
王政を放棄し、呪いが解けた時のため対策はしたけれど、本当にこのまま生きていられるかどうか、分からない。
だから、呪いが解けるまでは会わない。
そう言って距離を保ったままだったこの男は、何だかんだ、優しすぎると思う。
ルヴァイのため息が聞こえる。
「二人とも、騒がせて悪かった。もうこの話はいいよ。エリィが誰が好きかも探らなくていいし、俺にも言わなくていい。そんなの、マナー違反だろ」
「……っでも、ルヴァイはそれじゃ……!」
思わず声を上げる。
「いいんだ、エリィは妻の魂をもっていたとしても、新しい命としてこの世界にいる。誰を好きになろうと自由だ。前世で縛り付けたくない」
「……でも……」
じゃあ、お前はどうするんだ、と身も蓋もない問いかけをしようとして言葉を飲み込む。
ルヴァイがエリィの前世の妻と死別してから100年以上は経っているけれど。
ルヴァイはずっとそのまま、妻への気持ちを持ち続けているのだ。
……900年以上ひとりの女を愛し続けたこの呪われた男は、呪いが解けたら心も妻から自由になるのだろうか。
いや、たぶん……それはないな。
ルヴァイを見て直感的にそう思う。
じゃあ、じゃあ……このまま諦める……?
あまりにも残酷な展開にかける言葉も見つからないまま突っ立っていたら、なぜかククッという、ルヴァイの笑い声が聞こえた。
……え、笑った?
「………大丈夫。俺に振り向かせればいいだけだろ?」
ゆらりと振り返った顔。
昔の紅さは無いが、ほんのり紅い瞳が、夕暮れ時の薄暗い部屋の中で仄かに光る。
優しそうな笑顔なのに、何だか笑ってないその紅い目。
まさに『魔王』の笑顔に見えた。
………怖い。
「ル、ルヴァイ……」
「ん?なに?」
「お手柔らかに、ね……?」
「……どうかな?」
エリィ、ごめん。
これは。
覚悟した方がいいかもしれない……。
ショックを通り越して攻めに転じた一途な『魔王』。
私は可愛い『悪女』な友人に、心の中で祈りを捧げた。
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