第6章~目には見えない真横に感じる2回の出来事~(第1部完)
それから数ヶ月後に起きた事です。
あの新小岩駅の一件から落ち着きを取り戻して、少しずつ忘れかけていた頃でした。
その日は宿直明けで、前日の仕事がかなり忙しかったのです。
自分は、帰りの電車に乗るや否や、シートに座ると直ぐに眠り込んでしまったのです。
帰りの電車は、都心と反対方面なので、空いている上にゆったりと座れました。
それ故に、津田沼くらいまで乗り過ごしてしまう事が多々ありました。
その日も、3人掛けのシートの右側に座って、寝過ごさずに帰れればいいなと思っていました。
心地よく寝ていると、自分のすぐ隣りのシートに、
「ズシーン!」
…と、かなり勢いよく誰かが座ってきた感覚がありました。
そのお陰で、寝ていたとはいえ反射的に身を仰け反らせました。
「…ん、誰かが隣に来たのかな?」
「この時間帯で、3人掛けのシートが埋まるのは珍しいな…」
「それにしても、隣に座るのにあんな勢いで座るなんてどんな奴だよ!」
…と思い、眠たい目を薄らと開きました。
「え、えっ!」
「居ない…、隣には誰も居ない!」
それどころか、3人掛けのシートの向かい側も空席でした。
慌てて車内を見渡すと、離れた座席に4人程乗客がいましたが、隣に座ってきたような形跡はありませんでした。
すると次の瞬間…、
「扉が閉まりま~す」
「プシュ~、ガッコン」
そこは、あの新小岩駅でした…。
「うわぁぁぁ!」
自分は、頭が真っ白になりました。
自分がいたすぐ隣の席に、目には見えない何かが座ってきたと思うと、同じ場所に居続けるのに恐れ慄きました。
すぐに、2つ先の車両へ移動したものの、とてものんびり寝ていられる心境にはなれませんでした。
次の小岩駅で、特に用も無いのに途中下車をして、物怖じした心を落ち着かせました。
呼吸が整って目が冴えてくるまでは、ここを動きたくないと思いました。
数分後、やっと気持ちが落ち着いたので、再び西船橋駅まで乗車しました。
そして、西船橋駅に着いてから武蔵野線の府中本町行き電車に乗り換える為に、改札口のある階に上って行きました。
急いで帰る訳ではなかったので、武蔵野線の9,10番線ホームに上がるエスカレーターは、左側に乗りました。
すると、右側後方からエスカレーターを歩いて来る音がしました。
「カツン…カツン…カツン、カツン、カツン!」
自分に近付くに連れて、段々とその足音は大きくなりました
ブーツで歩いた時に聞いた特徴のある音でした。
このまま、エスカレーターの右側をすり抜けて行くのかと思っていると、どういう訳か自分のすぐ斜め右後ろに来た途端に、その音がピタッと止まりました。
「何だよ、抜かすなら早く抜かして行けよ!」
「こっちはギリギリまで左に寄っているんだから!」
…と思い、徐に斜め右後ろを見たら誰もいないのです!
「えっ、何で!」
「今は頭も冴えてるのに…」
…と思い、目を大きく、
「カッ!」
と、見開いてエスカレーターの後方を見たら、そのエスカレーターに乗っていたのは、何と!自分だけだったのです…。
その時は、ゾクゾクっと寒気がしました。
「ヤバい…、総武線各停の車内から、何かを憑けてきてしまったのか?」
「確か…、自分の隣に目に見えない何かが乗ってきたのは、新小岩駅からだったような…」
この出来事が起きてから、自分は宿直明けの時にどんなに眠くても、総武線各停に乗って西船橋まで寝ようと思っても、新小岩駅に着くと何故か必ず目覚めてしまうという事が続いていました。
一度は自分を引き込もうと試みた地縛霊が、諦めきれずに寄って来ていたのだろうか?
この出来事があって何日かは、新小岩駅を通過する時はなるべく下を向くようにしていました。
自殺の名所として有名だった新小岩駅は、快速線の4番線ホームから投身する人が多くいました。
月曜日に人身事故が多かったのは、投資で失敗して多額の損失を被った方がいたからという説もあります。
電車の人身事故が起きると、運転再開を急ぐあまりに、運転席のフロントガラスだけは返り血と脂を除去しますが、先頭部分の車体の返り血は完全には落とせないので、車庫に入るまで走り続けています。
そのような、車体を実際に見た事が何度もあります。
当時、新小岩駅の快速線ホームでは投身自殺者が多すぎて、ホームから投身している人が生身の人間なのか地縛霊なのか見分けが付かない事もよくありました。
そんな時は、回りの乗客が騒いでいるかどうかで判断していました。
それが地縛霊だったとしても、自分の目の前の車窓には、いつの間にかギットリとした脂が撫でる様に付いていて、そこに無数の指紋浮き上がって見える事がありました。
あと、一度だけ走行中の総武線各停に並走して追いかけてくる、白い着物を着た幽霊を見た事があります。
電車の速度が出ているのに、あっという間に追い付いたと思ったら、ビターンっと車窓に顔を張り付けてきましたが、それはとても見れたものではなく、顔の半分がグチャグチャに潰れていました。
この時は、あまりの気持ち悪さに、半日は気分が悪いままでした…。
これまでが、新小岩駅の快速線ホームにホームドアが設置されていなかった時のお話しでした。