第2章~新小岩駅での自殺対策
現場の同僚の中で、総武線各停で通勤している後輩の大竹さんと、人身事故による遅延についてよく愚痴を言い合っていました。
自分は総武線各停の西船橋から、大竹さんは船橋から都心に向かう電車に乗っていたのですが、2011年~2015年(平成23年~27年)は特に新小岩駅での人身事故が多かったので、2人共遅刻の常習犯でした。
上司から、人身事故を見越して早めに出社するように言われて、自分はいつもより50分早く出社していましたが、遅れる時は遅れるのです。
中央線快速の新宿より西側で人身事故が起きると、総武線各停の緊急停車は最寄り駅まで運んでくれる場合が多いのですが、新小岩駅で人身事故が起きると駅と駅の間の線路上で列車が緊急停車する事が多いので、そうなるともう電車が動くまで何も出来ないのです…。
単に出社が遅れている乗客は、会社に電車遅延の連絡を入れるのはそれほど緊張感はありませんが、取り引き先に契約に行く途中の乗客は、やりきれない気持ちで連絡を入れていました。
新小岩では、通勤の時間帯にホームの両端に駅員を配置して人身事故の軽減を切望していましたが、ホームの中央から投身したり、通勤時間帯をずらして投身する方がいたりと、なかなか効果が上がりませんでした。
そんな中、自殺抑制に青い光を照射すると人の心を落ち着かせる効果があると、新聞に掲載されました。
すると、藁にも縋る思いだったのか、早い段階で新小岩駅快速線ホームの両端に、水銀灯と思われるかなり明るい青い照明が設置されました。
両端にある極めて明るい青い照明で、ホーム全体を挟み込むように照射しようという計画でしたが、照明の近くは眩しくて中央は薄暗い感じでした。
新小岩駅に青い照明が設置されると、青い光が点いている夜間に関しては効果があったのですが、日中に青い光を照射するにはどうしたらいいのかという課題がありました。
その対策として、ホームの上部にある屋根を所々切り抜いて、そこに青いアクリルパネルを嵌め込む工事を時間をかけて施工したのです。
それにより、ホーム上部の屋根が日光を浴びると、青いパネルを通して日中でも青い光がホームに差し込む様になりました。
懸命な自殺抑制対策により、日中も夜間も青い光が照射される状況は作れましたが、自殺の原因となっている健康問題、家庭の問題、経済的な問題、職場の問題、学校の問題、男女の問題、人間関係の問題、いじめや疎外感による問題等は改善した訳ではないので、青い光だけではどうしようもありませんでした。
通勤で総武線各停を利用している自分と大竹さんは、人身事故で遅延があると事前にメールで連絡を取り合い、先に送信した側は職場に遅刻の連絡をしてもらっていました。
振替輸送乗車券を受け取ったところで、乗り換えが出来る駅とそうでない駅があるので、後者の場合は無理をしない事にしていました。
ある日、大竹さんと新小岩駅について話し合っていました。
新小岩駅ではかなり強めの青い光を放つ照明が、快速線ホームの両端に設置してあるという事を…。
自分も前にその話を聞いた事があり、どんな感じなのか日勤明けに行ってみる事にしました。
新小岩駅の総武線快速のホームの端の方に行くと、確かに青い照明が強めに光っていました。
青い光が心を落ち着かせるというよりは、光が強くてホームの端の方に行くのを躊躇うといった感じでした。
自分が青い照明を確認しに行ってから数か月後、何故かそれが撤去されていたのです。
どうやら、青い光が強すぎてクレームが入った事による対応のようでした。
すると、一時期落ち着いていた新小岩駅の快速線ホームから夜間の投身自殺が徐々に増加していきました。
そうとも知らず、自分はまた大竹さんと新小岩駅について話し合いました。
「最近、日勤帰りでも新小岩駅で人身事故が増えたよね」
「そうですね、だけど新小岩駅の快速線のホームの両端には、かなり強めの青い光が照射されている筈ですけどね」
「あ、でも、最近は日勤帰りで青い光を見ていないような気がするよ」
「屋根に青いアクリルパネルを設置して、日中はホーム上に青い光が差し込むから要らなくなったんですかね」
「じゃあ、夜は青い光は無しでいいって事になったのかな?」
「夜より日が差している時間帯の方が人身事故は多いですからね」
「確かにそうだね…」
「まあ、仕方ないんじゃないですか、ずっと不景気なんですから、青い光を照らしても照らさなくても投身自殺する人はいますから」
この時は、こんな会話をしていました。