1 船上にて
新連載です。
更新は遅いですが頑張ります。
風が変わった。
どうやら大海から陸地に近い領域に入ったようだ。
しばらく慣れ親しんだ海精たちの気配が遠ざかり、新しく地精の気配が強まってきている。
私は今、精霊気筒船のデッキにいる。
ついこの間まで森の奥深く、神代の頃から生えている神樹に囲まれて生活していたのが噓のようだ。
私、ユーミリア・ピニアティスは風の中の精霊の気配が変わるのを身に感じながら追憶する。
この世界、地球。
確か私が向かっている桜国の言葉ではそう呼称するらしい。
地球は小さな島国でありながら、類稀な貿易、軍事、文明、精霊力でその他の国を圧倒する桜国を中心とした黒髪黄肌の文明圏、央域を中心として、西方の金髪白肌の技術の発明に優れた西洋、資源優れた赤髪黒肌の南海、軍事力に優れた青髪透肌の北方で構成されている。
私はそのどれからやって来たかというと西洋からだ。
だが、厳密に言えば違う。
こちらの言葉で言うならば外れも外れ極西の地、ユグドラシルと呼ばれる神代の代からエルフが住まう未開の地からやって来たのだ。
そう、私はヒューマではなくエルフ。
それも王の氏族、ピニアティスに連なるハイ・エルフだ。
ただ、外見が忌み嫌われる銀髪のため蔑まれ、貶められてきたが。
ここに来るまではいろいろあったが、なんでもあちらのシャーマンが私のような外見をしたエルフを探していたらしく、氏族や種族に嫌われていた私は商品同然のように売られてここまで来た。
だが、そう思っていたのはあちらだけで、彼らからはここに至るまでの道中は現在の王位氏族も圧倒するかのような扱いを受けている。
「姫様、こちらにいらしたのですか。
これより先は桜国の領域、暦の上では春に入ってはいるとはいえ、西とは異なり寒うございます。
中に暖かいお飲み物をご用意しておりますので、中にお入りください。」
「ごめんなさい、リュージ。いただくわ。」
私は恭しく気を遣ってくれた鬼頭 竜司に誘われ喫茶室に案内される。
彼は燕尾服を着て眼鏡を掛けてはいるが、大柄で頭に角の生えている鬼人族だ。国の命によりはるばる私の住んでいたユグドラシルまで来て、私をここまで連れてきてくれた人だ。
ここまでの旅で彼をはじめとした一行の人となりは理解しているし、とても彼が魅力的な男性だとも思う。
力強さの中に柔和な優しさ、繊細な部分を感じる、まあこれは全員にも当てはまることなのだが。
「やはり姫様は精霊の違いにお気づきで?」
「ええ、今まで慣れしんで来た海精から地精に変わったわ。」
「やはり、貴女をお連れして間違いがなかった。わが国には貴女様が必要です。」
「そう。一体どうしてこんな当たり前のことを聞いてくるのかしら。貴方たちは。」
「・・・。何度もお話ししていますように、お恥ずかしいことなのですが、文明・・・。
精霊気筒技術が発達するにつれて人々。我々、亜人種を含めてすら精霊との感応を忘れ去ってきているのです。
ですから、特にそのお力が強いとされるハイ・エルフのユーミリア姫にお越しいただいているのです。」
「で、私は何をすればいいの?」
「・・・申し訳ありません。それについては陰陽大臣よりは告げられておりません故。」
「いいわ。貴方がそう言うのですもの。本当のことね。
でも、私にも出来ること出来ないことがある。そして、私だって文明に触れれば央域の人と同じになるかもしれないのよ?」
「承知しております。ですが、私共もこの長旅を共にさせていただき、姫様のお力が必ずや我が国、ひいては地球の民に光明を齎すと確信しております。」
精霊気筒技術・・・精霊の力を精霊筒と呼ばれる機器に封じ込め使役する技術のことだ。
魔法などと呼ばれる古からの交感技法と違い術者の技量に関係なく精霊の力、下級精霊の力を集めて使役する技術が台頭して百年ほどが経つ。
この技術の台頭により人々は高位の精霊との交感を忘れ、単純に力としてしか精霊を認識することができなくなり次第に精霊の力を感じることが出来なくなってきているらしい。
そのことで下級精霊の力を集めることも危うくなってきているらしい。
現に下級精霊も始めは喜んで力を貸していたが段々と力を貸すことに慣れて惰性で働くようになってきている。
これはこの船に乗ってから大変驚きをもって知ったことだ。
それからは毎日彼らとの交感が私の日課になった。
そのおかげか精霊たちが良く働いてくれ、この船の速度が通常よりも速くなり予定していた日数を大幅に短縮できたそうだ。
精霊と人は共依存の関係だ。それを忘れてはこの世界は成り立たない。
もちろん、私としては当たり前のことをしただけだが、桜国の人々には驚きを持って迎えられた。
そう・・・。彼らはこういう事すらも忘れてしまっているのね・・・。
ハイ・エルフの血脈が途絶えようとしているのと同じで・・・。
「いいわよ。出来ることをするだけだから。貴方たちにはあの苦境から救い出してもらった恩があるんですもの。」
「かたじけなく・・・。」
「そんなかしこまらないで、リュージ。私にはこれから信頼して頼りにすることが出来るのは貴方とその仲間しかいないのよ。」
「ありがたきお言葉、恐縮です。」
「もう・・・。」
そういって彼は私に緑の苦いお茶、緑茶を淹れてくれる。
森にいたころの薬湯のような味だ。苦みが強い。
なんでも央域の主流のお茶らしい。
たまに森に入ってくる西洋茶、紅茶や、ハーブを煮出して作るお茶とは違った味がする。
私はあまり好きではないが癖になる深みがある。
それを飲みながらこれからのことを思い耽る。
いよいよ、桜国の領域・・・。
一体、どんな国なのかしら?
そして私に何を求めているというの?
何日かして陸地が見えてきた。
だけど私の体調は日に日に悪化していった。なぜなら精霊が日に日に、陸に近づくにつれ汚れ弱っていっているのだ。
精霊と強く交感し、半精霊とまで呼ばれるハイ・エルフの私はあの日以降体調を崩して、横になっていた。
船医の言う事によれば、精霊が変わった、質、量ともに変わったことにより体が適応できないためらしくい。
そのため、陸地が見える今の今まで体調が優れなかったのだ。
だが、体が慣れてきたのと並行して、地精の力を強く交感できたことにより体調は徐々に回復して今に至る。
不思議なことにこの桜国の精霊は地精以外の力が弱っているのに対し、地精は力強く存在していた。
私はこのことに違和感を覚えながら、接岸した船から数か月に渡る船旅を終え目的地、桜国の大地を踏みしめるのであった。
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