追放聖女と森の死神
「さっさと降りろ、聖女。いや、"元"聖女か」
領主の私兵が私に嫌味ったらしく言い捨てる。私は黙ってそれに従い、馬車を降りた。二時間以上は揺られていただろうか。お尻が痛い。ただ、手枷をされているので自分でさすることもできない。
橋の手前に停められた馬車を降りる。川を隔ててこちら側の足元は荒れてはいるが道になっていた。反対に橋の向こう側を見ると、そこからは別世界のように草木が生い茂っている。橋のそば、手前のあたりは草原だが、奥へ行くほど高く育った木々がここから見ても巨大な壁のようにそびえている。まだ森の外にいるのに、高密度のマナがここまで流れて来ていた。
「おら、こっちに来い」
私兵の一人が、ぼんやりと森を見ていた私の腕をつかむ。転びそうになったがそのまま引きずられて森を背にして橋の上に立たされた。
「代理、準備が整いました。お願いします」
代理と呼ばれた女が私の正面に立つ。何かの書類を丸めて持っていたが、それを開く前に私に話しかけてくる。
「お似合いね、"元"聖女様」
そうほくそ笑んだ彼女はミランダ・シシリー。私の家と権力を二分していたシシリー家の娘だ。代理ということは、おそらく領主の息子と結婚するのだろう。
「私の優しさに感謝しなさい。あなたを死刑ではなくこのオトナシの森への追放刑にするよう進言したのは私なのですから」
ミランダは笑ってこそいるが優しさなど微塵も感じられない。早く勝利宣言をしたくてたまらないとでも言いたげだ。
そもそも私の家を破滅させたのはこの女だ。あらゆる手を講じて私の家を陥れ、一族を皆殺しにした。私を殺さなかったのは、ここで私を笑いものにするため、そして、この森で死ぬよりも辛い目に合わせてやろうという悪意むき出しの気遣いだろう。なぜなら、この森への追放は死刑より上に位置するからだ。
「代理、早く済ませてくださいよ? オトナシの森の死神が出たら俺、代理を置いてでも先に逃げますからね?」
「お黙り! 今、いい所なんだから」
私兵の懇願をぴしゃりと一喝してミランダが続ける。
「ニセの聖女で民衆を混乱に陥れた悪い一族は滅び、聖女を騙ったあなたも今日で終わり。気分はどう?」
聖女を自分から名乗ったことはない。そんなの、家の者が勝手にしたことだ。というか、家で私に発言権はなかった。これまでの人生、家の発展のために良家の男と結婚することだけを求められてきた。そのために聖女という肩書が利用できそうだったという、それだけだった。それに権力を求めた彼らが権力闘争に敗れて死んだことなんて、自業自得だ。ざまあみろ。権力を手に入れるための人形だった私に彼らの死を悲しむことなどできない。
「負け犬の"元"聖女様にはもう話す気力もないかしら?いい気味だわ。ちょっと魔力があったからって聖女を名乗るから。森の死神に狩られるか、飢えて死ぬか、いずれにせよろくな死に方はできないわよ。かたや私は領主の息子と結婚して勝ち組の人生。ああ、なんて不公平なのかしらね」
私は魔力の才なんてなければいいのに何度も思ったのに。そうすれば両親が欲を出すこともなかった。聖女に祀り上げられることもなかった。
思い出して少し沈んでいると、ようやく満足したのかミランダは持っていた紙を広げ、読み上げ始めた。
「それではミランダ・シシリーが領主代理として罪状を言い渡す。マリア・クラークは聖女を騙った罪でオトナシの森への追放刑に処する。さよなら、"元"聖女様」
熱っ! その瞬間、ミランダの持っていた紙が燃え上がり、その炎が私に向かって飛んできたのだ。
自分の顔を見ることはできないが、追放刑では顔に執行した証を刻んで街に戻れないようにすると聞いたことがある。おそらく今のがそうだったのだろう。
そんな私の様子を見るミランダの顔は今まで見たことがないほど恐ろしく歪んでいて、それが笑っているのだとすぐには気付くことができなかった。
火が完全に消えた後、控えていた私兵の一人が前へ出る。何歩か助走をつけると手枷のカギを思い切り森へ向かって放り投げてしまった。カギは重りがついていたのかすごい勢いで飛んでいき、手前の草原を軽々と飛び越えて森の中へと消えていった。
「あはははは! じゃあね、マリア!」
カギの行方を目で追っていた私を後ろから突き飛ばした後、ミランダはよろめきながら歩く私を律儀にも森に入るまで見送っていた。
かくして、私への追放刑は執行されたのだった。
森に入った私がまずすべきは、手枷のカギを探すことだ。
でも一つだけ、その前にしておきたいことがある。
奥に進んでいくふりをしてこっそり端にある大木に身を隠した。そっと来た道を振り返ると、そこではミランダを含めて私兵の何人かが倒れていた。
魔力中毒だ。彼らには知る由もないが、この辺りは空気中に魔力の粒子、マナが満ちている。これだけの高濃度だと耐性のない普通の人間には辛いだろう。
嫌味なんか言わずにさっさと追放して帰れば良かったのに。馬鹿なんだから。
魔力がなければ追放はされなかったが、魔力があるからこそ、この森のマナ濃度でも生きていられる。何とも皮肉だ。
さて、それではカギを探さなくては。
改めて踏み入った森を見回す。近くで見るとすごい大きさの木だ。足元にはツタやツルが生い茂っている。それに、モヤがかかったように視界も悪い。マナが濃いせいだろうか? この中から手枷を付けたままカギを探すとなると大変そうだ。――普通なら。
カギが投げられたとき、魔力でマーカーを付けておいたのだ。思ったより手間取ったが何とか見つけることができた。もう汗だくだ。
でも、この手枷はどうやって外せばいいんだろう? そこまでは考えてなかった。カギを探して一苦労、見つけても外せなくて絶望。追放刑、そういうことか。
しばらく格闘していたが、なかなか上手くいかない。魔力もこういうときは役に立たなくて困る。魔力の扱いの訓練はしたが聖女らしく治癒だとか、光を灯したりとか、そういう補助的なものばかりだった。手枷を壊したり解錠したりといった力技は残念ながらできない。
できないものは仕方がない。とりあえず前に進もう。来た道を戻れば水場はあるが食糧がない。この森で糧を探さなければどの道生きられない。
絡まってくるツタを払い、大きな根を迂回して奥へ進む。進むたび、だんだんとツタが少なくなって歩きやすくなる。移動距離にすればそう長くはなかったが、なれない森歩きと手枷のせいで体力的に限界だった。
肩で息をしながらそのまま進むと運よく水場を見つけられた。ここで少し休憩しよう。
オトナシの森に入って数時間。その名の通り静かな森だ。水を掬っても、草木を踏みしめても、一切の音が聞こえない。
北方の国では、積もった雪が音を吸収していつもより静かになるのだという。この森では雪の代わりに大気中のマナがその役目を果たしているのだろう。
雪がどれほど積もっても、さすがにここまで無音になることはないだろうが。
私にとってこの静寂はとても心地いいものだ。もっと女の子らしくしなさいだとか、聖女なんだから黙って笑顔で傷を癒せだとか、私の周りはそんな騒音で満ちていた。言葉なんて無くなってしまえばいいとさえ思っっていた。この森では言葉どころかあらゆる音はかき消える。まさにノイズの一切ない理想郷だ。
水辺で休んでいると、対岸で影が動いた。私はとっさに立ち上がり、様子をうかがう。
この森は外とはまるで生態系が異なるので、一体何が出てくるのかわからない。
それに、あれが動物などではなくオトナシの森の死神だった場合が問題だ。死神の存在こそ追放刑が死刑よりも重い理由なのだから。
さっきまでもたれていた木の後ろに回る。マナが濃過ぎてはっきりとは見えないが、何かいるのは間違いない。その影は身を隠すこともせず、反時計回りで水場に沿ってこちらに移動してくる。近づいてきて私は驚いた。
人だ。
金色の短髪をした男性で、背はすらりと高く、とても筋肉質だが武器の一つも持っていない。完全に丸腰だが、鋭い目つきではっきりとこちらを見据えている。
男はさらに近づいてきて手を前方に伸ばして構える。すると、燃え盛る炎が一本の矢のように形を変えた。そして、どうやらこちらを狙っているらしい。
対抗手段を持たない私は観念して彼の前に姿を晒した。彼は私を見て一瞬だけ目を丸くしていたが、まだ警戒を解いたわけではなさそうだ。
私が彼に害をもたらす存在でないことを、この音のない森でどうやって証明すればいいのだろう。とりあえず手枷をがたがたと動かし、両手に自由がないことを伝えようとした。
彼は半歩後ずさったが、どうやら私が拘束されていることを理解したらしい。そうだ。彼なら手枷のカギを開けてくれるかもしれない。私は握り締めていた手を広げ、カギを彼に差し出す。錠のついている手枷の右側を上に向けたり、顎で指してみたりした。
彼はまだ半信半疑といった様子だが、私の手からカギを受け取ってくれた。そして私のジェスチャーを見て、尋ねるように視線を何度も錠と私の間を行き来させた末、カギを開けてくれたのだ。
木製の手枷が口を開き、ついに私の両手は自由になった。手首のあたりが赤くあざになっているが、ケガというほどではない。それよりも遥かに嬉しさが勝り、はしゃいでいた私はつい彼に抱きついてしまった。もし言葉があったなら、今日ほど感謝を伝えたいことはこれまでなかっただろう。
彼は驚いて固まってしまったが、そんな私の様子を見て無害だと判断してくれたようだ。離れてから何度もお辞儀をする私を見る彼は、先ほどまでの鋭い視線は鳴りを潜め、すっかり穏やかな雰囲気になっていた。
それから私は彼と行動を共にすることになった。
彼は長くこの森にいるのだろう。色々な事を言葉ではなく体で教えてくれた。
獲物の捕え方や、魔法を使った火のおこし方、危険な生物や植物、安全な寝床など。
コミュニケーションを取る方法も考えたのだが、文字も読唇術もダメだった。なので彼と行動するようになってすぐの頃はもどかしい思いを何度もしたが、一緒にいるうちに時々は考えがわかるようになってきた。
出会ってから数日たった、ある日のこと。
ふと前を見ると太い根の上から彼が手を伸ばしている。私がその手を掴むと、軽々と引っ張り上げてくれた。そのまま根の傾斜を幹まで上っていくと、歩いていける中では一番高い、彼のお気に入りの場所だ。一望とまではいかないが見晴らしがよく、時間に余裕があるときはたいてい彼とここにいる。マナで曇っていた視界も、彼に教わった魔法をここで練習するうちに少しずつ遠くまで見えるようになった。
私もまた、彼といるこの場所が好きになってきていた。それに、最近は景色を見ながら彼に想いを伝える方法を考えている。
言葉のない森でどうすれば彼に想いを伝えられるだろうか。
彼はとても紳士的で、いつ襲われても文句は言えないと私も多少は覚悟していたのだが、そういうことは一切しなかった。
それが逆に、彼は私のことをペットくらいにしか思っていないのだろうかと心配にもなる。
腕を組もうと近づいたのだが、彼はおもむろに立ち上がったかと思うと鋭い目つきで遠くを見ていた。
私には何も見えないがどうしたのだろうか。彼が私の方をちらりと見た後、すぐに走って根を駆け下りていく。
今のはついてこい? それとも、ついてくるな? 判断がつかなかったが、少し離れて追いかけよう。何もできないが、心配くらいはさせてほしい。
彼はすごいスピードで森を駆けていき、私は辛うじて彼の後姿を捉えられる位置でついていく。いつもどれだけ私のペースに合わせてくれていたかを痛感した。
これ以上離されると見えなくなろうかという辺りで彼は立ち止まった。ツタの多い森の外縁部だ。
いつか私にしたように炎の矢を構えている。私は息を整えながら少しずつ彼に近づいた。
彼に相対するものが見える距離まで来て、木の陰から様子を探った。
人だ。
布切れ一枚だった私と違い、森に入るための装備をしてきている。手にしているのは、クロスボウだ。ハンターだろうか。しかし、一体この森で何を狩ろうというのだろう。
彼はその男に炎の矢を向けたまま外を指さし、顎で引き返すように促している。対する男は彼のジェスチャーに従おうとはせず、薄ら笑いを浮かべたままクロスボウを彼に向かって構えていた。
二人はそのまま睨み合っていたが、すぐに均衡が破られることになる。私は彼を見守ることに夢中で背後に迫った男の仲間に気付かなかった。
私は後ろから来た別の男に羽交い絞めにされてしまったのだ。足が地面に届かない。
そのまま睨み合っている二人の方へ歩いていく。彼はすぐにこちらに気付き、驚いた顔を見せた。
私を捕まえたまま二人の男は合流し、そのまま後ろへ下がっていく。彼に手のひらを向ける男のジェスチャーは私でも意味がわかる。動くな、だ。
私は身動きできないまま、どんどん彼から離れていく。また私は自由を奪われるのか。せっかくこの森にきて解放されたと思ったのに。
枯れ果てたと思ってた涙が頬を伝った。私はなんて間抜けなんだったんだろう。きっとこいつらの目的は私だ。追放刑になった女を捕え、奴隷として売り出すようなことを生業としているのだろう。
心のどこかで思っていた。私はこの森にとってもノイズなのだ。オトナシの森にノイズはいらない。彼無しでは一人で生きていくこともできない、ただの厄介者。だからこうして追放された後も街に引き戻されて、きっと手ひどい扱いを受けるのだろう。
それでも願わずには居られない。ノイズだとしても、この森で生きたい。
――助けて。
声にならない声で叫んだ。
その瞬間、私の足元を炎の矢がかすめていった。羽交い絞めが外れ、後ろの男は私に被さるように倒れこむ。先ほど彼と向かい合っていた男が慌ててクロスボウを構えなおし、彼に向かって撃った。
何とかもう一人の男の下から這って出た私は目の前の光景に動揺を隠せなかった。男が放った矢は彼の胸に深々と突き刺さっていたのだ。
だが、彼は倒れなかった。血走った目をカッと見開いて男を睨みつけ、一歩一歩こちらに近づいてくる。彼の放つ炎はもはや矢の形状を取らず、大きな火球として彼の頭上で燃え続け、消し炭にする対象に飢えているようだ。その形相と迫力は、まさに死神と呼ぶにふさわしい恐ろしさだった。
死神に睨まれた男たちは、その鎌が振り下ろされる前に一目散に逃げ出した。私も武器も放り出して。あの様子では、今後この森に入ってくることはないだろう。
彼はしばらくそのまま動かなかったが、限界が来たのか頭上の炎は消えて後ろに倒れこんだ。
私は彼に駆け寄る。胸に刺さった矢を引き抜くと、彼は苦悶の表情を浮かべた。ごめんなさい、そう思いながらも傷口に魔力をこめた。こんな大ケガの治療なんかしたことがない。聖女を名乗ってはいても、擦りむいた子どものヒザを治すとか、おばあさんの腰の痛みを和らげるとか、そんな程度だった。でも彼のこの傷は、放っておけばこんな森の中では確実に死ぬ。私は無我夢中だった。魔力をすべて使いきってでも、彼を助ける。
どのくらいたったのだろう。私はいつの間にか気を失っていた。目を覚ますと、隣では彼が眠っている。私はおそるおそる彼の状態を確認した。
傷はふさがっている。息もある。成功したんだ、私。安心したら、また涙が溢れてきた。泣いていると、彼も目を覚まして涙をぬぐってくれた。そんな彼を私は強く抱きしめる。
想いを伝えるにはこれで十分だったとようやく気付いた。
偽りの聖女としての人生も無駄ではなかった。彼と出会い、彼の命を救えたのだから。
言葉は無くても想いが伝わる人はいた。
無駄に思えたこれまでの人生も、全くの無意味ではなかった。
私は今日も彼と生きる。言葉のない、オトナシの森で。
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